仔犬キグノ(2)
今夜のところは何とか落ち着けたな、お袋?
「良かったね、坊や」
メシにもありつけたし、ゆっくり寝ようぜ。
「うんうん、あたしもちょっと疲れちゃってるね。ああ、坊やは温かいよ」
好きなだけ暖を取ってくれ。それくらいにしか役に立てないからな。
南に流れ行くほど夜は冷えるようになってきたな。本当はどっかに棲み付きたいとこなんだが、ここいらは草原性のお仲間が多くてどこもかしこも誰かの縄張りで長居できない。
その様子を見てると俺の親父の正体が知れてくるんだが、こんな暮らしの最中にお袋を責めたりしちゃ可哀想過ぎる。
それでも長居はさせてくれないし、
なら、狼系魔獣の縄張りを転々とすれば良いと思うだろ? ところが一番の勢力を誇ってるのが
当面は持っちゃいるが、追い立てられる生活が続いてお袋は参ってきてる。ここいらで何とかならないと厳しいとは子供心にも分かるんだが、いかんせん俺はものを知らないから打開案なんか浮かんでこない。
走れるくらいには成長しても、お袋と肩を並べて戦えるほどの体格にも育ってない。本当に参るぜ。
そんな暮らしがそこそこ続いた頃、最悪の敵に出会っちまった。
「坊や、逃げるよ」
何でだよ、お袋? あいつら大した事なさそうだぜ?
「駄目だよ。人間を傷付けると大変なことになってしまうからね。よほどでないと逃げるが勝ちさ」
そうなのか。憶えとく。
だけど、その四匹の人間って生き物は実にしつこかった。でっかい走る鳥に乗っかって追いかけてきやがる。お袋は弱ってきてるし、俺もそんなに速くは走れない。
結局ずっと追い掛けられてだんだん苛々してきちまった。お袋は気になるし腹は減るし、堪ったもんじゃない。何でこんな目に遭わなきゃいけない?
「あ、こら、坊や!」
要はこいつらが追い掛けてこられないようにすりゃ良いんだ。でっかい鳥のほうを仕留めりゃいい。
急に止まって踵を返した俺は、小さい身体を活かして鳥の足元に入ると、喉笛に噛み付いてやった。引き倒すまでは無理だけど、細い牙が良いところに刺さったみたいで血を噴いて倒れる。もう一羽も同じように倒してやると、意気揚々とお袋のところへ駆け戻った。
どんなもんだ?
「このお馬鹿! さっさと逃げるんだよ!」
どうしてさ。あいつら、もうそんなに速くは追ってこられないじゃん。
「怒らせたらいけなかったの! とにかく逃げないと」
お袋は俺の襟首を咥えると全速力で走り出す。そんなんじゃすぐに息切れするから俺も自分の足で走り始めたんだが、人間は遅いのに粘っこく追い掛けてきやがった。
残りの二羽の鳥は俺達よりスタミナがあるもんだから、ほうぼうの茂みに隠れながら逃げ続けてたんだが、走り出すとすぐに見つけてまた追い掛けてくるときたもんだ。
この頃になって後悔し始めた。お袋の言うことは正しかったんだ。人間は厄介極まりない生き物。縄張りなんて関係なく、ずっと追ってくるとはな。
そんで、とうとうお袋に限界が来ちまった。
「逃げるんだよ、坊や」
どうすんだ、お袋!
「あたしがあいつらを止めるからできるだけ遠くに行くんだ。心配無いよ。きっと坊やは追ってこない」
待ってくれよ! 俺はどうすれば!?
「……元気でね」
俺ももうヘトヘトだ。大して助けにならない。お袋を救うにはどうすりゃいい?
そうだ! この辺に狼系の魔獣が居れば助けてくれるかも? 俺が頼みこみゃ何とかしてくれるはず!
もう動きたがらない脚を必死に動かして助けを探した。ちょうど平らなところが続く場所まで出て、何とかなるかと思いきや絶望した。向こうからやってきたのは別の人間だったんだ。もうへたり込むしかできなかった。
「どうしたの? わんちゃん、大丈夫?」
ずいぶんちっちゃい人間だな。何か鳴いてるが、よく分からない。
「父さん、大変!」
「待ちなさい、リーエ。それは魔獣の仔だ」
「でも、弱っちゃってるよ。助けなきゃ」
なんだ、ひと思いにやってくれないならせめてお袋のところへ行かせてくれ。
「え? あっちに何かあるの?」
「騒がしいな。馬車に戻っていなさい」
「でも!」
お袋の悲鳴が聞こえた。血の匂いもする。行かなきゃ。
あ! お袋! お前ら!
「わんちゃん、駄目! 人間を傷付けたら大変なことになっちゃうの!」
なんだ、急に吠えて? 止めてるように聞こえたぞ。
小さい癖に力あるな。押さえ付けられちまった。違うな。俺が弱ってんだ。
「君達、冒険者かね?」
「何だ、おっさん。邪魔すんのか?」
「しない。だから、魔石を抜いて討伐部位を切り取ったら、そのまま死骸は置いていってくれたまえ」
お袋……。
「変な事言いやがんな? 構わねえがよ。
「おい、そっちのガキは?」
「あんなの放っとけ。屑魔石しか取れない。商人っぽいが帯剣してる。面倒事は勘弁だ」
その時には、俺はもう小さい人間に抱きかかえられている。
くん。ああ、手から何か美味そうな匂いがしやがるぺろぺろぺ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます