ザウバの豊穣祭(5)
ん?
「ん?」
包装紙ぺろぺろ?
「なに舐めてるの、キグノ?」
いや、美味かったんでつい。
「あ、垂れてる」
三角錐の包装紙の内側、そこへ溶けたモノリコートクリームが流れ出しちまってる。だからぺろぺろしたら美味かったのか。
「もしかして、これ」
「そうなんだよ、リーエちゃん。それがこいつの欠点で、包装を
溶けるのか?
「持ちやすいから食べ歩きしやすいけど、持ってたら溶けちゃうんですね、体温で」
「そうなの。作り置きしたクリームは保冷魔法具で保管できる。でも、作ってお客さんに渡した後は体温でどんどん溶けていっちゃう。それでお尻から垂れるの」
大麦の皮は三角に丸めるんだけど、或る程度は固いから尖ったお尻のとこに隙間ができちまう。手で持ってると溶けたクリームがそこから流れ出すのか。
「本当ですね。これは商品として致命的な欠陥です。お祭りの
「そうなんだ」
こりゃ問題だな、部長さん。
「第一回の試作でこの欠陥を見つけて協議した結果、紙包装に踏み切らざるを得なかった。せっかくの甘味に皮紙の匂いとか付けたくないし、葉野菜でくるむようなもんでもない。木製でこんな物大量生産できないとなると、紙しかなかったんだ」
「でも
相棒は丸めた皮を穴が空くほど睨んでる。もう穴は空いちゃってるぞ?
「それでも色々考えたのよ。皮を折り畳めるくらい柔らかくしちゃうと食感が死んでしまうし、クリームを溶けにくいほど固く作るとそれはそれで口当たりが悪くなってしまう。そんなの私は嫌なの」
菓子職人の意地か、ティワンヌ。
「溶けるのは仕方ないから、お客さんの服に垂れて汚すのだけは避けたくてな」
「部長さんのお考えは解りました」
売る前に気付いただけでも良しじゃないか?
難しい顔で唸ってるリーエ。そんなに気に入らないか? これだけ美味けりゃ話題になってそこそこ売れそうな気もしてきたぜ?
「モノリコート……、ううん、水飴を冷やす? 違う、飴で良いんだ! ティワンヌさん、飴を作ってください」
どうした、相棒?
「飴、食べたいの? 作るのは簡単だけど、またにしない?」
「いえ、今必要なんです!」
圧されるようにして菓子職人のお姉ちゃんは鉄板の隅に置いた鍋で飴を作る。砂糖をちょっとの水で煮溶かしただけの簡易なものだ。
「あとは冷やして丸く……」
「そのままでください。これをこうして……」
丸めた皮の底へスプーンを使って慎重に少量落とす。その後に息を吹き込んで冷ましてる。
「そうか! 底を塞ぐんだね?」
「そうです。穴が空いてるなら塞げばいいんです。食べられるもので」
「名案だ! すごいよ、フュリーエンヌ!」
見事だぜ、相棒。
「よく考え付いたね?」
「わたし、田舎の村で暮らしてたんです。ザウバみたいに物は豊富にありません。穴が空いても色んな物で塞ぐんです。食器なら糊とかで」
生活の知恵ってやつだ。
「いいぞ! これでもう一度試作だ! 次はフルーツとモノリコート、両方作ってみよう!」
鼻息荒くなってんな、ギャスモント。
底の穴を飴で塞いだ皮にモノリコートクリームが搾り込まれる。フルーツのほうは生クリームを搾って数種類のフルーツの欠片を入れ、またクリームを搾るのを三度繰り返して完成だ。
それも美味そうだな。食わしてくれよー。
「よしよし、垂れてこないぞ」
おおう、おあずけが長いぜ。殺生な。
「手に持ってしばらくしても大丈夫みたいです。いただきましょう?」
「ちょっと溶けてるが、味にはほとんど影響ないな。皮のお陰で芯までは体温が伝わらないみたいだ」
「うん、美味しい」
頼むよ頼むよ。もう限界だぜ。
フルーツまで食べ進んだところで、リーエは俺にも差し出してくれた。がぶりといっちまうぜ?
うほー! 美味ーい! 生クリームの濃厚な甘みとコクにフルーツの酸味が加わると、尻尾が……、ぶんぶんが止まらないぜー!
「完成だ。これがうちの商品『大麦クリーム』だ」
「うんうん、いいね。この、最後の飴のかりかり感もいい。食べ終わりの食感のアクセントになってる。これで値段が手ごろなら何度でも買いに来てくれるわね」
「うむ、包装紙分浮いたんだ。
半分も包装紙代だったのかよ!
「この皮なら作り置きができるよ。丸めて飴を流すだけなら、うちの見習いたちにやらせればいい。大量に作って運び込もう。お客がどれだけ来たって怖くないさ」
「おっといけない。ちゃんとお礼はしないと駄目だ。この方法、売ってくれないかね、リーエちゃん?」
律儀だな、ギャスモント。
「いえ、どうぞ自由に使ってください。お礼なんていいです。でも、一つだけお願いを聞いてもらえます?」
「なんだい?」
「クリームの仕入れ値を相場に戻してあげてください。泣く人がいてはいけないんです。みんなで幸せにならないと」
部長さんは相棒の肩に手を置いて「おやすい御用だ」って言ってる。これで丸く収まったみたいだぜ。
しかし、この最後の飴もいけるなぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。
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