1章.蒼く晴れ渡る空の下で

1章.蒼く晴れ渡る空の下で

「何故、今の時期に異動なのか…?」

水城 彩葉(みずき いろは)は、溜息混じりに呟き汽車に乗る。

汽車の中はがらんとしていて、陸軍の軍人が目立つ。

―まあ、今の時代海軍の軍艦は必要性がほとんど無いものね。

海軍である事を表す詰襟式の軍服は、悪い意味で目立つ。何故なら、海軍と陸軍は昔から仲が悪いからだ。(空軍は中立の様な立場)

「海軍のねえちゃんよぉ?俺等と遊ばないかぁ?」

予想通りの展開に、顔を歪めつつも彩葉は軍帽を深く被り直す。

絡んできたのは陸軍の将校で、顔に下品な笑みを浮かべている。

そういう事が目的なのだろうが、軍規を逸脱した行動をとる馬鹿にも、真面目な奴であろうとも相手をしてやる気はさらさらない。

「…去れ。」

声をなるべく低くして怒鳴るのだが、将校は許可無く隣に座り優しそうな声で、話しかけてきた。

「まあまあ、そんな事言わずに…な?」

そんな男の声に苛立ちながらも、感情を何とか押し殺して平静を装う。

隣に座られても、全く動かず人形のように座り続ける彩葉を見た男は先程よりも気持ちの悪い笑みを浮かべて、毛むくじゃらの手が彩葉の黒く染められた髪を一房掴む。

汚らしい手で女の命ともいえる髪の毛を捕まれたとき、思わず腰から下げる短刀に手を伸ばした。

「天夢(てんむ)第一七(いな)基地前。」

そんな時、車掌の呼び声がしたため抜刀するのをやめた。(そもそも、車内で抜刀すれば軍法会議ものだ)

何とか、殺さずに済んだとほっとしながら、無言のまま汽車を出て、鬱陶しい程ギラギラ輝く太陽と雲一つない晴天の空を見つめた。

周りは、緑の深い山々。民家などがありそうな、田舎だ。

こんな場所に、軍事基地があるとは到底思えなかったが、彩葉を呼ぶ元気な声が聞こえてきた。

「水城大尉!!こちらです。自分は、白瀬(しらせ) 咲夜(さくや)大尉であります!!」

空軍の軍服に青藍色の髪の青年が手を振ってこちらを見ていた。その青年は、従兄にどこか似ている気がしたが恐らくは、勘違いだろう。

―そうか…ここは陸海空軍が混合されている基地だったな…

どうでもいい事を考えつつ、従兄にそっくりな青年のほうへ向けて歩き出したとき、敵襲を知らせる警報がけたたましく辺りに鳴り響いた。

「敵のミラ接近中。敵の隊長機デネブ・メリーランド。その他フォーマルハウト確認。現場は海岸。整備員補給員は速やかにシェルターに移動せよ。ミラ搭乗員は戦闘配置に付け。」

馬鹿みたいに大きなサイレンの音を憂鬱そうな顔で聴きながら、急いで今回配属された部隊の、新型 戦闘機〈アルタイル〉―コードネーム〈明石〉―と呼ばれるロボットの格納庫へ向う。

戦闘機というが、空を飛ぶ飛行機の戦闘機ではない。戦う大型ロボットのことを戦闘機と呼ぶのだ。(空を飛ぶ戦闘機は、『戦闘飛行機』と表記、呼ばれる)

新型 戦闘機〈アルタイル〉は、全長一八〇メートル。基本武装は、主砲口四十六センチの機銃『流星』だ。

そんな超大型の〈アルタイル〉は今までの戦闘機よりもとても強力だった。

なぜなら、開戦初期に製造され今なお製造され続けているフォーマルハウト(サイクロプス)(全長六〇メートル)や、ベガ(織姫)(全長六〇・九メートル)、デネブ(大織姫)(全長九〇メートル。ベガを強化・巨大化しただけ)とは比べものにならない程の様々な数値を叩き出しているためだ。

出撃待機中の彩葉は、相変わらず憂鬱そうな表情を崩す事なくコックピットへ入る。

―練習、演習もせずにいきなりの実戦か…

〈アルタイル〉には、いままでのミラには無かった機械がたくさんあり、少し戸惑いつつも彩葉は何とかプログラムを起動させる事に成功する。

戦闘機のコックピットは、上下から様々なレバーがあり、正面には実際に目で見ているような光景がメインモニターに映る仕組みになっている。メインモニターの下には、計器と共にプラスチックの蓋がつけられた真紅のボタンがあるのみだった。

コックピット内は少し、温かみのある明かりがついてはいるが、内装が特別な意味を持たせないために灰色塗装となっているため、どこか冷たさを感じる作りだった。

〈アルタイル〉には、獅子を思わせる光の加減によって様々な色に見える分厚いプラスチックのような物がたてがみの様に後頭部に張り付けられており、その姿は獅子のたてがみを付けた〔彦星〕の様だった。

開発者曰く、そのたてがみは基地とスムーズに通信する為の機械だと言う。

起動させる事に成功すると、外が見えるモニターに『起動中…』とコンピュータの様な表示が出る。

起動完了の表示が現れるまでの間に、彩葉は革で出来た飛行機に乗る際につける手袋をはめる。

丁度手袋を着け終わった所で『起動完了…』と出ので地下にある格納庫から地上に出るための人間が乗るものを大きくしただけのようなエレベーターへ向かう。

もうすでに、〈大和〉はエレベーターで待機していたらしく出撃していた。

「こちらアルタイル、〈大和〉。敵を確認。迎撃に移ります」

通信から聞こえてくる声からは、敵がどのような状態で攻めてきているのかは分からないが、新型機である〈アルタイル〉が出れば勝てるだろう。

「「こちらアルタイル、〈明石〉出ます!」」

彩葉の声と、まだ少年らしさが少し残ったままの青年の声が同時に基地へ伝わる。

スピーカーから、自分のものではない声が聞こえてきた彩葉は、少々面くらった表情をしてから考える。

―まさか…〈明石〉に私以外にも誰か乗っているのか?

白瀬は自分専用の機体を貰っているのに何故自分は、複座式の機体なのか?と云う疑問を無理矢理胸の奥深くへ押し込むと表情を兵士のそれへと変化させる。

明石も、大和と同じような戦艦の砲撃に似た大きな轟音を立てて地上へ出る。

薄暗い空間からいきなり明るい空間へ出た為、青い空に浮かぶ太陽が眩しい。

「こちら天夢一七基地。以後CLUP(クルップ)だ。皆の幸運を祈る。」

スピーカーから聞こえてきた声を聞きながら、改めて目の前の状況を確認する。

〈大和〉は上空から四六センチの砲弾を使った機関銃『流星』を敵のフォーマルハウトへ雨あられの様に浴びせている。

現在のこちらの勢力は〈大和〉と〈明石〉の他にも、量産型のフォーマルハウト(伊号)がいる。

それに、ここは五十鈴帝国軍のホームだ。負けるわけがない。

〈大和〉の攻撃は、ロボットになる前の箱に似た鋼色の物体に当たるのだが火花が散り箱の表面を少し傷つけるだけで、撃墜には至らない。

次々と爆弾の様に投下されていく箱に似た物体は、ジェット旅客機のゴウゴウという音に似た不気味な音を立ててロボットの形に変形し、伊号(量産型のフォーマルハウト)を、まるで七面鳥狩りを楽しむかのように次々と簡単に墜落・散華させていく。

耳を劈く様な轟音と共に〈明石〉に襲いかかる弾丸をよけながら海上で流星を構え、ロボットの一番強度が弱い頭を狙う。

丸いスコープの十字の中心に敵の頭部が映りこみ、震える指先でトリガーを引く。

何度も経験したのに、未だにトリガーを引く指が震えてしまう。考えなくてもいい、敵の人生を考えてしまうからだ。

弾丸を二発程発射して、ようやく一機のフォーマルハウトが墜ちる。

彩葉はその様子を不安げに見つめたまま、思わず海上で動きを停止させる。

―フォーマルハウトにしては、頑丈すぎる機体。量産型がいとも簡単に落とされている…まさか、あの機体は…

流星をもう一度撃とうと構えた刹那、バキリと肘から嫌な音がした。

左腕を失ったかのような痛みに襲われた彩葉は思わず叫ぶ。

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

断末魔の叫びのようなその声は、味方にも基地にも届いた。

確かに自分の腕はちゃんとくっついている。しかし、左肘から先の感覚が完全になくなっていた。肘から流れ出る血が軍服を赤く濡らす。

―腕の…腕の感覚が無い…

怖い。恐ろしい。

今に感じた事の無い考えが徐々に頭を覆ってゆく。

見たくない。振り返るな。という思考を無視して振り返るとそこには…〈明石〉の腕が山の中に突き刺さっていた。

―この、腕の痛みは何だろうか…?

