迷子の仔猫(8)
はっきりいうとめちゃくちゃ苦労した。西方ってところは湿気が多いうえに、結構な頻度で雨が降るときてる。匂いなんてろくに当てにならないじゃん。
ロイスがロロと会ったっていう、おおよその場所から逃げ出してきた方角を聞き出して辺りを探っても、魔境山脈から湧いてくる大型猫科肉食獣の匂いなんて大量にある。その中からロロに似た匂いを拾い出すのなんて無理ってもんだ。
長期戦の覚悟を決めようかという時に、ラウディが同じ
聞いた辺りに着いて匂いを探るも、ごちゃ混ぜでどうにもならない。さて、どうしたもんかと思ったら、あちらのほうから見つけてくれたんで助かった。やっぱり安請け合いは勘弁してくれよ。
「これはどういうことだ? 場合によっては一戦交えねばならないが?」
「お父ちゃん!」
正解か。安心したぜ。
「む? どうも誤解していたようだな」
しゃがんだラウディの鞍からロイスが降りると、その腕から飛び出したロロは大牙獅子の雄へと駆け寄っていった。すぐにじゃれ付いているけど、雄のほうは仔猫の身体を調べてる。
無事だろ? 返しにきたぜ。
「何が起きていたのか説明をもらえるか?」
ああ、そんな難しい話じゃない。
迷子になって彷徨ったロロを人間の子供が拾って連れ帰り、一緒に居たのだと教える。俺はそこへ通り掛かっただけだってな。
「ふむ。理解した」
「あっ! みんなー!」
「どこ行ってたんだよー! お母ちゃんといっぱい探したんだぞー!」
兄弟たちか。結構いるな。
「お母ちゃん、ごめん」
「良かったよ、坊やが帰ってきてくれて。お腹が……、空いてそうにないね。太っちゃって」
「ロイスもキグノも美味しいものいっぱいくれたんだー」
悪いな、お袋さん。育ち盛りだから構わないかと思って。
「ううん、ありがとう」
「こいつー」
「痛い! こら、そんなに強く噛んじゃ駄目なんだぞ!」
兄弟たちと絡み合うように遊んでいるが、ロロがたしなめてるな。
暴れん坊が揃ってて大変だな。
「当然のことだ。躾けてくれたのか?」
人間の町にいて、滅多なことすりゃすぐに始末されるじゃん。
「道理だ。手間を掛けた。ありがとう」
礼ならロイスに言え。あいつが拾わなきゃ、もう二度と会えなかっただろうぜ?
雄の大牙獅子は、兄弟とはしゃぐロロを見て嬉しさと寂しさをない交ぜにしたような顔のロイスに近付いていく。それに気付いて背筋が伸び、怯えた様子を見せてる。
俺が安心させるように横につくと、相棒もロイスの肩を支えて後ろに立ってくれた。
「キグノが止めないってことは大丈夫よ。きっとお礼が言いたいの」
そうだぜ、ロイス。
「うん、平気」
「
大牙獅子の頭はロイスの顔より高い位置にある。スッと頭を下げると肩口にすり寄せ、そのまま回るように背中も擦りつけてる。
「匂いは憶えた。もしお前が私の牙の届く範囲で困っていたら、この命を賭けてでも救うだろう、人間の仔。確かに誓おう」
上手くは伝わらないけど、心意気は分かると思うぜ。
「奇妙な奴だ。人間の中で生きる
ああ、可能な限り人間は襲わないようにしてくれりゃそれでいい。
「うむ」
俺が大牙獅子と話しているのを、ロイスは緊張した面持ちで、リーエは微笑ましげに眺めている。なんか恥ずかしいぜ。
「
「ロロ、良かったね。お父さんやお母さん、兄弟たちとも会えて」
「
駆け戻ってきたロロがロイスの腕に飛び込んでる。顔をべろんべろん舐めまくってんな。
「一緒に居ると楽しかったし、ロイスのこと大好きだけど、やっぱりお母ちゃんといるのが嬉しいんだ。ロイスだってお父ちゃんやお母ちゃんと一緒に居るのが嬉しいよね? 寂しいけどさよならしよう」
偉いぞ、ロロ。
伝わりはしないだろうけど、ロイスも辛そうにしながらも別れを確かめるようにロロの首周りを掻いている。
「楽しかったよ、ロロ。ここでお別れしよう。君が大好きだから、家族のもとで幸せに暮らしてほしいんだ。でも、ちょっとだけでいいから僕のことも憶えていてね?」
「
「ロロ。行って」
ロイスが下ろすと、ロロは親父と一緒にお袋のとこへと歩いていく。その目に焼き付けるように何度も何度も振り返りながら。
「さよなら、ロロ!」
「
大牙獅子の家族はロイスに見送られながら魔境山脈のほうへと去っていく。ロイスが手を振り、それに応えるようにロロが振り返って尻尾を振る。別れってやつは辛いもんだな。
「行っちゃっ……、ふっ、くっ、うわあああーん!」
「偉かったね、ロイス。ロロの幸せのために見送ってあげて。泣いてもいいのよ」
本当は寂しくって仕方ないんだろうからな。
「ロロー! ロロー! ずっと一緒に居たかったよー!」
ああ、たぶんロロだってそう思ってる。
でも、この涙には価値があるんだぜぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。
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