シェルミーの横暴(3)

「犬、来た」

「大変、逃げろ」

「怖い、怖い」


 いっぱいいるな。声も聞こえるし匂いもするんだが、どれがトビネズミでどれが他のネズミなのかまでは分からないからどうしようもない。変に期待されても困るんだって。


「頼むよ、キグノ」

 善処する。

「お願いね。ルッキたちは気にしなくていいから」

「頑張れー」

「がんばー」


 麦畑の中に入ったらちびすけ二人の視界は一面麦だろうけど、相棒が両手にぶら下げてるなら大丈夫だろ。さて、どうしたものか? やっぱ追い立てるのが手っ取り早いか。


 できるだけ固まっているほうへとこっそりと近付き、前脚を踏み鳴らす。すると他のネズミは走って逃げるが、トビネズミは遠くへと跳ね飛んでいく。その中で有望そうなのを追い掛けるんだが今一つだな。


「やっぱりダメかな……」

 泣きそうになるなよ、コストー。諦めるのは早いぜ。

「あいつ、すごかったのに」

 任せろ。


 何も考えずに追い掛けてるんじゃないぜ。リーエが待っているほうへ追い込んでるんだ。逃げた先にまた人間が居たら驚いて全力で跳ねるだろ? その中で一番すごい奴を狙うのさ。


「きゃあ!」

「ネズミー」

「ちーちー言ってるー」


 相棒は悲鳴を上げるが、ちびたちは大喜びしてんな。

 そんなことを移動しながら何回か繰り返してる。なかなか納得の一匹には出会えないな。でも作戦は間違ってないんじゃないか?


「あれっ!」

 おっ! こいつは!?


 ひと際高く遠くへと跳ね飛んだトビネズミを発見してコストーが指差す。来た来た、こいつならいい線いくだ……、ろ?

 放物線を描いたトビネズミだが、もう落ちかけていてリーエの頭までは飛び越えられそうもない。目測を誤りやがったな。着地した場所は相棒の頭の上だ。しかもそのまま滑り落ちていっちまった。


「ひゃん!」

 変な声出すな、リーエ。

「ああん、ダメぇ。くすぐった……、ひぅ!」

 選りに選って服の中へ落ちたのかよ。


 突っ伏して悶える相棒の背中じゃ、小さな膨らみが右往左往してやがる。仕方ないから鼻先で押して襟元まで誘導してやった。出てきたところで尻尾を咥えて吊り上げる。


「きゃー、食べられるー!」

 じたばたすんな。食わないから。

「え? 食べないの? 美味しくなさそう?」

 食われたいのかよ! そうじゃなくて、一つ頼みがある。結果次第じゃ腹いっぱい食わしてもらえるぞ?

「ほんと?」


 ふう、これで何とかなりそうだぜ。


   ◇      ◇      ◇


 約束の。シェルミーは小箱を持って託児院に現れた。それだけじゃなく、見慣れない黒い大型犬まで連れてやがる。どういうつもりだ?


「一応約束通り勝負だ。やるまでもないけどな」

 使用人は活きの良い奴を捕まえてきてくれたんだな。

「負けるもんか! こいつが村一番のトビネズミだ!」

 いや、そりゃ言い過ぎだと思うぜ。


「跳ぶー?」

 ああ、出番だ。何でひとの頭の上で落ち着いてるのかは腑に落ちないけどな。


「これは慈悲だ。心の準備をしておけよ」

 そんなことを言って、シェルミー、先手を取ったのは絶望を与えたいからだろ? 顔に書いてあるじゃん。

「よし! 跳べ!」


 地面に引いた線の前に箱から出したトビネズミを置くと、後ろから犬をけしかける。驚かせて跳ばせる作戦か。その為に犬まで準備したのか?

 吠えた犬にびっくりしたトビネズミは300メック3.6m近く跳んだ。なかなかじゃないか。でもまだ甘いな。逃げるつもりだから跳躍が低い。


 いいぞ。いってやれ。

「ここから跳ぶー?」

 打合せ通りにな。遠くへ跳ぶんだぜ?

「分かったー」


 コストーが置いたトビネズミは黒い瞳で遠くを見ると、ぽーんといい角度で跳ね上がる。記録は350メック4.2mを超えてる。でかしたぜ。


「やったー!」

「勝ったー!」

「……よかった」

 不安だったのか、相棒。


 マズいな。シェルミーの奴、悔しくて震えてやがる。そんで驚いたことに、黒い犬が咥えて戻ったトビネズミを地面に叩き付けて殺しやがった。

 そればかりか、コストーが拾い上げて讃えているトビネズミまで手ではたき落とし、足で踏み付ける。


「きゅう」

 おいおい、そいつはちょっといただけないぜ。


「シェルミー、あなた、何てことをするの!」

 リーエが怒っちまったじゃないか。

「うるさい! こんなの無しだ、無し! 違う勝負にするぞ!」

「何をしたか分からないの? あなたは自分の怒りの感情だけで命を粗末に扱ったのよ?」

「それが何だってんだ! トビネズミくらい!」

 そいつはお前の都合だけで連れてこられたんだぜ?

「そんな風にしか思えないなら、人を使う立場にはなれないわ。大人になって、もし使用人が怪我しようと倒れようと平気なんでしょうね? 誰もあなたの為になんて働かない。畑をダメにしてしまうだけ」

「お前が言うのか? 先祖代々の畑を継がずに金儲けに走った奴の娘が?」

「そう思ってたの? 悲しいわ」


 相棒は顔を伏せる。親父さんからしっかりと命の教えを受けてるだけに落胆は激しいだろうな?


「許さないぞ。ジーク、やれ!」


 シェルミーは黒くてでかい犬に、俺を指差して命令しやがった。


「ご主人ご主人、それは無理ってもんですぜ。ありゃ持つ者魔獣っす」

 伝わりゃしないさ。悪いがちっとばかり痛い目を見てもらおうか。俺も虫の居所が悪い。

「冗談じゃないっすよー!」

 あ、逃げるな。


「げっ! くそ! 憶えてろよー!」

 逃げ足速いな、シェルミー。

「こら、約束守れよ!」

「ざまぁみろー!」


 相棒の沈痛な面持ちは気になるが、今は俺を讃えてクッキーを差し出してくるちびたちの相手をする。


 こりこり。指まで甘いなぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

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