そこで思い出す。このミラ(ロボット)には、今までにないような強さを誇り致命的な欠陥のある機体だったという事を。

その強さを誇りながら致命的な欠陥となってしまった機能…同体率(どうたいりつ)。同体率と呼ばれる機能を通してパイロットの意思で自分の体のようにロボットを自由に動かせるようにした代わりに、犠牲にした痛覚と身体に与えられるダメージはしっかりと彩葉の体に与えられていた。

「…っ!!」

言葉にならない程の痛みで、思考が停止する。

洋上に浮かんだまま、動かない〈明石〉はいい標的となり、敵が集中攻撃を仕掛けてくる。

弾丸が、〈明石〉の体を掠めていき数発が直撃する。

徐々に増えていく痛みに、耐える事も出来ずに目から涙を流す。

頭の中で蘇るのは、死んだ仲間の言葉。

『犬死をしたいのですか?』

「ち…違う、私は…」

そこまで言いかけた時、スピーカーから咲夜の声が聞こえてきた。

「水城大尉!?しっかりして下さい!!今すぐそちらへ…」

〈大和〉は〈明石〉の元へ向かおうと、急降下していく。

そんな〈大和〉止めたのは、先程の青年の声。

「来るな!!こちら〈明石〉!!七つある腕の関節のうち肘の関節がやられた!!CLUP、水城大尉と交代だ!!〈明石〉の主回線を俺の方にまわせ!!」

「こちらCLUP。了解した。」

短い会話が聞こえた次の瞬間には、明かりが消え代わりに、無機質な白い明かりが彩葉のコックピットの中に灯る。

―冷たい……

そんな事を考えながら、腕に備品である麻酔を打って、コックピットで膝を抱えうずくまる。

パイロットを切り替えた〈明石〉は、陸へ移動すると器用なことに、片手で流星を撃ち始める。

現在〈明石〉を操縦している青年は陸軍で受ける訓練の中で最も難しい片手撃ちを、まるで呼吸するかの様に簡単にこなしていた。

その様子に驚きながらも革手袋を外し、血に濡れた左手をみる。

肘以外には怪我はないらしく、流れ出た血で少し赤くなっているだけだった。

彩葉はしばらくの間無言で、その左手を見つめていた。

その顔は、辛い過去を思い出しているかの様な表情でありながら、何故か微笑んでいるようにも見えた。

いつの間にか軍服を濡らしていた血は冷たくなり、冬季迷彩が砂漠迷彩の様な色に変色していた。

一機しか撃墜できていないのに、こんな怪我大げさな怪我をしたことを恥ずかしく思いながら、視線をモニターへ移す。

―私は…どうしたら…

そんな事を考えていると、一つの通信が入った。その通信の声は、明らかに少年兵のもの

「こちら、伊二(ニー)零(ゼロ)。左足と燃料タンクを被弾。再起動不能。これより、敵に体当たり攻撃をする。皆の幸運を祈る。」

おそらく伊二零だろう。敵へ向かっていく一機の量産型のフォーマルハウトがモニターへ映る。

しかし、敵に届く前に散華する。

名前も知らない…誰かの大切な人が、この国の未来を作り出すはずの若い少年の命が、周りに注意して戦えば守れたかもしれない命が、ただの金属片と肉片となって蒼い…蒼い空に浮かぶ。

そこで、この戦場の誰もが気づいていないであろう、ある事に気が付く。

そのことを伝えるべく、まだ少し残る左腕の痛みに耐えながら外線用のスピーカーを手元に引き寄せて叫ぶ。

「こちら、明石…あれは…フォーマルハウトではなく、ベガです!フォーマルハウトで勝てる筈なんてありません!!」

その叫びに答えたのは憎き鷹野大佐。

鷹野大佐はいつもの氷の様な冷たい声で静かに告げる。

「地対空ミサイルを撃つ。ミラ達は速やかに下がるように」

しかし、避ける暇など与えられず、地対空ミサイルが爆音と共に発射される。

先程の少年の無念を晴らすかのように、ミサイルはベガを打ち落としていくのだが、敵の隊長機である大織姫(デネブ)は撃墜する事が出来なかった。

スピーカーからは、明石に乗っている青年の舌打ちの音が聞こえてきた。

「水城大尉、何故もっと早くに言わなかった!?何故、周りに注意して戦わなかった!?」

青年の怒鳴り声に震えながら彩葉は必死になって謝った。

「ご、ごめんなさいぃぃぃ!!」

「水城大尉は何処に!?」

「あっちに走って行きました!!」

「急げ!!」

軍医、衛生兵、看護師が騒がしい程の大きな声で走りまわりながら彩葉を探している。

「水城、お前はガキか?」

錆びた鉄を思わせる赤い(赤銅色)髪の青年―羽黒 奏真(はぐろ そうま)大尉―は冷たい視線を投げかけ、奏真は彩葉に聞いてきた。

「こ、子供じゃないし…医者が嫌いなだけだし…って何で私の名前を…」

彩華は偶然通りかかった見知らぬ青年パイロットに助けを求めたのだが、その青年パイロットの第一声は不自然な「ガキ」という言葉だった。(まさか、同じ機体に乗っていたパイロットだとは思いもしなかった)

「軍報に何度も乗っていただろ?だから、知っている。ガキじゃねぇなら、何歳だよ?見た目は一三歳に見え…」

「立派な一六歳だし!!もうお酒だって飲めるし!!」

大人だという事をアピールしたいのか彩葉は、背伸びをして奏真目線を合わせようと頑張っているが、頑張っても目線は下のままだった。

「そうか…なら、まずは軍医の所に行こうか?」

奏真は腹黒そうな笑みで手を引っ張ると、彩葉は怯えた顔で後ずさりする。

「水城大尉!」

そこへ、咲夜がやって来た。咲夜は少し不満そうに睨みながら奏真の方へ近づいてくる。

怯える彩葉を何とかマリノス軍医に引き渡すと咲夜へ問いかける。

「どうした咲夜?」

いつも通りの調子で聞くと、ポメラニアンが威嚇し、ぴょんぴょん飛跳ねながら吠えている様にしか見えないという咲夜独特の怒り方をして言う。

「水城大尉に手を出すな!!」

その怒り方を見ながら鼻で笑うと、奏真は馬鹿にしたようにいう。

「ガキの相手するほど暇じゃねぇよ。」

奏真はそう言うと自分に新しく割り当てられた部屋のある兵舎へ向けて歩きだした。

「奏真、僕は君を―」

咲夜の話が終わる前に歩き出した為、最後の言葉が聞き取れなかった。

―どうせ同じ部隊だし、後で聞けば問題ないかな。

相変わらず、幼い時から変わらない奏真の人の話を聞かない癖にあきれつつ、怠さが残る体を無理矢理に動かして叔父に連絡をとるために誰もいないところを探す。

「やっぱり、同体率というものは厄介だな…戦闘飛行機よりもGがかかる。いつ搭乗者が死んでも可笑しくはないな」

咲夜は独り言を呟きながらゆっくりと、かつての愛機が収容されている格納庫を目指す。

今は、別の人物の乗機となっていたはずだ。

何故、向っているのかは分からない。けれど、行かなければいけないような気がして仕方がない。

「白瀬大尉、お久しぶりです」

帽子を目深に被った長い黒髪の女が、立ち止まって敬礼をしてくる。

どこかで見たことのある女だなと思いながら、敬礼を返すと女は口元だけで微笑みいう。

「最近のお加減はいかがですか。」

「何を言っている?」

「もう既に、お忘れですか親・王・様」

不可解な言葉に首をかしげつつ、咲夜は何も答えずに尚も格納庫を目指す。

「確か、彼女の国の言葉ではМне пора идти(失礼します。).でしたかな」

その言葉に振り返った時、女は腰から下げた軍刀をチャラチャラと鳴らしながら去っていくところだった。

だんだんと狭くなっていく廊下を進みながら、頑丈そうな古びた扉を開く。

扉は鍵が掛かっておらず、簡単に開いた。

薄暗い明りに照らされた青い空を思わせるかつての愛機。

その足元で、異国の王の禁色の青年が佇んでいた。その姿はどこか威厳に満ち、それでいて触れれば壊れそうなほどに繊細だった。

彩葉が部屋の前に着くと、ピリピリしたような重々しい雰囲気がドア越しからも感じられた。

―な、何故に!?

小動物の様に少し震えながら、荷物の入ったトランクを持ってドアを開き、一歩踏み出す。

すると、何故か前に壁があった。

「あれ?」

「ん?」

奏真は、少し不思議そうな顔をした後一歩下がる。表情はそのままで固まっているので、「入れ」ということなのだろうか。

彩葉が部屋に入ると奏真は、表情を元に戻し突然自己紹介を始めた。

「さっきは、名乗っただけだったよな?まぁ、改めて、俺は、羽黒 奏真。階級はぁ…えーと、確か大尉だったはずだ。陸軍に所属。今年十七歳。兵士番号H8906前の隊…と言ってももう既に存在しない隊だがそこで呼ばれていたコードネームはgift(毒)…だったか?まあ、よろしく頼む」

奏真は、無駄なことは言わないといわんばかりの勢いで喋ったため、質問する暇もなく自己紹介が終了していた。

「白瀬 咲夜大尉。空軍に所属です。今年で十七歳です。兵士番号S4398で、前の隊でのコードネームは扇(おうぎ)でした。よろしくお願いしまーす。質問があったら、どうぞ。」

真顔で自己紹介を始めた奏真に対して、真逆の笑顔で自己紹介を始めた咲夜は好意的な感じで最後の「どうぞ」が「どうぞ☆」に聞こえた。

別に質問もなかったので曖昧に微笑むと、ドキューンといかにもハートを打ち抜かれましたみたいな音が咲夜から聞こえてきた。

それに戸惑いながらも彩葉は、何とか自己紹介を始めることに成功する。

「ええと…水城 彩葉 大尉。海軍に所属しています。今年十六歳になります。兵士番号M1683前の隊では、カサートカ(シャチ)と呼ばれていました。」

あまり好きではない今のコードネームを口に出して、過去を思い出す。もう一つの、閃光の中に捨てたコードネームを。

過去を思い出し、暗い表情をした彩葉を慰めるかのように爽やかな笑顔を浮かべて咲夜は言う。

「今をしっかりと生きていこう!」

「は?」

そんな咲夜をジト目で見て、「お前馬鹿だろ?」と軽蔑の念を込めて奏真は「馬鹿だな」と呟く。

「お前は、一番の危険人物になりそうな気がする…」

奏真は持っていた荷物を三段ベッドの一番下に置くと荷物の整理しはじめた為、彩葉も急いで荷物を三段ベッドの真ん中に置いて整理をはじめる。

皆、ベッドに備え付けてあるカーテンを閉めて鞄を開き黙々と一言も喋らずに自らの生活空間を築く。

その作業が始まってから一時間程経った頃、咲夜がこれから慣れ親しむであろう機体の〈アルタイル〉について喋りだす。

「…大和は、空軍の開発した機体で、歩行能力が低い代わりに空を飛ぶことができる。明石は陸・海共同開発した機体で、歩行能力と海上を艦(ふね)の様に進む能力があるそうですよ。あ…そういえば、アルタイルの色どうしますか?」

造られてから、本人達の希望の色に塗る為に銀色のままにされた機体。

―海軍と云えばやっぱり…

「冬季迷彩!!」

「夏季迷彩」

―羽黒大尉と迷彩の色で揉める事になった!?

奏真が陸軍だという事を今まで忘れていた彩葉はカーテンを勢いよく開き、したのベッドを覗き込み、抗議しようとした。

「色は譲れ……!?」

しかし、文句を最後まで言う事が出来なかった。何故ならば、奏真は何思ったのか上半身だけ軍服を脱いでいたからだ。

彩葉は顔を真っ赤に染めたまま、カーテンを急いで閉めると、下の騒ぎを聞きつけた咲夜が心配そうに一番上から降りてきた。

「水城大尉、どうしたのですか?…って、何で奏真は上半身軍服着てないの!?」

「トレーニングするのに邪魔だろ?」

奏真が真顔で答えるのを聞いていて、彩葉は頬がひきつるのを感じながら、冷静さを保とうと努力する。

―確かに邪魔かもしれないけど、脱がなくてもトレーニングはできるはずなのに、何故この人は軍服を脱ぐのだろうか?

顔を赤らめたままの彩葉は戸惑いながらも、必死になって奏真に抗議する。

「と、兎に角!!色は譲れませんから!!」

「はいはい」と適当に答えながら腕立て伏せをする奏真と、「やれやれ…」と呟きベッドへ戻る咲夜を尻目に急いで荷物を片付け、これからお世話になる部隊が待つ食堂へ向かった。


食堂に着いてすぐに聞こえてきた言葉。それは辛辣なもので、辛かった過去を思い出し、肝心な一歩が踏み出せずにいた。

「本当にあれがエースパイロットか?」

「そんな訳ないだろ?」

「でも、新型のミラに乗っていたぜ?」

「なら、俺らが乗ったほうが良くないか?」

「確かに!」

「そうそう」

冷たい嘲笑には、慣れたはずなのにやはり心が痛くなる。先程の二人も心の奥底では、自分を彼らと同じように嗤っているのではないのだろうか、と思ってしまう。

―やはり、ここでも同じ…か。そんなに言うのなら、自分が乗りたいと志願すればいいのに

心が痛くなるだけで、冷めた感情で分析している自分がいた。

「じゃあ、お前等が乗るか?」

彩葉が思っていた言葉を二十歳ぐらいの女兵士が悪口を言っていた部下らしき兵士に言っているのが遠目からではあるが、確認できた。

その声に込められている意思を感じたのか、悪口を言っていた兵士達は顔を引きつらせている。

二十歳ぐらいのその女兵士は、遠くにいるにもかかわらず彩葉を認識したらしく、顔を見て言う。

「水城大尉、突っ立っていないでこっちに来なよ。」

そこまで自分は有名なのかな、などと考えてから返事をして女兵士の方へ走っていく。

女兵士はヒマワリの花の様に明るい笑顔を浮かべて名前を名乗った。

「あたしは山形 蘭香(らんか)よ。よろしく。」

蘭香さんは、そう言うとここの食堂のおすすめだと言って、鶏肉の唐揚げが大量に載せられた丼ぶりを目の前に置く。

その量に思わず、顔をしかめてしまう。(唐揚げ丼はそれ程に多かった。)

「唐揚げ丼を食べながらでいいから聞いてね。これからアルタイル班の護衛任務に着く第一デネブ部隊のみんなを紹介するわ。すぐそこの青藍色の目つきが悪い子がルカ・スマイラ。」

食べながらでいいと言われたのだが、食べながら説明を聞くのは失礼なので、食べずに話を聞いていると、一番初めに紹介されたのは、先程悪口を言っていた少年のような口調で喋る少女だった。

ルカと呼ばれた女の子は、彩葉を睨みながら「何で俺から…」と文句を言っている。

「ルカの隣に座っている眠たげな黄色い目の子がリズ・ライヴァ、リズの前に座っている高いのがライト・クリュウ、ライトの隣に座っている桜餅みたいな女性が神田 咲(さく)楽(ら)、でこの隊の隊長が山形 亮介(りょうすけ)。以上、女子四名男子二名。」

蘭香さんは、隊員を紹介してくれたのだが覚えられそうにない。

ルカは青藍色の髪に黄色い瞳で、まるで夜空の様であり、リズは瞳も髪も淡い黄色で宝石のトパーズを思い出す容姿で、ライトは空色の髪と瞳で晴れ渡る空を連想させた。

咲楽さんは薄い桜色の髪に若葉色の瞳で、本当に桜餅の様な色合いだった。

山形隊長は、落ち着いた千歳緑の髪に黒い瞳。

蘭香さんは、紫の髪に海老茶色の瞳。

みんながみんな特徴的な見た目なので、覚えられるかと思ったが、無理だった。

なぜなら、彩葉は人の名前を覚えるのが苦手だからだ。顔と名前が一致しない。

苦笑いしながら、しっかりと脳内に刻みつけようと全員の顔をもう一度見ていた。

すると、第一デネブ部隊のみんなが彩葉の後ろを見て驚いていた。不思議に思いつつ彩葉が後ろを振り返ると…

「水城、食堂ってここか?」

まだ上半身に軍服を着ていない奏真がいた。

「羽黒大尉!?何故上着を着ていないのですか!?っ…失礼しました!!」

この空気から…この場から一刻も早く逃げなければ奏真が変人として認識されてしまう。逃げたところで、もう変人として認識されているかも知れないが、これからお世話になる部隊なのだからちゃんとした格好で会うべきだ。

―変人の仲間として認識されるのだけはどうしても避けたい!!

彩葉は、奏真の手を握り脱兎の如く食堂から飛び出す。そんな彩葉たちの様子を唖然とした表情で見つめる第一デネブ部隊。

二人はその視線に気づく事なく食堂を後にした。

「上着を着て下さいよ。羽黒大尉。」

彩葉の言葉に己の体を見て、そこで初めて気が付いたかのように「嗚呼…」と奏真は呟く。

「済まなかった。上着って、邪魔だからな。仕方がない」

と全く気にしていない様子で謝る。

そんな様子に、苛立ちを隠すことなく彩葉が聞くと奏真は笑う。

「どうやったら、上着を来ていない事を忘れるのですか!?」

「知らねぇ」

「知らない、ですって!?それ、職業病的な何かではありませんか!?」

「はぁ?職業病?んな訳ねぇだろ」

「どこをどうしたら、違うと言えるのですか!?陸軍の軍人は、トレーニングのときは上半身だけ脱ぐと有名ですよ!?」

「はぁ…有名なのか?」

彩葉は、奏真の前で本当に頭を抱えた。

「嗚呼…神様、この馬鹿に常識は通用するのですかっ!?」

両手を固く握り、彩葉は天を仰いで叫ぶ。

―こいつ、面白いな

奏真はそんな事を考えながら、込み上げてくる笑いをこらえていた。

「…この状態の羽黒大尉と一緒に居ると余計な誤解が起きますよね…今夜はアルタイル班全員、部屋で晩ご飯を食べましょう。」

「そうだな。楽だし。」

ここで会話が終わった。

奏真的には、別に気まずくもなかったのだが、沈黙に耐えられなくなった彩葉が口を開いた。

「あ、あの!沙羅宇治(さらうじ)のうわさを知っていますか?」

奏真は何も言わずに首を横に降り、欠伸をかみ殺す。

「沙羅宇治の貴族の文車 蓮歌(ふぐるま れんか)と云う貴族の話なのですが。」

「嗚呼…あれか。国内紛争の原因になったとか云う女の話だろ?」

奏真のその言葉に少しだけがっかりした様子を見せた彩葉は何故か一点を見つめて悟りを開いたような顔をしていた。

「…そうです。やはり、戦いが起きる程の絶世の美女なのでしょうか?もしそうならば、会ってみたいなぁと思ったりするのですが、羽黒大尉はどうお思いですか?」

奏真は少し考えてから、気づかぬうちに特大級の爆弾を投下していた。

「俺的には、お前の方が絶世の美女と云う言葉が似合う顔立ちをしていると思うが?後、そいつの写真を見たことがあるがな、大した顔では無かった。」

突然、彩葉がその場に立ち止まり顔を手で覆っていた。長い髪からのぞく耳が赤くなっていたため何故、顔を赤くして立ち止まったのかと納得する。

それから、どうして彩葉が赤面しているのかと考えてから奏真も真っ赤に染まる。

「あ…あの…?」

「あの…これは…その…あれだ…あ、嫌、その、お、俺は決してそういう意味で言ったのではない!!お、お前をそういう風に見ている訳ではない!!」

誤解を解こうと、必死になって弁解しようとして自分でも何を言っているのかよく分からなかった。

「な、なんか…あ、ありがとうございます」

「は?」

「な、何でもないです」

奏真の爆弾の威力は凄まじく、二人共顔を赤く染めて無言で廊下を歩くという若い恋人どうしの様な状態になってしまった。

しかし、未成年にも見える少女にとある国の王族の色である赤銅色の髪の青年という組み合わせは、良くも悪くも注目されやすかった。

「み、水城…前から気になって居たのだが、そのピアスは何だ?」

そう言われて手で耳を触ると、そこには海軍の戦闘職種である彼女には不釣り合いな五十鈴帝国陸軍の軍服のボタンをピアスに加工したものがついていた。(加工されてピアスとなった軍服のボタンには、五十鈴帝国の帝室を現す竜胆(りんどう)の花が描かれていた。)

