シェラードの帰郷(1)
「この前はネズミ二匹もありがとー」
気にすんな。人間は死骸を埋めたがらないからな。お前の糧になったほうが浮かばれるってもんだ。
ふらりとやってきたのは猫のフィーだ。死んだトビネズミを持っていってやったから、お礼に来たらしい。お気楽そうに見えて律儀な奴だ。
少し見回した後、三毛猫はすたすたと歩くと思い悩んでる風の相棒の膝に飛び乗って見上げた。
「どうしたの?」
ちょっとな。
あれ以来、リーエは気落ちした様子を見せることが多くなった。シェルミーの放った言葉が頭から離れないのかもしれない。
傍から見れば分かりやすいんだが、本人たちには理解しがたいもんなんかもな。
シェルミーにしてみれば、才能に恵まれ自分の父親にも称賛される相棒が目障りでしょうがない。村でも一番と言えるほどに裕福で、気ままに生きているように見えているんだろう。
だがな、こいつの父親クローグも村で二番目の土地持ちだけど、本来ならシェラードと二人で分けて継ぐことになっていたはず。それも長子の親父さんのほうが結構多めにな。
それだと収量は限られるし、あまり使用人を抱えるのは無理だぞ。下手に不作だと給料も払えない。十二歳にもなる息子はもう働き手として朝から夕方まで畑にいなきゃならなかっただろうぜ。
シェラードが身を引いたから今の暮らしが有るだけで、自分が得してるのが分かってない。
相棒にしても自分が恵まれているなんて思ってない。
母親は早くに亡くして記憶もない。繋がりは、寝室の戸棚にある遺髪と小さな肖像画の二つだけ。
父親とは、普段は遠く離ればなれの暮らし。納得の上とはいえ、寂しくないわけなど無い。親父さんの負担を考えて我慢してるだけ。
そんな暮らしをしているのに、まさか妬まれているなどとは考えてもいないんじゃないか? シェルミーの気持ちを慮るには、リーエもまだ若過ぎるしな。
産まれてろくにしないうちから悪意にさらされ続けちまった俺に比べると、二人ともがちょっと恵まれてるって思いがある。だからそういうのに敏感になって二人のことが解るんだけどな。
「撫でてー」
甘え上手だな。
相棒に頭をこすりつけて膝の上で丸くなるフィー。それを見て穏やかな表情を取り戻した相棒が毛皮に手を滑らせているんだから良しとするか。
「慰めてくれるのね。ありがと、フィー。キグノと同じもので良ければごはん食べてく?」
なんだと?
「
「そうよ。一緒に食べよ」
……俺の分が減るじゃん。
フィーと並んでメシを食っていると走ってくる足音が聞こえる。こりゃトルウェイだな。
「リーエちゃん、スリッツからの伝文だぞ! シェラードさん、もうすぐ帰ってくるって!」
お?
「ほんと! 嬉しい!」
ちょっと目が潤んでるな。こいつが何よりの薬だぜ。
◇ ◇ ◇
新しい物にも情報にも乏しい辺鄙な村に、その両方をもたらしてくれるシェラードはちょっとした英雄だ。
「ご苦労だな、シェラード。商売の調子はどうだ?」
村長のスランディもご機嫌じゃん。
「順調ですよ。スリッツもザウバも一時ほどではないですが、取引量は増える一方です。楽させてもらってます」
それは方便だろ? 親父さんは伝手を使って皆が得をするよう上手に差配してる。それが信頼を産んで商売を大きくしてるだけだ。見合う努力はしてるじゃないか。五
シェラードが取り扱っているのは、スリッツからは主に塩だ。気温が低くて荒れがちな南海洋では塩が作り難い。岩塩が採れなくもないが、北海洋の柔らかな味の塩は発展著しいザウバで持て囃される。
メルクトゥーからの帰りにイーサルに運ぶのは当然と言っていいが貴金属が主になる。あの国の主産品は取り扱いの額が大きいから儲けも大きい。取引先だけ確保しておけばスリッツでも問題無く捌ける。
西方からの産品も喜ばれるが、そこには手を出さないみたいだ。手広くやり過ぎて、他の商人の利益まで奪おうとするのは流儀じゃないらしい。皆で幸せになろうってのが信条だって言ってるからな。
「いつものです。村長が皆に分けてください」
「すまんな、気を遣わせて」
馬車から下ろした木箱をスランディに渡してる。土産物の箱だな。
自分で配らずに、まず村長に渡すとこが憎いだろ? 自分だけが敬われないで、スランディの権威を尊重する辺りが大人としての振る舞いってやつだ。
「本当に料理も上手になったな」
「そうかな? あまり進歩してないよ」
そっちはぼちぼちだな。
家に入ってしばらく抱き合っていた親父さんと相棒だが、もう時間も頃合いってことで晩メシにする。リーエが力入れて準備してたものだから今夜は特別製だぜ。そりゃ上手になったって思っても仕方ないよな。
朝寝坊した
さあ、今夜は語り合ってくれ。皿くらい俺が片付けてやる。
その代わり舐めさせてもらうぜぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。
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