仔犬キグノ(3)
あー、頭がくらくらする。腹も減ったし……、お袋!
「あっ、ちびちゃん、起きた?」
うわ、人間だ!
そうか、捕まったんだった。俺、どうなっちまうんだろ?
「どうするね? お前の母犬だろう?」
ん? 俺に訊いてるのか? 何もしないのか?
こっちのでかい人間も危害を加える気はないらしい。お袋を指して何か鳴いてる。どうするかってことか?
どうするも何も死んだらそれまでだ。せめて誰かに食われないようにするさ。小さい人間の腕を逃れて穴を掘るか。
「埋めるのかね? それがお前達の流儀なら構わんが」
手伝ってくれるのか?
「面白いな。私の声に反応している。魔獣とはこういうものなのか?」
「ちびちゃん、賢いの?」
「どうもそうらしい。ほら、私の顔を窺っているだろう?」
はっきりと聞き取れないが、雰囲気は掴めるぜ。
どうも人間の鳴き声を理解できるようにならないと、この場を切り抜けるのは難しいぞ。せっかくお袋が命を賭けて逃がしてくれたんだ。生き延びなきゃ意味がない。
掘った穴にお袋を横たえると、土を掛けて埋める。俺も前脚で掻いて被せる。埋まったら、土の表面を嗅いで回った。匂いが残ってて掘り返されちゃ敵わないからな。
そうしてると、大きいほうの人間が盛り土に手を当て、それを空に向かって差し上げる。何やってんだろう?
「君達がどう思うのかは解らないが、還るべきところへ還れるようにな」
よく解らないが、気を遣ってくれてんだな。感謝を込めて大きい人間の手を舐めた。小さいほうの人間も泣きながら頭を撫でてくるもんだから、その手を舐め返す。何だか甘い味がするな。
その後、ふらふらの俺にメシを食わせてくれる。驚いたことに、大きな人間は実に器用で、何にも無いところから生肉を取り出すんだ。これが人間の特性魔法か?
何の肉だかは分からなかったが、久しぶりに腹一杯に食った肉は堪らなく美味かったぜ。
「父さん、この子飼っていいでしょ? 可哀想だから連れていこうよ」
ん、何だ? 甘ったるい雰囲気だな。お願いごとか? お前も腹減ってたんだろ。生肉食うか?
「無理だ。どうやったって飼うのは難しい。これは魔獣なんだからな」
「えー? とっても良い子でしょ? ほら、わたしに自分の食べ物分けてくれようとしてるもの」
「そういっても可愛いのは子供の内だけだ。すぐに大きくなって、最悪人を襲うようになるかもしれないんだぞ?」
あれ? 揉めてんな。何か悪いことしたか? 生肉嫌いか?
「むぅー」
「諦めなさい」
「……はい。でも、元気になるまでは一緒にいてもいいでしょ?」
こんなに美味いのになー。無理なら俺が食うぜ。
「それくらいは構わないだろう。人目がある時には隠すように」
「うん!」
お許し出たのか? 悪い、もう食っちまった。
◇ ◇ ◇
それから何
人間は一人二人って数えるんだとさ。この木の枠と四本足の餌……、もとい、馬の組み合わせを馬車っていうらしい。どうだ賢くなったろ?
二人の会話も大筋は解るようになってきたぜ。小さい人間は雌でフュリーエンヌ。リーエって呼ばれてるんだと。いい香りはするんだが、どうにも俺を抱きたがるんでちょっとだけ鬱陶しい。
大きいほうは雄でシェラード。リーエの親父さんなんだって。お袋さんは俺と同じで死んだって言ってる。
結局、北に向かってるってとこが引っ掛かるんだが、今んとこは親父さんのお陰でメシにありつけてるんだから文句も言えない。どこかで放してくれるって話になっちゃいるが、そん時は仕方ない。この小さい身体でもやれるとこまでやるしかないな。
と思ってたんだが、こりゃヤバいな。さっきから同族の匂いがぷんぷんとしやがる。こいつらまさかリーエたち人間を襲う気か? 大変なことになるって知らないのか?
だとすりゃ、このまま夜になると厄介だな。でも、俺が何を言っても解ってくれないしな。どうしたもんだ?
いい知恵も浮かばないうちに暗くなっちまった。
「囲まれてしまったな」
親父さんの言う通り。
「もしかしてこの子を取り戻しに来たの?」
「そんな偶然は無いだろう」
正解。こいつらは俺の居た群れじゃない。
「馬は諦めるしかないか。リーエ、
「父さんは?」
「やれるだけやってみる」
義理は果たしとくか。
リーエの腕から飛び出して回り込むと、シェラードの腹に体当たり。反動で上手いこと扉も閉まってくれたぜ。さあ、俺の中で眠っている奴を起こすか。
あれ? こりゃ違……! 何だぁ!?
◇ ◇ ◇
翌朝、俺はもちろんリーエも親父さんも生きてるし、馬も傷一つない。周りには驚くほどの数の
「間違いないな。皆死んでる。お前がやったんだな?」
いや、ちょっと……。計算違いもあったけど一応。
「父さん! ちびちゃんが助けてくれたのよ。お礼でしょ?」
「だな。ありがとう。助かった」
どういたしまして、だな。
「ねぇ、命の恩人なんだから、一緒でも良いよね?」
「うーむ、仕方あるまいな。その代り、この子が魔獣なのは内緒だぞ?」
「はーい!」
その後、親父さんが魔核を集めて回って、次の町で売り払った。
で、それが化けて今、俺の首に填まってやがる。首輪だ。どうも俺はこの二人と暮らすことになったようだ。
まあ、良いか。どうせ流されてここまで来たんだ。このまま流されていくさ。
リーエはあの時、「人間を傷付けたら大変なことになっちゃうの!」って言った。お袋と同じことをだ。こいつと一緒に居るのも良いなって思った理由だ。
今はいっぱいになって丸く突き出た腹を上にして寝っ転がってる。リーエの膝の上だ。夜空にゃ満天の星が輝いてる。一緒に見上げた。
そんなに腹を撫でるな。手からさっきの焼き肉の匂いがするだろぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。
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