「かつての友がくれたものです。」

「何故、ボタンをピアスに?しかも、仲の悪い陸軍の」

どうしてそんな事を聞くのだろうか、というような表情で彩葉は首をかしげる。

「随分と昔に、一緒にいた軍人の方が誕生日のお祝いにくれたのですよ。当時の戦区には、町…いや、村さえもないところでしたのでこれ(ピアス)を作ってくれたのです」

―なるほど。そういうことか。

過去を切り捨てた自分とは違い、過去を背負って彩葉は生きているのか。

「辛くは、ないのか?」

彩葉は、笑いながら答える。

「辛いと思うこともあります。けれど、過去を捨てて生きていくことは私にはできませんから」

彩葉とは違う、決定的な何かをその一言から感じ取った奏真は哀愁に満ちた表情をして微笑み、小さく呟いた。

「俺は、過去を捨てないと生きていけねぇわ」

よく分からない展開になりつつも、二人は部屋に戻った。

ドアが開き、新聞を読んでいた咲夜は顔を上げる。

「奏真、水城大尉おかえり。どうしたのかな?」

「嫌、別に…」

「食堂で夜ご飯を食べようとしたら、上半身裸の変人が現れまして、仕方がないので部屋で食事にしようということになったのです」

彩葉のさす上半身裸の変人が今ここにいる事に対して、一つ気づいたことを言う。

「奏真が服を着ない限り、どこでも同じだよね?」

彩葉は、盲点だったというように大きな目が飛び出るのではないかというほどに見開く。

―水城大尉って、馬鹿なのかな…

咲夜は目で奏真に「服を着ろ」と指示を出すと、部屋を出る。

「白瀬大尉?」

「食事を持ってくるから」

「それなら、私も行きますよ」

彩葉はそう言うと、咲夜の後ろをひょこひょことついて来る。

その様子に、不安を覚えながら彼女に言ってみる。

「君は…もう少し、危機感を覚えた方がいいと思うんだ。」

「危機感…ですか?」

「うん。この組織は、何というか…男所帯だろう?だから、君のような子が、あまり基地内をうろうろするのは…危ないよ」

「ご、ご迷惑でしたか?それなら、今すぐに部屋に戻りますが…」

目に見えてしょんぼりとする彩葉に、迷惑ではないことを何とか伝える事数分を要して成功する。

個々がそれぞれの思いを抱えたまま、今日も何げない日々を過ごして日常が過ぎ去っていく。

こうして天夢(てんむ)第一七(いな)基地の一日目が終わった。

「リューベチ!!」

仲間が、閃光に呑み込まれて消えていく。

「チャーイカ、リューベチは、もう…」

分かっている。けれども、大人になりきれていないこの心では何所かで生きているのではという甘い考えを捨てきれずにいる。

彼は、笑いながら閃光の向こう側から出てくると心のどこかで思っている。

「死んだ…」

「違う、まだ生きている…生きているよ」

リーサの言葉はきっと嘘だ。例え事実だとしても、信じない。

息苦しいこの世界で、生きた証すら残せずに死ぬなんてそんな訳があるはずない。

誰よりも真面目で、誰よりも思いやりに溢れ、努力家で、人間の模範のような人だった彼が。

「どうして、リューベチだけが死ななければいけないのですか!?私たちも、同じ命令を受けて共に闘ってきた戦友なのに、同じ境遇だったはずなのに、どうして、どうして彼だけが…」

言っているうちに、両目から何かが零れ落ちる。

それは、暖かくて透明で、まだ戦場を知らなかった頃の感情に似た涙だった。

「死んだのは、あいつだけじゃない。ここ(戦場)で、敵を討って僕らが死ねば祖国は守られる。それを覚悟して、この地(戦場)に来たはずですよ…祖国に残してきた家族の為に、僕らは戦場で朽ち果てる命運なんだよ」

悲しげに、写真の入ったポケットをクシャリと、握りしめるリーサの目から同じような涙が零れ落ちた。


「リーサ!!…っ」

目覚めの悪い夢で今日も、新しい一日が始まった。鬱陶しい程の雲一つない晴天の空。

いつになっても捨てる事の出来ない過去への感情は、日に日に増しているように感じられる。

「感情を殺して生きていく方が遥かに楽だったのに、あの人達のおかげで狂ってしまったな」

独り言をぽつりと零しながら、戦闘服のジッパーを一番上まで閉めて、首元を隠すようにボタンを留める。

「…どこが、狂ったのですか?」

「ふおっ!?」

突然背後から声が聞こえ、思わず間抜けな声を出す彩葉。

振り返ると、一番上のカーテンから顔をのぞかせた咲夜がいた。

「見かけによらず、随分と立派な…」

「み、見ていたのですか!?お、乙女の着替えをっ!?」

「見ていたかと問われれば、はいと答える。見ていなかったかと問われれば、はいと答える。」

「爽やかな笑顔で、迷言を言われても事実は変わりません」

初弾の入った拳銃リューベチが彩葉の手の中で、不気味に光る。

「すまなかった…今すぐ、部屋を出るからその手を動かさないでくれ」

手を耳の横に上げて、咲夜はゴキブリも驚きのスピードで部屋を出ていった。

「はぁ…」

彩葉はため息を一つ着くと、黒色に染めたが色がまだらになり本来の色が見えてしまう腰まである長い髪を梳かす。長い髪を梳かすのは大変で、一人でやると物凄く時間がかかる。

軍人らしくない長い髪の毛を、いっその事切ってしまえば楽なのだが、父親からの指示で切れない。

「もう一度、黒く染め直さなければ…赤色が出てきている…」

本当は染めたくない。

だが、この国の国民と軍人は髪の毛の色が多色であることを嫌う癖がある為、染めなければいけない。

嫌、正確には混血である事を嫌う。(皇族に混血がいる事は許すのに、国民の中に混血がいる事は許さないという単色主義者が五十鈴帝国内に数多く存在している。)

彩葉の様な混血の人間は綺麗な色(単色)が生まれにくい。

だから、目立たないように単色に染め直す必要があるのだ。

そんな長すぎる髪を結ぼうと髪ゴムを手に取るのだが、ゴムを髪に通すとパチンと音を立てて千切れてしまった。

替えのゴムをちょうど切らしてしまっていたらしく、箱の中に入っていなかった。仕方が無いので彩葉は、そのまま食堂へ向かう事にした。

ドアを開き、ポケットから母がくれたと言われたシベーベリアと五十鈴では絶対に存在しない土星の刻印が刻まれた大きなモルダバイトが一つ入った孔雀石(マラカイト)のブレスレットを手首につける。

ブレスレットの元の持ち主が誰なのかを調べていると、ギューリシアと呼ばれる民族特有のお守りらしいという事だけは分かった。

だが、残念なことにギューリシア族は一人を除いて絶滅しており、詳しいことは分からない。(その生き残りの一人も、彩葉がこの世界に生を受けた十六年前に姿を消している。)

どういう物なのかよく分からないものの、お守りという事は確かのようだから起きたら必ずつけるようにしている。

一応、ドアに鍵を掛けて廊下を歩く。

「あらぁ、彩葉ちゃんじゃない。今日は髪を結んでいないのね?」

廊下を歩いていると、神田 咲楽が話しかけてきた。

丁度、咲楽も食堂へ向かう所だったらしく「一緒に食堂へ行かない?」と言われたので一緒に行く事にした。

「ええ。髪ゴムが切れてしまい、髪を結ぶ事ができないので…」

「あらぁ、替えのゴムを持って居ないの?」

相変わらず、おっとりしているのか、ぶりっこなのかよく分からないその喋り方に僅かに頷く。

すると、咲楽は苦笑いをして言う。

「BXで買ってきたらどう?」

―BX…咲楽さんは空軍上りか

各軍によって呼び方の違う購買で彼女がどこの軍であるかを彩葉はすぐに見抜いた。(BXとは売店の事を指す。ちなみに、陸軍ではそのまま売店と呼ばれ、海軍では酒保(しゅほ)と呼ばれる。)

「そうですね。朝食を済ませたら買って来ます。」

「それがいいわよ。」

などと話している内に食堂に着いた。

食堂はガヤガヤとうるさく、部屋で朝食を取りたいと思った程であった。

―随分とうるさく…嫌、賑やかに食事をしている。…この雰囲気苦手だな。

空いている席が無いかを(背が低いので)背伸びして確認すると、相席をしなければいけない程人が多かった。

隣を見ると、いつの間にか咲楽さんはデネブ部隊のいる席へ行ってしまったらしく、隣には誰もいなかった。

―せめて、知っている人が何処かにいないかな?

