第4話 既読無視
5人が揃ったのは何か月ぶりだろう。バンを運転しているのは、辰夫。助手席には、マリコが座る。ふみは仕事があるとかで、今日は来ていない。
久しぶりに会ったせいか、何となくぎごちなく、会話も弾まない。マリコだけがテンション高めで、辰夫にやたらと話しかけている。
車は、紅葉の見える山道を登っていた。次第にすれ違う車の数も少なくなってきた頃、後部座席に座っている3人のうちの美沙子が、真ん中に座る景子に仕掛けた。
「ねえ、景子、アンタさ、なんでこの間私たちのこと無視したのよ」
「この間って?」
「とぼけないでよ。私と美恵が映画館の前にいた時のことよ。アンタ、私たちに気付いたのに無視して前を通り過ぎたじゃない」
「えっ、知らないわよ。そんなこと」
すると、助手席のマリコも参戦する。
「前から思っていたんだけどさ、景子って、私はアンタ達とは違うっていう態度とる時あるよね。偉そうに、ねえ、良枝」
「あるね」
この時、景子は、自分が1対4の状態にあることを知る。今日のドライブ自体、仕組まれていたことを察知する。今のところ、良枝と辰夫は黙っている。
「何も偉そうになんかしていないだろうが」
高校生の頃、不良グル-プに入っていたこともあって、景子はこうした時に、つい昔使っていた言葉が出てしまう。
その時、良枝が無言で景子の頬を叩いた。
「何すんだよ」
「うるせ-」
今度は、美沙子が景子の腹にグ-パンチを食らわした。そこで、車は止められた。辰夫がゆっくり降り、後部座席でうずくまっていた恵子を車から引きずり出す。「おめえよお、なんだってそんなに偉そうなんだよ。仲間を大事にしなかった罰がどんなもんか教えてやろうか。なあ、みんな」
そう言って、恵子を取り囲むみんなの顔を見てにやりとする。
「まずは、おれが一発お見舞いしておくぜ」
辰夫が思いっ切り足で恵子の背中を蹴り上げる。それが合図のようになり、4人の行動はエスカレ-トしていき集団リンチとなっていた。若さからくる無謀さは、手加減ということを知らない。しかし、景子が動かなくなると怖くなったのか、谷底に投げて車で逃げた。
死体が発見されたのは、それから1か月後であった。
「ねえ、明後日の休みの日、カラオケに行かない」
美恵からの誘いはちょっと意外だった。美恵と景子は同じ飲食店でアルバイトをしていたが、二人はそれほど親しくなかったからだ。どうせ暇にしているので、景子は申し出を受けることにした。どうせなら、友達も誘おうと言うことになり、それぞれ2人の友達を誘い、6人でカラオケに行くこととなった。
ここで、6人とは、景子と、景子の友人の良枝、高校の先輩の辰夫。美恵と、美恵の友人のまり子とふみである。辰夫だけ、25歳と少し年上であったが、後の5人は19歳から21歳の間に入る。しかし、「友達」と言っても、元々「友達の友達だったりするので、関係性は薄い。遊び仲間といったほうが正確であった。
その後も、6人は週1くらいの間隔でカラオケ店に行き、時にはドライブやハイキングに行くこともあった。毎回、6人が揃うというわけではなく、その都度参加できるメンバ-で遊んでいた。
コミニュケ-ションの手段はスマホのSNSだった。メ-ルと違い、無料だし、スタンプも楽しいから。
6人の中でも景子は少し他のメンバ-違っていた。少しだけ真面目だったといったほうが良いかもしれない。だが、ほんの少しである。景子と良枝は同じ専門学校に通う同級生だった。しかし、良枝は実家が比較的裕福で将来に不安がなかったせいか遊び呆けていても問題なかったのに対して、景子は自分の力で食べていかなくてはならないという意識があったので、学校は割と真面目に行っていた。
新しくできた6人と遊ぶのは楽しかったが、次第に誘いが多くなるにつれ、景子は少し鬱陶しく感じるようになっていた。学校の勉強をしている時にも、SNSの連絡がくる。その内容は、
「今、何してる?」
「昨日、〇〇が出ていたテレビ見た?」
「駅前のケ-キ屋に入ったら、ショコラがおいしかったよ」
などなど、どうでもいいものが多かった。前はこうしたやりとり自体が楽しかったのだけれど、一度鬱陶しいと思うと、返事もしたくなくなる。だから、「既読無視」が多くなる。
