牧場の生活(7)

 こっちの作業は専用の器具がいっぱい並んでて、本格的な感じがする。聞けば、結構な時間を掛けて試行錯誤の末に作り上げたもんらしい。


「これはハードチーズっていって、固いタイプのチーズを作ってるんだ」

「保存食で流通してるのってこっちのほうが多いものね」

 あれなー。小腹が空いた時に最高なんだよなー。

「手間が掛かるから出荷量は少なめなんだけど単価は良いんだ。酒飲みはこっちのほうが好きみたいだから、結構売れるみたい」

「旅暮らしにもいいのよ。手軽に食べられるから」

「そうかもね」


 さっきのカードを、風魔法刻印の圧縮機に入れて強制的にホエーを抜いてる。或る程度の固さになったら、今度は別の型に入れて更に時間を掛けて圧を掛け、ぎゅっと押し潰して水分を抜くみたいだ。

 形になったもんが塩水の中に放り込まれて沈められてる。それで何も放置するんだとさ。


「どんどん小さくなっちゃうね?」

「あはは。小さくなるほど美味しさは凝縮されるからね。保存も利くようになるし」

 時間が掛かるだけ美味いってことだな。


 塩水から取り出されたら、長期熟成されるらしい。水気を拭きとったチーズの塊を、隣の熟成室に運び込んでる。窓がない閉め切りの熟成室には見掛けない魔法具が置いてあるな。


「爺ちゃんはこれを作るのに苦労したっていつも言ってた。西方は湿気が多いから熟成に失敗しやすいんだって。あの吸気装置は空気の湿気を抜く仕組みになってるんだ。ルドウ基金で発明した装置だよ」

「本当。この中の空気はひんやりして乾燥してる」


 それもそうだけど、この熟成室のチーズの匂いったらないぜ。俺にとっちゃむせ返るような強烈な匂いだ。それだけでパンが食えそうじゃん。誘われるようにふらふらと奥まで入り込みそうになるが制止された。


「ごめんね。キグノとラウディはここまでにして。この中の状態はちょっと繊細に保たないといけないんだ」

 そんな顔しなくても大丈夫だ。美味いチーズのためなら喜んで遠慮するぜ。

「ありがとね。すぐに持ってきてあげる」


 チーズ棟は他に比べてべらぼうにでかいと思ったら、ほとんどはこの熟成室で出来てるみたいだ。型から抜かれて半球状の形になったハードチーズが並んだ棚が、遥か彼方まで連なってるじゃん。

 ここになら住めるぜ。丸々と太っちまうだろうけどな。


「手入れをしてやりながら半から一、ここで熟成させたらこの通りの出来上がり。切ってほしい?」

 当たり前だ。俺の胃袋は限界の泣き声を上げてるぜ。

「わたしも味見したいな」

「仕方ないなぁ。キグノに思い切り急かされてるし」


 頼むよ頼むよ。早くくれよう。

 はっ、いつの間にか転がって、ポレットに腹を見せちまってる! マズい。相棒の視線が痛いぜ。


「なになに、降参の仕草? かわいい。そんなにしなくたって切ってあげるから」

「キグノったらもう! お行儀悪い!」

 悪い、相棒。チーズに意識を食われてた。

「これはお腹を見せちゃっても仕方ないかなぁ。キグノはこの香りを何十倍にも感じてるんだものね」

 情状酌量の余地があるだろ?

「はぁ、なんて深い味わい」

「いけるでしょ? はい、あーん」

 あーん。


 駄目だ。これはいけない。今まで食ったチーズなんて比べもんにならないじゃん。

 熟成の浅いほうはコク深い旨味があるのにまろやかさも強い。もっちりとして口の中で溶けていく感じがすごい。風味がいっぱいに広がって鼻に抜けていく。

 熟成の深いほうは少々癖が強い。微かに感じる苦みに際立つ甘味。より固くて歯応えはあるんだけど、噛めば噛むほどに旨味が口中を支配する。そのままじっとチーズの味を聞いていたい思いが湧き上がってくるぜ。


「素晴らしいわ」

「良かったね。褒められたよ、みんな」

 最高だ。いくらでも舐めてやるぞ。

「でも、ちょっと心配」

「どうして?」

「ホルムトの託児院でも勉学の時間は取ってあるんでしょ? 今はその時間帯のはずなの。ここで働いていては学ぶ時間が失われていってしまうわ」

 そういえばそうだよな。コストーたちもねむり以外はこの時間は勉学だったもんな。

「働くのは尊いことだけれど、あなたたちの時分は学ぶことも大切だと思うの。それをないがしろにするのは将来が心配」

「あはは、それは誤解だよー、リーエ」


 ポレットは笑い飛ばすし、チーズ棟の年長たちも困った笑いを浮かべてるな。


「これが勉強なんです、お姉さん」

 お?

「私たちは調理を生業するのを目指して志願してここで作業しています。決して強制なんてされていません」

「え? でも、料理をしているんじゃないでしょ?」

「役立つんですよ。決まった作業といえど、段取りを頭に入れて効率良く動く方法をそれぞれに編み出したり、改善点を話し合って基金本部に上げたりもしています」


 製品を作ってるんだから勝手はできない。でも、子供たちの意見が反映されることも少なくないんだってよ。


「それは将来の役に立つでしょう? ここで職業訓練をして学んでいるんです」

「ああ、ごめんなさい! どこかであなたたちを侮っていたんだわ。わたしは何て馬鹿なの。本当にごめんなさい」

「気にしないでください。私たちを思いやってくださったのは分かっていますから」


 いたく感動してるみたいだな、相棒。こいつらだって将来を見据えて頑張ってるみたいだぜ。見上げたもんだな。


 よし、この隙にもうひと切れくれよ、ポレットぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

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