狼の暮らし(1)

 街道に戻って南下を始めると、宿場町より先に関所にぶつかった。隔絶山脈目指して東に向かってるつもりが、思ったより南寄りに進んでたみたいだ。


 関を越えればそこはメルクトゥー王国。以前は二人と一匹で越えていた場所へと差しかかる。冒険者徽章を掲げるだけでほぼ素通りであるのに相棒は驚いてんな。

 前は身分証明になる商業ギルド章を提示したうえに、荷物の内容まで一応申告しなくちゃいけなかったもんな。挙句に、いきなり客車キャビンの扉を開けた兵士が俺と鉢合わせして腰を抜かしたこともあったな。


 そんな手間も掛けずに関所を通った俺たちは、メルクトゥーに入国した。


   ◇      ◇      ◇


「えー、フュリーエンヌさんご本人で間違いないんですね? パーティー登録はありませんが、代理での申請とかでは?」

「はい、今は誰かとパーティーを組んでたりはしません。何か問題でしょうか?」

「ただその……、そういう方には見えなくて」


 立ち寄った宿場町の冒険者ギルドの受付で、相棒は引っ掛かってしまってる。受付のお姉ちゃんはしきりに水晶板表示とリーエとを見比べて首をひねってんな。


 お姉ちゃんの前にあるのは冒険者徽章書換装置。データ通信機能でギルド登録内容や過去の実績を水晶板に表示させると同時に、徽章の水晶メダルへの記載事項を書換可能な魔法具なんだとさ。

 だから、今は相棒の技能や実績を確認できているはず。どうやらそれがお姉ちゃんが首を傾げる原因らしい。


「あなたは治癒魔法士とありますが?」

「その通りです」

「ですよね。数多くの対面契約依頼をこなしておいでのようです。それだけに、他の冒険者の成果を奪い取るような真似をされる方ではないと思えてしまって……」

 誰がそんなことをするもんか。

「この氷豹アイスパンサーの魔石と毛皮はどうやって入手なされたのでしょう? それを証明してくださらないと、討伐賞金はお出しできかねます」

「あ、それは本来キグノの……、彼の戦果なんです。闇犬ナイトドッグですから」


 この奇妙なやりとりに耳をそばだてていたのか、ギルド全体がざわりとした。いくつもの視線が刺さってくるぜ。


「なので可能なら彼にも冒険者徽章を交付していただければ、そちらにポイント加算してもらいたいくらいなのですけど?」

「それはちょっと……」

 受付のお姉ちゃん、苦笑いしてんじゃん。

「ああ、あなたでしたか?」

「はい?」

「いえ、こちらのことです。了解致しました。賞金のお支払いとポイント加算の処理をいたしますので少々お待ちを」


 一度鎮まりかえったギルド内に二人のやりとりが響くと、再び喧騒が帰ってくる。でも、その中身は俺たちに関することがほとんどだな。声を抑えてるからリーエにゃ聞こえてないかもしれないが、俺の鋭敏な耳には入ってくるぜ。


「おいおい、あれがそうだってのか?」

「なあ、女の子じゃないか?」

「でも、あれだろ? 急に現れて、とんでもない難物狩りばかりやってのけて、一気に名前が広まったっていう……」

 そんなことになってんのか?

「『イーサルの魔犬使い』か」

「驚いたぜ」


 俺こそ驚いたぜ。そんな噂が立っちまってんのか。相棒に変な異名が付いてんじゃん。


「すると、あれが件の魔犬なんだな?」

「でも、あれ、犬?」

「あの子ははっきりと闇犬ナイトドッグって言っただろう?」

 ああ、俺は闇犬だけど?

「どう見たって狼じゃない」

「ああ。僕にもそう見える」

 見た目に関しちゃ強いことは言えないな。そりゃ認める。

「もしかして本当は影狼シャドウウルフなんじゃない?」

「なんで嘘つく必要が?」

「だって危険過ぎるもの」

 ひとを危険扱いすんな。

「影狼って即離脱対象じゃない?」

「確かに。鎧豹アーマーパンサーと並んで、確認したら即逃走が鉄則だよな」


 リーエも俺も詳しくはないが、影狼ってそんな風に言われてんのかよ。というか、そんな物騒なもんだと思われてんのか?


「一級冒険者でもそれなりの数と質を集めて、編成を考えなきゃならないくらいの相手でしょ? 正面から戦えるのってブラックメダルじゃないと無理なんじゃない」

「そんなヤバいのが同じ建物内にいるってのか? 僕、逃げてもいい?」

「逃げてどうすんの? わたしを庇いなさいよ」

 だから、ひとを危険物扱いすんじゃねーよ!

「だいたい、あんな若い娘が飼い馴らしているくらいなんだから、急に暴れたりはしないと思うけど」

「そ、そうかな。ちょっと様子を見ようか」


 あの男のほう、相当震え上がってやがんな。こんなんじゃ、相棒に悪い噂が立っちまってるようなもんじゃん。こいつは少しアピールしといたほうがいいのか?


「はい、終了です。これからも頑張ってくださいね?」

「頑張ります」

 お疲れさま。ありがとうな、お姉ちゃん。

「あら、お礼? 普通に処理しただけだからいいのよ」


 受付台に両前脚を掛けて、舌を出して覗き込み、無害アピールをする。すると、お姉ちゃんは表情を和らげて俺の頭を撫でたんで、目を細めて応じる。どうだ、可愛いだろう?


「あんなに飼い馴らされてんのか。あの嬢ちゃん、どれだけすごいんだ?」

「可愛い顔してとんでもなく強いんじゃないのか? おい、気を付けろ」


 喧騒がいっそう高まると、さすがに相棒の耳にも届いて振り返る。瞬間、ギルド内の冒険者が一斉に目を逸らしやがった。それを見たリーエは不安げに冷や汗を垂らしてる。


 ちょっと、待て! 馬鹿野郎、お前ら、なにしやがる!


 相棒、気の所為だぞ、気の所為! 冷や汗ぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る