景子の「既読無視」が増えたことに対して、最初に反応してきたのは良枝だった。学校で会った時に、「最近既読無視多くね-」と言われた。「別に」と答えておいたが、良枝は不満そうであった。それからしばらくして、今度は、辰夫から電話があった。
「お前、最近既読無視ばかりしているんだって」
辰夫は、一応高校の先輩なので敬語を使うようにしていた。
「別に、そんなこともないですけど」
「マリコも言っていたぞ」
「マリコが?」
いつの間にか辰夫とマリコは付き合っていた。マリコが辰夫にチクるとは意外であった。マリコはメンバーの中で一番おとなしかったからだ。
「そうですか、わかりました。注意します」
そう言って、電話を切ったが、不愉快な思いが消えない。景子はすぐにマリコに電話する。幸い、マリコはすぐに電話に出た。
「景子? 何か用? 電話なんて珍しいじゃない」
SNSでのコミュニケ-ションがほとんどで、電話をすることが少ないので、驚かれる。
「あんたさ、辰夫にチクっただろう」
いきなり本題に入る。
「何のこと?」
「私が既読無視しているっていうことを、だよ」
「ああ」
やっぱり、そうであった。
「ふざけんなよ」
景子は、それだけ言って、電話を切った。
捜査の中でわかったことは、集団リンチを行うことになったドライブについて、4人は一度もリアルで会って相談をしていない。SNSだけで話し合っている。しかも、誰も景子を殺そうなどとも言っていない。生意気だから、お灸をすえてやろうという程度の話になっていた。だから、首謀者がいないのである。
ところが、実際に景子と相対し、景子から強い反発があったため、結果的に集団リンチとなった。
捜査を担当した刑事の一人の中丸には、同じ年頃の娘がいる。なので、思うところも多い。この子たちがお互いに作ってきた関係は、あまりに希薄で、しかもコミニュケ-ションの主な手段がSNSなので、リアル(現実世界)での真剣な人間関係が作れていないのはないか。本当に4人は殺す気まではなかったのかもしれないが、でも実際に瀕死状態とはいえまだ生きていた景子を谷底に落として逃げている。つまり、景子の本当の「死」を見ていない。景子の「死」も4人にとっては仮想上のままなのではないか。リアルの世界で逮捕された4人の頭の中には、今何があるのだろうか。中丸にはわからない。
たかだか「既読無視」がなぜ人を殺すことにまで発展してしまうのか。「既読無視」なんて、実際に会ってトコトン話し合えば解決できることではないか。中丸にはそう思えるのであるが…。
ふみは、今マクドナルドで、新しい「友人」とポテトを食べながら談笑している。事件のことを知った時、驚きもしたし、景子は可愛そうな目に合ったとは思っているが、それ以上の感慨は思い浮かばない。実は、「既読無視」なんて、みんなしていた。ただ、少しだけ景子が目立っただけ。
それに、もともと関係性の薄い仲間なので、みんながその時々に自分の気分で、自分に合う子と付き合っていた。そして、みんながそれぞれ悪口も言い合っていたりもした。景子とマリコが仲良かったかと思うと、美恵と良枝が喧嘩していたりで。でも、それもしばらくすると、シャッフルされていたりする。その程度の関係性のほうがいいし、何も問題ない。今回の事件は、悪ふざけが過ぎただけだと、ふみは思っている。「既読無視」が発端や原因なのではなくて、他になんか刺激を与えてくれるものがなかったから。ムカつくことなんて、「既読無視」以外にもあった。逆に楽しいことや面白いこともいっぱいあったけれど、遊びには少し飽きていた。
あんな事件が起きると、SNSなどの「仮想世界」と「リアル(現実世界)」がわからなくなった若者たちが起こした犯罪だ、みたいに言われたりするけど、私たちは、いつだってリアルで生きている。目の前でハンバ-グを頬張っている、バカ面のこの「友人」とは、この先どれくらいの間付き合えるのかな。
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