もう一度背伸びして席を探す。

その時、朝から栄えある五十鈴帝国軍人らしからぬ酒の匂いをさせた陸軍士官がぶつかってきた。

無駄に体格の良いその軍人にぶつかった衝撃で床に尻もちをついてしまう。

「おい、どこ見ている!?」

男は彩葉を見下ろし、人の目も構わずに大声で叫ぶ。

「きたねぇ混色が!!!」

その言葉を聞いた時、頭が真っ白になり腰のホルダーからリューベチ(白鳥)(旧五十鈴帝国陸軍式 拳銃)を取り出していた。

「…Смерть(死ね)」

口からこぼれ出た言葉は、母の祖国の言語で恐らくは、この場にいる誰もが意味が分かるまい。

何のためらいも無く、男の心臓部分に銃口を向けて彩葉は薄く、嗤う。

引き金を引いた時、男と彩葉の間に割り込む青藍色。

ダンッと肉体に弾丸がめり込む音がした。

血飛沫が舞う。

でも、その血飛沫は暴言を吐いた男のものでは無く、誰かの 罪のない誰かの血。

―何故、割り込んだ?

「銃をしまえ。落ち着け。」

男のような口調でありながらも、少女特有の高い声。

―この声は…

「…ルカ・スマイラ…何故、邪魔をするのです?」

問いかける彩葉の眼は、コードネームの通りの鯱(シャチ)が獲物を狙う時の眼。

例え、コードネームを知らなくても恐れを抱くような、獰猛な炎をその瞳に宿していた。

「基地内での銃の発砲は禁止だ。それに、殺す事も禁じられていただろう?いくら前線にいたからと言っても、これぐらいは常識で知っているはずだ。」

両者が殺気を放つその姿は普段の様子とは全く違い、食堂に居た者たちも静かにこちらの様子を窺っていた。

―邪魔をしないで貰いたいのに。

冷めた感情を、冷酷な笑顔の中に閉じ込めて笑う。

「…所詮、単色。混色などの気持ちは分からないだろうな」

ルカは、彩葉の一言に動じる様子もなく落ち着いていう。

「取り敢えず、食堂を出ようか。」

その言葉を聞いた彩葉は黙って食堂を飛び出す。そんな後ろ姿を急いでルカが追いかけて来る。追尾を振り切ろうと、様々な角を曲がったのだが無駄だった。

食堂から少し離れた所で彩葉は立ち止まる。

「…貴方も単色主義者ですか?」

振り返りもせずに聞いてみる。

太陽の光に照らされて赤い髪がきらきらと輝いていた。

「嫌、俺は単色主義者では無い。昔、多色…赤と黒の混色の兵士に助けて貰った事があって、それからは差別をしていない。」

彼女は気遣っているつもりなのか過去の事を話す。

彩葉は殺気を消し去り、代わりに暗い表情で笑う。

「…そうですか。その女兵士の方も苦労されているでしょうね。……単色は良いですよね…差別されませんから。」

「差別はされないが、色によって優秀だとか劣等だとか言う奴が多い。だから、いっその事混色の方が楽なのかもしれないな。…待て、今女兵士と言ったか?俺は、女とは言っていないのに何故分かった!?」

目を見開くルカ。

彩葉はその顔を見て嗤う。

あの時の事を覚えていたのか…と。

思い出したくない事を思い出した。意気消沈していた時に出会った、不時着した敵兵に捕まり泣き叫んでいた少女。その少女を救うために、無表情で、無感情で敵を撃ち殺したことを。

「それが私だからですよ。貴女は多色の方がいいと言いますが、不満の捌け口にされても…ですか?何も分かっていないのに知ったげに言わないで下さいよ!!優秀だとか劣等だとかで済む問題ならどれ程楽だった事か!!所詮、貴女は前線部隊のほとんどがっ……」

言い掛けた言葉を飲み込む様に黙り込む。

何か言ってはいけない事を言ってしまったのか?という目でルカは彩葉を見つめる。

その綺麗な瞳を見て、唇をきつく噛みしめる。

―こいつは、激戦地の凄惨さを何も知らない。内地の状況しか知らない。

唇が切れて血の味が口いっぱいに広がる。

かつて、共に戦った仲間の居たあの島が、馬鹿みたいに人がバタバタ死んでいくあの戦場が、ここからはひどく遠い世界の話であることを理解した。

同時に、虚しいような悲しいような感情が胸に込み上げてくる。

―この基地に、この内地(本土)に本当の戦場を知る者はいない

「思い出したくない事を思い出させてしまったのなら、済まなかった。」

ルカは悲しげな顔で言う。

曇り一つない、この国のすることは全て正しいと思い込んでいる幼い頃の自分を見ているかのようだった。

―悲しげな顔で私を見るな。

「暁に燃える故郷に別れを告げて 桜の花弁に誘われて歩みだす されど届かぬあの桜は…あの桜に対する思いは 憧れだと何度も何度も言い聞かせたけれど これは恋なのだと思い知る ただ憧れていただけなのに いつしかこの思いを伝えようと考える 季節外れの鼻歌と桜吹雪は秋の紅葉を桃色に染める……」

朝食を食べた後唐突に歌を歌いたくなり、外へ出ると突然雨が降り出した。

先程までは、とても奇麗な晴天だったのに。

そんな雨の中、傘を差さずに歌っていると、ぴちゃぴちゃと誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。

その音は、歌っていた奏真の前で止まる。

「秋櫻子(しゅうおうし)だね?懐かしいな…誰かを思っているのかい?羽黒大尉」

その声の主は、第一デネブ部隊の隊長である山形 亮介だった。

「分かりません。ですが、ある女性の事を考えて歌っていました。」

砂漠迷彩の陸軍の軍服を濡らし、帽子から滴る水滴が、雨が強くなった事を物語る。

周りの音が遮られそうなほど強く。

「でも、恋愛感情ではないのです」

「そうなのかい?まあ、どちらでもいいさ。さあ、兵舎に戻ろう?」

山形隊長はもう一つの傘を差し出す。奏真は差し出された傘を、受け取るか迷ってから手に取る。

傘から、人の温もりを感じて考える。

―彩葉の事を……どう思っている?

無言で進む山形隊長の後ろを黙ってついて行く。

雨は、外に放置されている錆びついた軍用車の荷台に雨粒を貯めながら更に強く降る。

服が水を吸いずっしりと重たい。己の心のように。

―何も、感じないようにしなければならないのに、何故いつも五十鈴の人は…

風が吹き、濡れて顔に張り付いた髪から雫が零れ落ちる。

そのこぼれ落ちた雫は、まるで奏真の涙のようだった。否、もしかしたら本当に涙だったのかもしれない。

突然降り出した雨を三人部屋の窓から眺める。

雨が珍しい訳ではなく、ただ家族はどうしているのだろうかと面会に来た関係のない奴の家族が走り去っていくのを意味もなく見ていた。

頬づえをついた咲夜の傍らには、随分と年季の入ったラジオがたまにノイズを吐きながら、いつも通りの虚偽のニュースを伝えていた。

「五十鈴帝国軍は本日も損害は軽微であり、ヴェ・ルミナス連邦の首都を空爆することに成…」

―国民は本物の事を知らない。

事実であろうが、嘘であろうが関係はないが、そろそろ五十鈴帝国の軍人の士気も下がってきている。

相次ぐ作戦の失敗、激戦地の陥落、味方だった者の裏切り…五十鈴帝国建国以来ずっと政治の上にあぐらをかいてきた軍部に対する革命もそろそろ起きる頃だろう。

「野良犬(下士官以下)と言われて罵られた者達が、革命を起こすのも時間の問題だな」

ぽつりと、どこかの身分の高い人間のような雰囲気をまとい咲夜が呟くと、ガチャリとドアが開かれる。

入ってきたのは、ずぶ濡れとなった奏真だった。

奏真が部屋に入ってくるなり、先程のような雰囲気から一転、いつもの優しげな咲夜に戻る。

「ゲリラ豪雨にやられたのか?」

「まあ、そうなるな。」

咲夜は、奏真へタオルを投げ渡しながらラジオの電源を切る。

また、ガチャリとドアが開かれた。

入ってきたのは、暗い表情をした彩葉だった。

「随分と憂鬱そうな顔だね?」

「そうですか…?」

咲夜は部屋に設置されている小型の冷蔵庫から、チョコレートを出して彩葉へ渡す。

「ありがとうございます…」

魂だけがどこかへ行ってしまったかのような感情のこもらない声で彩葉は礼を言うと、チョコレートを割らずにそのまま口の中に突っ込む。

子供だな と思いながら咲夜は先程、情報端末に送られてきた情報を読み上げる。

「六月二日に、アルタイル班のみ演習を行う。時間は五分後の八時〇〇分…だって」

「演習…残り時間は、三分ですね…」

「さ、三分だと?」

奏真は濡れた軍服から着替えるために、トランクから野戦服を出す。

「先に行くね。くれぐれも遅れないように」

咲夜は、呟くように言うと部屋を出ていった。

演習のことを考えていたため頭が上手くまわらず、頭がぼうっとしていて奏真に退出して貰うのを彩葉は忘れて着替えていた。

「なっ!?み、水城!?!?」

奏真の言葉にも気が付かずに、ただ軍服から野戦服に着替えていた。(まあ、着替えるといっても詰襟の下のカッターシャツとスカートの下の丈の短いズボンを履いたまま上から野戦服を着るだけなので、別に大丈夫だと彩葉は思っていた)着替え終わると奏真は彩葉に説教を始めた。

