狼の暮らし(3)
「ラウディ、右の茂みに入ってしゃがんで」
「
相棒は声をひそめて指示してる。そんな隠れ方で大丈夫か? 見つかったら終わりなんだぞ?
「全然分からないわ。何か感じたら、私の指示がなくても逃げ出してね」
「
味方はどんどん数を減らしてるぜ。このままじゃすぐに終わっちまう。下手に隠れるよか、足を活かして逃げ出すほうがいいんじゃないか?
「ちびちゃんたちが見えなくなっちゃった。やられちゃったの?」
「
ほら、もう後ろまで迫ってきてるぜ、相棒。早く逃げろ。
「どこ? どこなの?」
「
ああ、もう駄目だ。
「きゃあ!」
◇ ◇ ◇
この、魔獣の体内で生成される魔核。見た目は灰色の石ころと変わらない。ちょっと表面がつるつるしてるくらいのもんだ。
それを何で人間が魔石って呼んで重宝するのかというと、魔力の貯蓄もできる上に、魔法構成を一時保留する媒体になる優れ物だからだ。
構造は石とはずいぶん違う。なんでも水晶の積層構造になっているらしい。品質にも差があって、良い物は高品位魔石って呼ばれる。積層構造が微細になっていて、より多くの魔力を貯蓄でき、より複雑な魔法構成を保留できるからなんだぜ。
これは相棒と一緒に読んでいた魔法教本に書いてあった知識だ。そう、俺は本当は字が読めるんだぜ。ちっちゃい頃から一緒に勉強してた俺は、リーエみたいに書けはしないが読むのはできる。すごいだろう?
この魔核、人間にとっては貴重品なんだが、魔獣にとっては意味のないもんだ。小さけりゃ噛み砕いてそのまま飲み込んでしまうんだけど大きいとそうもいかない。
だから獲物を食う時に邪魔になって脇に避けてしまう。そのまま放置するもんだけど、気分で大きい物だけ貯め込んでおいたりする
この斬狼の群れは貯めるタイプだったらしい。それが相棒に贈られたのさ。宝物と勘違いして遠慮しようとしたリーエだったけど、俺がもらっておくよう促したら感謝の言葉と一緒に受け取った。
この斬狼の群れの縄張りはかなり長く維持してるもんらしくて、何度も人間の冒険者の攻撃も受けているって話で、歳を重ねた連中は人語も理解してた。相手がしゃべっている内容を理解できれば状況が有利になるってさとったんだとさ。
大人同士の交流が終わったとなれば、子供たちが騒ぎ出す。珍客相手に遊びをせがんだ。そんで、鬼ごっこをする事になったのさ。
「ずるーい、キグノ。目くらましまで使ったら勝てないよ」
何を言う。人間のお前が頭を使って隠れるなら、鬼役の俺だって自分の屈指の能力を使ったっていいだろ、相棒?
俺の足元には捕まえたちびすけたちが纏わりついているし、背中にもいっぱい貼り付いてやがる。それを全て幻惑の霧で包んだ俺は、リーエの後ろに回り込んで捕まえたってわけだ。
「あはは、捕まったー」
「キグノ、すごーい。見えなくなったー」
「ねえねえ、これ、僕にもできるー?」
そいつは無理ってもんだぜ、ちびすけ。
次はラウディに乗った相棒が鬼役だ。ちびすけたちはワッと散っていった。
◇ ◇ ◇
群れの雌の一頭がうなってる。午後に入ってからうろうろと落ち着かない素振りを見せていたが、薄暗くなり始めた頃からへたり込んで動かなくなった。
別に病気ってわけじゃない。それだったら俺もすぐに相棒を引っ張っていって治してもらうさ。
その雌は腹が大きいんだ。つまり産気づいてるから痛みを訴えてるだけで、体調が悪いんじゃない。
たぶんの話だが、陣痛にも
完全に暗くなってから出産が始まった。せめて不安だけでも和らげようと、魔法具ランプを使って周囲だけ明るくしてある。
ひときわ大きく雌が吠えると、一頭目の赤ん坊が産まれた。群れの雌が集まってきてぺろぺろと舐める。そうやって赤ん坊を包む卵膜と胎盤を剥がして食っちまうんだ。卵膜を取ってやらないと息ができないからな。
更に舐めて刺激すると赤ん坊は「きゅーきゅー」と鳴き始めた。ちゃんと呼吸できるようになった印だ。それで雌たちもほっとした様子を見せる。群れの出産は共同作業なのさ。
雌は結局六頭の赤ん坊を産み落とした。今はぐったりと横たわってる。
出産が終わったと悟った相棒はすぐに駆け寄って
「
「……だいじょうぶ?」
「
問題ないとさ。
「素敵……。あなた、本当に素敵……」
「
ずいぶんと感動したみたいだな、相棒。
「わたしの母さんもそんな風にわたしを産んでくれたのね。大切に生きないと母さんに顔向けできない」
「
その涙を舐める役は雌に譲るぜ。
俺は赤ん坊に挨拶といくか。おお、何ともいえない匂いだぜぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。
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