牧場の生活(3)

 ポレットも、俺が魔獣避け除外刻印を持ってると知ると驚いていたが、相棒の反応についてはそれで納得する。ただの同年代の雌だって思ってたようだが、魔獣だからって怖れない同類だって理解したんだな。


「それにしても、こんな露骨に肉食魔獣くんと一緒してるとか豪気だねぇ」

「だって二歳の時からよ。出会った時のことは印象強かったから憶えてるけど、それ以外の部分なんか記憶が曖昧になってきてるもん」

 く、抱きたがって俺を追いかけ回してたのとか忘れやがったのか?

「長い付き合いなんだ。それじゃ黒縞牛ストライプカウなんてちっとも怖くなんかないよね?」

「ええ、仔牛に触れたくってそわそわしてるもの」


 そんなことを言って笑い合ってる。まあ二人が仲良くなれるんなら良しとするか。

 その後は仔牛の柵に入って思う存分触れ合ってるな。ただ、一緒に入った俺のほうに集まってきてるのは皮肉な結果じゃん?


「狼犬だってー」

「こんな匂いなんだー」

「毛むくじゃらー」

「変な味ー」

 味わうな! お前らこそさっき飲んだ牛乳の香りがして、また飲みたくなっちまうだろうがぺろぺろ。

「舐められたー」

「気持ちいい?」

「うん、ざらざらー」

「僕も舐めてー」

 一遍に来るな、一遍に!


 子供っつっても、なにせ身体の大きさは俺と変わらない。体重なら負けてるかもしれない。そんなのが集団で迫ってくると捌くのにもなかなか骨が折れる。

 こいつらには牙も無いし毛皮も薄いからちっとも怖くないけどな。普通に考えれば餌だ、餌。美味そうに見えないっていえば嘘になる。でも食い付いたりはしないぜ。


「うふふ、さらさらね」

「案外綺麗好きなんだ、こいつら」

「縞模様の理由もさっき解って面白かったわ」

 固まると区別できないやつな。

「自衛のためかな? こんな穏和な魔獣が居るとか書物には載ってないからね」

「ところで、さっきから聞こえているあのパカンとかパコンって音、なあに?」

「あー、あれね。虫落とし」


 風属性のこいつらは、身体にたかる虫が気に障ると圧縮空気を作って傍で破裂させるそうだ。その衝撃で小さな羽虫なんかは死んでしまうらしいから、虫落としっていうんだとさ。

 落ちた虫は、尿とか糞の取りこぼしと混じって牧草の栄養になる。自分で肥料を作って撒くとか冴えたやり方だな。魔法を自衛に割かない辺りが不安に感じるけど。


「ねえ、リーエは街壁の中に用事があるの? 無理は言わないけど、何だったらうちに来る?」

 とりあえず宿はまだ取ってないな。

「え、良いのかしら? お邪魔しても」

「うん、うちの子たちが平気なら大歓迎だよ」

「じゃあ、ギルドで滞在登録だけしたら戻ってくるからお世話になってもいい?」

 うんうん、友達は大事にな。

「決まりね。それまでに家族に話しとく」


 悪くない展開だぜ。なにしろチーズとか気になる単語が出まくってるし、色んな匂いが俺を誘ってくるじゃん。


   ◇      ◇      ◇


 アリスタ家は結構賑やかだった。約束通りに戻ると皆が歓迎してくれる。客は珍しいんだとさ。まあ、目の前に華の都がそびえてるのに、ここに足を止める人間は少なくても仕方ないじゃん。


 一家の主はウッドっておっさん。嫁さんがビビアンで、兄貴がフィールズ、ポレットの上に姉もいてナネットって名前だった。全員が気のいい人間みたいで、当たり前のように相棒を迎え入れてくれる。

 リーエはこういうのに飢えてるからな。速攻で虜になっちまうだろう。こんな感じなら少しくらい長居してもいいんじゃないか?


「こんな飲み方もあるんですね?」

「美味しいでしょう?」

「なんか落ち着く味です」

 面白そうだな。でも俺は遠慮するぜ。

「牛乳を濃く淹れた紅発酵茶タルドーで割るとか初めて聞きました。少し混ぜるとかなら普通ですけど」

「お砂糖と牛乳を入れる飲み方が一般的ね。うちではお砂糖無しでほぼ牛乳だけど」

「それでもキグノは駄目よ。お茶が入っているんだもの」

 分かってるって。


 お茶だけは駄目だ。ちびの頃に悪戯に舐めてみたが、こいつは身体がヤバいって訴え掛けてきやがった。

 相棒は紅発酵茶タルドーが好きで色んな種類を集めて飲むがそれだけは付き合えないのさ。


 夕暮れ時だけど、今はリーエの歓迎会だと言ってくれて、外に大テーブルを持ち出して夕食の準備中。場繋ぎに出されたのがさっきの飲み物。俺の前には牛乳入りの皿がある。うーん、いくら舐めても飽きないぜ。

 だがよぅ、いい加減焦らさないでくれよ。この堪らない匂いは何なんだよぅ、ビビアン? 俺の胃袋をいじめてくれるなよ。


「どうしたの、キグノちゃん。私の足を叩いて」

 早くくれ。

「ごめんなさい、お母様。その組み合わせは彼の大好物なので」

「あらそう? 良かったわ。安っぽい料理だって思われるかと心配だったの」

 絶対にそんなことはないぜ。匂いだけで保証済みだ。早くくれ。


 大麦の粥にチーズを落としたもんが出てきた。これこれ、こいつが最高に美味いんだぜ。


「大麦が普通に食卓に上るようになったのは私が子供の頃からなんだけど、あなたの居た中隔地方では家庭料理なのよね?」

「はい、それぞれの家庭に伝わる具材の組み合わせとか味付けがあるほどに」

「じゃあ、キグノちゃんの舌にかなうといいのだけれど」


 そいつは遠慮が過ぎるぜはぐはぐ。堪らんぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る