「年頃の娘が、男の前で着替えるな!!俺は、お前の事を思って…」

後半部分から聞くことをあきらめて、憂鬱な気分のまま考えを巡らす。

―何故、そんな事で怒られなければならないのだろうか?だったら、自分が部屋から出ればいいのに。それに、まるであの人の様に怒る。

そう思うと怒りがふつふつと沸きあがる。

奏真の軍服の襟を背伸びして掴む。(羽黒と頭一つ分違うので、背伸びをしなければ軍服の襟を掴むのが難しい。)

「そう言うのならば、貴方が部屋を出れば良かったでしょう!?」

彩葉は、奏真を睨みつけながら怒鳴りつける。

背伸びして不安定な体勢で怒る彩葉を落ち着かせようと、奏真は一生懸命に説得し始める。

「そうだな…そうすれば良かった。兎に角、その体勢は危ないから元に戻った方が…」

奏真がそこまで言いかけた時、彩葉は足を挫いた。

その足は、前回の出撃の時に挫いてしまっていた足で、治療をしていなかった為に癖となってしまっていたのだ。

急に揺れる視界に思わず、彩葉は目を瞑る。

「危ない!!」

バランスを崩し、奏真に抱き抱えられる形で床に倒れこむ。おそるおそる彩葉が目を開くと、近くに奏真の顔があった。

どれ程近くかというと、唇と唇が触れ合いそうな程に近かった。

否、触れていた。

「「…!?」」

その状態にまま、十数秒程両者とも固まったままだった。

そして、我に返り急いで離れる。

「す、すみましぇん!!」

パニックになり過ぎて舌を噛んでしまった。

奏真は、受け止めた状態のまま硬直している。(正確には、目を見開いたまま気を失っている)

―更に気まずくなってしまった…

「あのっ、羽黒大尉!?大丈夫ですか?って…大丈夫な訳無いですよね…」

それから、幾分か経ってから奏真は意識を取り戻した。

「今、何も起き無かった…よな?」

「…はい!!何も起きていません!!」

「お待たせしました。」

集合場所へつくと、彩葉と奏真以外の全員(咲夜と研究員たち)が揃っていた。

談話室は冷房が効いており、奏真にとっては寒くはないのだが彩葉は寒いらしく微かに震えている。

「この格納庫は、何故こんなにも寒い?」

そうは言ったものの、奏真と彩葉の顔は赤いため寒そうには見えない。

「顔が赤くて、寒気がするということは二人共風邪かな?」

心配そうに訊く咲夜に激しく首を振る。

「俺は、風邪をひかねぇ」

「馬鹿ですものね」

どこか距離を感じる彩葉の物言いが気になりながらも、通常運転に戻っていることが分かり安心する。

「ゴホン…そこの三人、そろそろ演習を初めてもいいかね?」

研究員の声に我に帰る。三人は神妙にうなずくとそれぞれのコックピットへ向かった。

必要以上にたくさんある捜査レバーを鬱陶しそうに一瞥していると、モニターにメッセージが表示された事を表す電子音がなった。

『主回線は、最初の試験のために水城大尉に回してある。』

奏真は何も言わずに、コックピットの椅子を倒す。

「奏真、さぼるなよ」

スピーカーから聞こえてくる咲夜の声。それは、今は亡き義父によく言われていた言葉で無意識のうちに呟く。

「んな事は、言われなくとも」

「なんだって?」

「いや、何も」

相手に顔が見られるシステムまでは搭載されていないことに、これほど感謝したことはない。

多分、己の顔はとても険しいものとなっている。

感情を押し込めるかのように、笑顔を作りスピーカーに語りかけた。

「新型戦闘機〈アルタイル〉の性能を楽しませてもらうかな」

「白瀬大尉にご報告があります。現在〈大和〉はプログラムに異常が発生したため、復元作業を開始しなければなりません。そのため、コックピットから降りて頂きます。」

どこにも、異常はないように見えるのだが戦闘職種である咲夜には管制などという詳しいことは分からない。

「了解」

主電源を切り、外へ向かう。

どうやら、〈明石〉にも異常があったようで奏真も外にいた。

「水城大尉は?」

咲夜が聞くと、〈明石〉を見つめたまま目を見開いた奏真が一点を指した。

その一点に目を向けると、そこには味方のベガが〈明石〉のコックピットが内蔵されている部位にナイフを深々と突き刺していた。

「今すぐにあの機体を撃破しなければ!!」

動揺した咲夜は自機へ向かおうと歩を進めた時、敵からの襲撃を知らせる警報が鳴った。

「どうして、このタイミングで!?」

叫んでみても、何もならない。

「お二人とも、デネブでの出撃を願います」

どんな状況でも常に冷静さを失わない研究員に命令され、後ろ髪を引かれる思いの中デネブの格納庫へ向かった。

かつての愛機には、自分が命名した機体名がはっきりと書かれていて改名されなかったのだと初めて知った。

「こちら〈扶桑(ふそう)〉、出ます」

「こちらCLUP(クルップ)了解」

いつもと何も変わらないやり取りの中、地上へ出る。

デネブの翼につけられたジェットエンジンを起動させ、離陸。

そこで気が付く。

―敵が、どこにもいない…

「こちら〈扶桑〉。敵を発見できません」

「こちらCLUP。敵は、海上だ」

海上へ目を向けると、確かに目視でも確認できた。

「了解」

短く答えると、操縦レバーを思いっきり引き下げ、急降下した。

「……くっ…何故、ナイフがっ…」

〈アルタイル〉の胸部装甲を突き破り、コックピット内まで侵入してきたナイフの切っ先が彩葉本人の胸部にも及び、もう一本は機体の太ももに刺さっていた。

「まだ…死にたくない…生きたい…」

息苦しさを感じ、口から血の塊を吐き出した。

―肺までいったかもしれないな…

震える手で何とか、スピーカーのボタンを押す。

「こちら…〈明石〉、きゅ…う援を…頼み…ます」

彩葉は朧げな意識の中アルタイル操縦し、メインモニターに映るベガの首を掴む。

敵襲を知らせる警報が鳴っていたため、救援要請をしたが、到着するのはしばらく後だろう。

ゆらゆらと危険な足取りで、ベガを引きずりながらエレベーターへ向かう。

ベガは、必死に抵抗をするのだが大きなアルタイルには勝てない。ただ、引きずられていくだけだ。

何度も飛びそうになる意識をメインモニターへ集中させながら、ほとんど体に刻みこまれた軍規への忠誠心に似た何かだけで動いていた。

「こちらCLUP。水城大尉、動くな。動けば、傷口が…」

「敵を…殲滅…しなければ…裏切り者を…始末…しなければ…交信…終了」

スピーカーの電源を切り、ふと己の胸を見る。

ナイフが刺さってから三分は経っているか。それでも、血は止まらずに流れ続ける。

自らに突き刺さった太もものナイフを抜き取り、そのナイフでベガの首を斬り落とす。

ベガは、首を落とされてもなお胴体が動き続けていた。

そんな憐れなベガを無機質な表情で見つめながら、ほう…っと息を吐く。

エレベーターが止まると、ベガの首を遠くへと蹴とばし胴体を掴んで海中へと飛び込む。

切り落とされた首には、様々なコードや銅線がむき出しになっており、そこから海水が流れ込んでいくのが目視でも確認できた。

しかし、それは損傷を受けた〈明石〉も例外ではなく、ナイフを抜いた箇所から、海水が入っていく。

機体内に侵入してきた海水は、コックピット内にも徐々に溜まり、彩葉の血で赤く染まる。

「っ!?」

突然目の前が真っ白に変わり、何も見えなくなった。

大量失血で起きた症状か、ベガがショートした時に起きた電流かは、今の彩葉には分からなかった。

ただ、仲間が死んだときに見た閃光と似ているという事だけははっきりと理解していた。

―嗚呼…死ぬのかな…

そんな事を考えていた時、切ったはずのスピーカーから怒鳴り声が聞こえてきた。

「死にたいのか馬鹿野郎!!!!」

その声に深く遠い場所に飛んでいた彩葉の意識は現実に引き戻され、カッと目を見開き、脱出用のレバーを引っぱった。

だが胸に刺さったナイフでコックピットが射出できず、動いた振動でナイフがさらに深く突き刺さる。

―詰んだ…

生還することを完全に諦め、レバーを引く手を下す。

生命活動を停止した時に鳴る医療機器に似た音が様々な計器から聞こえる。

浮力で浮き上がることができれば生きる事ができ、浮き上がることができなければ死ぬ。ただ、単純なことだけれど考えるのをやめた。

今は、そんな思考をするのも渋るほどに時間が惜しかった。

どれだけ撃墜しても、子蠅のように敵はたくさん増殖し続けている。

機銃もとっくに弾切れとなって、鈍器として扱う始末だ。

「邪魔なんだよッ!!」

普段の咲夜からは感じられない程の狂気を滲ませて目の前の敵に機銃を降り下ろし、横から来た敵に対して先程降り下ろした機銃を横に振る。

やがて、機銃は原型をとどめない程になったためそのまま当的する。

―後は、格闘戦にするか…?

