冒険者フュリーエンヌ(9)

 うおお、頭痛い。ロッドリング舐めたくらいでそんなに怒らなくたっていいだろ、相棒? 大事そうに抱え込まなくたって取ったりしないって。


「もう! こんなにぴかぴかで綺麗なのに涎だらけにしちゃって!」

「喧嘩しないの。リーエがノインから受け取った物をあんまり喜ぶから嫉妬しちゃったんでしょ?」

 それは断じて違うぞ、姉ちゃん。

「そうなの? キグノったら本当にわたしのこと好きなんだから」

 拳骨落した手で撫でられたって、傷付いた俺の心は癒えないぜ。


 ノインの野郎、腹を抱えてげらげら笑いやがって。後ろ脚で蹴ってやるげしげし。


   ◇      ◇      ◇


 隔絶山脈を下りた俺たちは、近くの町の冒険者ギルドに立ち寄る。お待ちかねの精算だぜ。


「すっごーい! こんなに儲かったの初めて! ちょっと贅沢したって三は暮らせちゃう」

「それもそうだが頑張りどころだろう? なにせ三人ともスレイヤーランクに上がったんだ。名を売れば一級冒険者の仲間入りじゃないか」

 お前らは銀色のメダルに変わったもんな。

「メイブの言う通りね。気を抜いちゃいけないわ」

 立派な心掛けじゃん。


「フュリーエンヌさん、計算終了です」

 受付の姉ちゃんが呼んでるぞ、相棒。

「あの、ポイント的には充分にランクが上がるんだけど、依頼達成数がまだ一つだけなのでビギナーランクのままになるの。ごめんなさい」

「あ、大丈夫です。わたし、治癒魔法士として生活できればそれでいいので」

「なんて良い子なの。こんな子が冒険者として認められるべきなのに!」

 受付嬢を口説いてどうすんだ、リーエ?


 手に入った資金で装備も充実させたフリュンクたちは、意気揚々と通りに繰り出す。


「ねえ、リーエ。このまま私たちのパーティーで回復役になってくれない? そしたらお姉さん、嬉しいなー」

 さっきのギルドで、相棒とノインの臨時のパーティー登録は解除しちまったもんな。

「ありがとう、フリュン。でも、わたし、このまま南に向かいます」

「どこか目的地があるの?」

「うん。キグノと落ち着いて暮らせる場所ならどこでもいいんだけど、縁があって聖騎士伯様にゼプル女王国を勧められたから、当座はザウバまで行こうと思って」

 お前たちはイーサル国内が活動場所だろ?

「え、ミニエット伯爵様に? そんな有名人と知り合いだったのね」

「そうか。じゃあ、お別れだな」

 そういうことだ。

「なるほど。噂に聞くゼプル女王国なら間違いなくキグノも受け入れてくれるだろうね?」

「ノインも知ってるの?」

「一応ね。無難な選択だと思うよ」

 情報は揃ってきたな。でも、まだまだ遥か彼方じゃん。

「それに、父さんと通っていた道をもう一度辿ってみたくて……」

「うんうん、分かるわ。そうよね……」

 涙ぐむのはいいが、相棒を抱き潰すな、フリュンク。

「それなら今夜は祝賀会と送別会よ! パーッと騒ぎましょ!」

「うん!」

 ほどほどにな。


   ◇      ◇      ◇


 五人は食って飲んで大騒ぎしてる。今夜ばかりは俺にも同じ料理が回ってきてるんだぜ。美味え、皿ぺろぺろ。


 相棒も、革の胸甲ブレストガードに坊刃服。左腕にはいくつもの反転リングに、右腕にはロッドリングと旅の魔法士っぽくなってきただろ? 冒険者としては駆け出しもいいところだけどな。


 ちなみにこのロッドリング。実験してみると、やっぱり腕に填めたままでは効果が落ちる。魔法構成の流れが上手く作れないらしい。

 だから、ノインの指導で、使う時は腕から抜いて四本の指だけ通して握り込むようにして使う。握り拳の正面に琥珀色の魔石を突き出すように握るわけだ。

 そうすると遠隔起動する時も照準が付けやすいみたいだ。これを作った奴は、そういう使い方を基準にしていたんだろうって言ってる。


「じゃあ、私たちみんなの前途を祝してかんぱーい!」

 何度目の乾杯だよ。酔ってんな、姉ちゃん。

「僕たちはもっと上を目指すぞー!」

「…………」

 だからジョッキを掲げるだけじゃなくてひと言くらい叫べ、ホルコース。

「かんぱーい!」

 もう好きにしろ。もっと料理を回してくれ皿ぺろぺろ。


「君にも何かご褒美が必要だよね?」

 なんだ、ノイン? 俺の皿に料理を移すついでに何するんだ?

「どうしたの、ノイン?」

「ん? キグノに贈り物をしてるのさ。はい、これ、お守り」


 俺の首輪に円形のメダルのような物を鎖で留めた。喉のところだから目立たないぞ。これじゃ装飾品にもならないじゃん。ああ、お守りだからいいのか。


「外したらダメだよ」

 くれるってんならもらっとくぜ。ありがとな。

「そうなんですか?」

「うん、色々と便利だからね」


 リーエがよく分からないという顔をしたまま宴の夜は過ぎちまった。


   ◇      ◇      ◇


「身体に気を付けるのよ」

 相棒は今、お前に潰される危機に瀕してるぞ。

「治癒魔法士に言っても詮無い台詞だぞ、フリュン。逆に心配される」

「そうですよ。頑張りすぎて怪我とかしないでくださいね?」

「そうね。メイブの塩っぱい治癒キュアじゃ厳しいもんね」

 ひどい言われようだ。

「塩っぱくて悪かったな」


 五人は笑いながら別れを告げる。ノインもしばらくはイーサル国内をうろうろするらしいからな。お別れだ。


   ◇      ◇      ◇


 お? どうしたことだ、こりゃ?

「なんで止まっちゃったの、キグノ。ここ、夜営陣だよ?」

 嫌な感じが全くしない。居られるぞ?

「大丈夫なの? どうして?」


 リーエは疑問に俺の身体を探りまくる。変化っていえば……、あ!


「もしかして、これ?」

 そいつか?

「ノインのくれたお守り。裏に刻印がある。魔獣避け除外魔法陣?」

 そんなもんが有るのかは知らないが、説明がついちまう。

「びっくり。でもこれで夜営陣で眠れちゃうよ。色々と便利ってこういうこと?」


 その夜から俺と相棒は安全な夜営陣で夜明かしできるようになった。毛布にくるまれたリーエが、横たわった俺の懐に居るのは変わらないけどな。


 俺が相棒の匂いに包まれて眠るのも変わらないくんかくんかくんかくーんかくんかくんか。

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