考えていてもどうにもならない。

考えるよりも先に肉体を動かさねば、敵に狩られる。

それは、戦場だけではない。政界でも同じことだ。

どちらも生き抜かなければいけない咲夜にとっては、常に引くに引けない大勝負である。

敵機を掴んでは地面へ叩きつけながら、徐々に降下して地面との距離を詰める。

不意に生暖かいものが流れる感覚が背中にあった。

モニターが警告音をけたたましく鳴らし、機体が操縦不能に陥る。

「っ…翼をやられたな」

一旦翼を破壊されれば空軍式の戦闘機は、昔の戦闘飛行機と同じで炎に包まれ、錐もみしながら落下してしまう。

かつての愛機に別れを心の中で告げると、脱出用のレバーを勢いよく引く。

体を半分に引き千切られるような痛みの後に、迫り来る脱力感と恐怖。何かが足りなくなった時に起こる亡失感。

咲夜は荒くなった息を調えるように深く、深呼吸を一つするとコックピットに体を預ける。

「こちら〈扶桑〉機体を亡失。しかし、脱出には成功」

片手で両目を覆いながら、スピーカーに呼びかける。

「ふざけるな!!咲夜、てめぇが水城を助けに行けよな!!」

奏真のその言葉に疲れを一瞬忘れさせられた。

「しかし、機体は…」

「黙れ。今すぐコックピットぶち抜くぞ」

「交信終了」

目を覆っていない方の手で、スピーカーの電源を無造作に切る。

咲夜は、ため息を一つついて目から手を離して呟く。

「機体も無いのに、どうしろと言うんだ…」

コックピット内を覆う静寂に、未だに映るメインモニターの映像が嘘のように感じられる。

迫りくる地面の一部に花が咲いているのが確認できた。

確か、その花は…

「竜胆」

誠実さを表す花ではあるが、この時代の軍部や帝室に対してはただの皮肉でしかない。

かつて、高貴で気高い国と呼ばれ、今では腐敗仕切った我が祖国。

いつか、己が支配する事になる救いようのない軍事大国。

いまも、国民に無駄な血を流させ、身分差別を行う国。

「こんな、くそったれた国…滅んでしまえばいい」

「敵は海上だっていうのに、なんで陸から攻撃するんだよ!?」

狙撃銃のスコープを覗き込みながら、奏真は悪態をつく。

「こちら〈扶桑〉機体を亡失。しかし、脱出には成功」

スピーカーから聞こえてきた咲夜の言葉に、また悪態をつく。

「ふざけるな!!咲夜、てめぇが水城を助けに行けよな!!」

「しかし、機体は…」

「黙れ。今すぐコックピットぶち抜くぞ」

「交信終了」

「あ、クソ。あいつ切りやがったな」

暴言と文句を吐き散らしながら、敵を鉄屑に変える一種の単純作業を行う。

そこで、ふと疑問が湧く。

「ってか、俺はこの国の為に戦う意味ねぇじゃん?なのに、どうして俺は…」

「羽黒大尉、後で作戦室に来るように。」

「げっ!?聞こえていたって感じ?しかも、今のって、鷹野のおっさんじゃん。やっべ」

奏真の言葉を聞いた声の主は呆れたように聞く。

「羽黒大尉、君の言葉の悪さはどうにかならないのかね?」

「知らねぇ」

元は、高い身分の出らしいが長い従軍生活の中で丁寧な言葉遣いも、人を思いやる良心的な心も忘れてしまった。言葉遣いを咎める家族もいなければ仲間もいない。

あるのは、不確かではあるものの実母の遺品から出てきた己の血統書。

それだけしか、己の存在した証がない。

鷹野は、まだ何か言いたげだったが言うのをためらっているらしく沈黙が続く。

いつも、静かになると思い出す忌々しい過去の記憶に顔をしかめながらトリガーを引く。

やがて、何かを言うことを諦めたのか鷹野は一息置いてから言う。

「…まあ、兎に角敵の殲滅を引き続き頼むよ?」

「りょーかい」

不真面目に答えながら、奏真はただひたすらに鉄屑を量産し続けた。

己の心にもない、それが本当に無くなれば己の生きがいはなくなってしまうような言葉を口に出して、自嘲する。

「戦争なんて、消えちまえばいいのに」

『チャーイカ、見てください。狐(リーサ)のポーズですよ』

そう言って、ラカイユは腰を曲げてカマキリのようなポーズをとる。

それに対抗するかのように、朝川(あさがわ) 勇馬(ゆうま)は片足で立ち両手を翼の様に広げてどや顔をして言う。

『白鳥(リューベチ)のポーズで対抗だ!』

この人たちは、何をしているのだろう。

『さあ、チャーイカも鴎のポーズを』

そんな事、できる訳…


「…ない」

目を覚ますと、すぐにここは彼らと過ごした兵舎ではない事に気が付く。

必要最低限の機能を詰め込んだ簡素な寝台は、前線とは違い衛生的で汚れ一つない。

まだ体の痛みがある為、仰向けの姿勢のまま視線だけを動かして、ここがどこであるのかをもう一度確認する。

点滴から伸びた細い管は、彩葉の腕へとつながっていた。

やはり、ここは

「医務室か、病院…」

枕元に設置された機械が規則正しくピッピッと電子音を鳴らしている。

しばらくの間、その様子を眺めていたが何の変化もしない機械にすぐ飽きてしまった。

「退屈…だなぁ」

「僕で良ければ、お相手になりますよ?」

突然現れた顔に驚き、一瞬息が止まったかと思った。

「いつから、ここに?」

咲夜は、嬉しそうに微笑みながら答える。

「水城大尉が、ここに運ばれたのは二日前ですから僕が来たのも二日前ですかね?先程まで寝ていたのですが、声が聞こえたので飛び起きました」

「は…はぁ…」

喜ぶべきか、引くべきか分からないがとりあえず曖昧に微笑む。

彩葉の腕に繋がる、規則的な電子音を鳴らし続ける機械と点滴の管を咲夜は笑顔で突然引き抜く。

一瞬の軽い痛みの後に、激痛が走る。

「やはり、まだ痛みますか?」

苦痛に歪む彩葉の表情を見て、笑顔のままで問いかけてくる咲夜に一種の恐怖を覚える。

普通の人間とはどこか離れた存在ではあると認識していたが、こんなサイコ野郎だとは思いもしなかった。

内心の恐怖が悟られぬように意識しながら何とか言葉をつむぐ。

「…大丈夫、ですよ。すぐに、慣れますから」

「(痛みに)慣れますから」と言うと、咲夜の表情が険しくなる。

「痛みには慣れない方がいいですよ」

―この人は、何を考えているのだろう。全く理解ができない

明らかに、彩葉の状態を見ればまだ怪我は完治していないと分かるはずなのに、わざわざ確かめるために管を抜くなど、おおよそ常人では考えられない行動をとっていた。

「…羽黒大尉は、どうされていますか?」

一瞬、咲夜の瞳に鋭い嫉妬の光が灯ったように見えたのは気のせいだろうか?

「会いに行きますか?それとも、呼びます?」

軍に入隊した時に渡される情報端末が鳴り続けるのを無視して、〈景雲(けいうん)〉と名付けた自分専用の陸軍式アサルトライフルを丁寧に手入れしていく。

情報端末が二十五回目の音を鳴らした時、奏真はため息をついて呼び出しに答える。

「はぁ…はい、こちら羽黒 奏真陸軍大尉。」

『おいおい!!奏真!!何度鳴らしたら出る!?』

二十五回も情報端末を鳴らし続けるのは、咲夜だったかとあきれながら嘘をつく。

「あ?咲夜か。わりぃ寝ていました。」

『騙されないからな!?どうせ、景雲でも分解していたのだろう!?』

情報端末の向こう側なのに、今していることが分かるのかと関心をしながら手入れを続ける。

「……で、なに?」

『無視するなよ!?ゴホン…水城大尉が目を覚ました』

「ふぅん…で?」

咳払いをして深刻げに言った咲夜に対して、奏真はさほど興味もなさげに答えた。

『で…って、お前…凄く心配していたのに、なんだよ』

「心配してない」

心配していたつもりはないのだが、傍から見れば心配しているように見えたのだろう。(まあ、少しは心配したと認めよう。少しは)

『まあ、兎に角病室に来いよ』

「無理」

咲夜の言葉をバッサリと切り捨てると、奏真は情報端末の電源を落そうと手を伸ばす。それを察したのか、咲夜はぽつりと呟く。

『今日の昼は奢る…つもりでいた…けど』

呟きを逃さなかった奏真は、すぐに答えた。

「よし。今すぐに行く」

奏真は景雲を組み立て直すと、開けていた上着のファスナーを閉めて情報端末の電源を落とした。

―景雲は…一応持っていくか

部屋の鍵を閉めて、基地を飛び出した。

「っ…と、奏真は、今から来るようですよ」

先程から、どこかよそよそしい様子で彩葉は「はぁ…」とか「そうですか」と答えている。

咲夜は、どうしたものかと考えながら鞄から分厚い資料を取り出す。

鞄から取り出された資料に興味を示した彩葉を見て、子供のようだと咲夜は密かに思った。

「その資料は何ですか?」

「知りたい…ですか?」

「教えて貰えるなら、ですが」

「春宮(はるみや) 彩華(さいか)についての資料ですよ」

咲夜がそう言うや否や、顔を青ざめさせて彩葉は必死になって咲夜から資料を取ろうとする。

「そんなに慌ててどうされたのです?」

彩葉の攻撃をよけながら、咲夜は問う。

「それはっ、別にっ、大したっ、意味はなくっ!!」

言葉とは裏腹に、彩葉は物凄く慌てている。

「大した意味がないのならば、焦ることは無いと思いますが?」

咲夜の言葉に、ギクッというような効果音が鳴りそうな表情で彩葉は固まった。

とても、怪しい。何を隠しているのだろうか、という考えはさておき、基地からさほど遠くない位置にあるこの病院へ中々来ない奏真を咲夜は心配した。

「遅いですねぇ…」

独り言のように、ぽつりと呟く。

その瞬間、病室のドアが勢いよく「ガタン」と外れる音がして、スライドされた。

「昼飯を奢られに来たぞ!!」

―奢られに来た…って本気だったのか…

内心であきれながら咲夜は思わず笑った。

奏真が見舞いに着た後、目覚めたという事ですぐに退院することになった。

流石本土、というか…ほとんど激戦地区と変わらない事例に驚きつつ、基地に帰ると写真撮影を行うとのことだった。

何でも、味方の裏切りにより大事な戦力が失われるのは大きな痛手と同時に、宣伝材料として利用できなくなるのは困る為、保護の為に写真を使うのだとか。

効果があるとは到底思えず、逆効果であると感じたが上の命令では仕方がない。

久しぶりに目にする、新品同然の姿になってしまった愛機を見て複雑な気分になりつつ、指示通りアルタイルの前で待つ。

しばらく、持ってきた甘ったるい文庫本サイズの恋愛小説を読みながら待っていると白瀬が来た。

彩葉は(甘ったるい恋愛小説を呼んでいることがバレると)何となく気まずいので、軍帽を深く被り直し、文庫本を無造作にポケットに突っこむ。

「水城大尉、何を隠されたのですか?」

案の定直ぐにばれた。

「ほ、本…です」

彩葉がそう答えると、彼は少し間を開けて「相談しても良いかな?」と訊いてきたので、縦に頷く。

そうは言ったものの、咲夜は中々喋り出さず沈黙が続く。

しばらく経ってからやっと、咲夜は話はじめる。

「僕は…時々思う事があって…本当に奏真と一緒にいてもいいのかなぁって。」

不思議に思いながらも、一つ思ったことを口にする。

「どうして、そう思われるのですか?私は、一緒にいてもいいと思いますよ。まぁ部外者の私が言うべきでは無いかもしれませんが。」

その言葉を聞いた白瀬は山吹色の瞳を輝かせて私の顔を見る。

―まるで、飼い主と遊ぶ犬の様だ。

長い間、一緒に遊んでもらえず元気が無かった犬が、久しぶりに遊んでもらえた時の様に嬉しそうな顔をしている。

「何故、軍隊に志願したのですか?」

彩葉は、特に意味もなく咲夜に問う。

「…それは、将来の為ですね。空軍に入った理由は、適正検査の結果からです。」

―将来の為?

自分でも全く予想して無かった答えを出され、戸惑った。

もっと、現実的な…この国が思いやりと称して国民に植え付けようとする「家族の為。転じてお国の為」という答えかと思っていたのにまさか、「将来の為」だなんて考えもしなかった答えが帰ってきた。

しばらくの、考えていると咲夜の方から申し訳なさそうに話しかけられた。

「その…けなしている訳では無いのですが…水城大尉は何故、軍隊に?混色ならば普通に暮すのもやっとではないですか、……なのにどうして混色の差別が厳しい軍隊に入ったのですか…?」

よく考えてから答えようとして、考えてみるのだが「これだ」という答えが見つからない。

なので、事実を簡潔に言った。

「性格の悪い姉がおりまして、その姉から逃れる為…ですかね?海軍に入った理由は、軍隊の中でも一番混色にとって居やすいと噂されていたからです。実際は、最も厳しいですが。」

我ながら下手な説明だなぁと思う。

でも、理由はこれだけなのだ。

「変な理由ですよね…」

呟くと、何故か後ろから抱きしめられた。

そして、白瀬はそっと耳元で呟く。

「彩葉は、桜の香りがするのですね…変な理由ではないと思いますよ?」

―今まで私の事を苗字で呼んでいたのに、いきなりどうしたのだろう?

白瀬の息遣いが耳元をくすぐる。

「い、いきなりどうされましたか?」

声が裏返りながらも、何とか言葉をしぼりだす。

ドキドキと心臓の音が聞こえてしまいそうな程に胸が高鳴る。

まるで、先程まで読んでいた甘ったるい小説ではないか?

何かから守ろうとするように先程よりも強い力で咲夜に抱きしめられる。

「もしも僕が、『好きです』と貴女に伝えたらどうしますか?」

本当に、この人の考えが全く分からなかった。

軽い人かと思えば、サイコ野郎。サイコ野郎だと思えば、積極的(女慣れしたよう)な人。

白瀬 咲夜という人間は、一体どのような人物なのだろうか?

全くもって、予測不可能だ。

―何がしたいのだ?

その時、やる気のなさそうな声が聞こえてきた。

「ふわぁ…あーあ眠い。」

その声を聞いた白瀬は、直ぐに離れる。

丁度いいタイミングで来てくれた羽黒に感謝した。(これ以上の接触は、流血沙汰になるためだ)

「水城、お前はいつも身なりをきちんとしているよな。だから、お前が普段着ているジャージや迷彩の野戦服が正装に見える程だ。」

「そうですか?正装は今着ている黒の詰襟です。」

その様子を苦笑いしながら見ていた白瀬が喋る。

「二人とも仲が良すぎて少し妬けるね。」

―まさか、先程の言葉は本当の事!?

彩葉がプチパニックに陥っていると、整備員の声が聞こえてきた。

「アルタイル班のみなさーん写真撮りますよー」

その声に、今までの様子がすべて見られていたのかと思い、整備員の方を見ると、今来た様子だった。

彩葉は安堵のため息をついて、背筋を伸ばして胸を張る。

正装をした三人共、最初は改まった感じで写真撮影に望んでいたのだが、二枚目からは(主に白瀬が)ふざけて写真に映っていた。

その写真は、平和なひと時を写してくれたかけがえのないものだった。

しかし、そんな平和も直ぐに終わった。

緊急放送のサイレンが鳴ったからだ。



「総員に次ぐ、直ちにモニターの見える場所へ向かうように。」

モニターへ映し出されたのは、数名の名前が書かれた書類。

「この書類は、敵国の諜報員より押収したものである。諜報員によると、この書類に明記された兵士は階級に関係なく、スパイであると…」

その書類には、水城 彩葉の名前もしっかりと明記されていた。

しかし、全く身に覚えのない事だ。身分を隠しているとはいえ、第二皇女であるのに、敵国へ情報を売るなどありえない。

それに、よく見れば書類に書かれた名前はすべて混色系統の五十鈴帝国では珍しい名前ばかりだった。

この放送は、俗にいう『ведьма(魔女狩り)』のようなものだ。

「咲夜、今こそお前の無駄な権力を使う時だろ?」

奏真にそう言われた咲夜は力強く頷くと、彩葉の手を引いて走り出す。

咲夜が彩葉の手を引いて向かった先は、牢屋にも似たコンクリート造りの部屋。

その部屋は、かつて誰かが言っていた言葉を思い出させた。「特別な意味も無く、特別な感情にも結びつく必要のない場所には、灰色が最適だ。」

確かにその通りの部屋だった。

この部屋は、軍のトップ達でさえも知らない、いわば咲夜と奏真の秘密基地のようなものだ。

二人のうち、どちらかが裏切らない限り彩葉が見つかることはない。

「どうか、しばらくはここに居てもらえませんか?どうにかして、ここから…この基地から脱出する方法を見つけますから」

咲夜は不安げな顔をして彩葉に静かに告げた。

「分かり…ました」

「分かり…ました」

その部屋に案内されたという事は、しばらくは闘いに出撃する事ができなくなるという事だと瞬時に悟り、生きがいを取り上げられたかのような亡失感に襲われる。

そんな彩葉を見た咲夜は不意に、メモ紙に何かを書き始める。

書き終えたらしく、咲夜は顔を上げて、その紙を千切り彩葉の目の前に突き出す。

その紙を受け取り、書かれていた文字に目を通す。

〔いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑひもせず〕

という詩(うた)だった。

―懐かしい……いつか従兄が教えてくれた詩……

古い感傷に浸る余裕ができた事に驚きつつも、紙を食い入るように見つめる。

咲夜は更に書き続ける。

〔色はにほへど 散りぬるを 我が世たれそ 常ならむ 有為の奥山 今日越えて 浅き夢見し 酔ひもせず〕

〔色は美しく照り映えていても 花は散ってしまうものである 私たちこの世の誰が 永久に変わらないことがあろうか いろいろなことがある人生の深い山を 今日も越えていくのだが 浅い夢など見ることはしない 心を惑わされもしない〕

「…これを、御守り代わりに持っていてください。なるべく早く、迎えに来ますから」

その言葉にそっと頷く。

「これは、『いろはうた』という詩です。彩葉の名前の詩ですね…」

意味を知っているのに、咲夜が従兄にそっくりだったのでわざと言う。

「少し…難しい言葉が書いてあるのですね」

彩葉の言葉の意味を知らない咲夜は更に書く。

〔人生は無常であり、浅い夢を見ることも、心を惑わされることもない。〕

「…そう。」

紙に書かれた文字を噛みしめるように丁寧に再び心に刻みつける。

―戦争が、続く限り同じ事が繰り返される。否、単色は戦争が終ればスケープゴート(不満の捌け口)としてさらに酷く扱うだろう。今は、まだ、ましな方なのだ。

私が皇女に戻っ暁には、必ずや四民(軍人・平民・単色・混色)平等(無差別)の世界をつくらねばなるまい。と心にそっとしまった。

咲夜のおかげで冷静になれた事は間違いない。

「彩葉の名前には恐らくはこのような意味が込められているのでしょうね。」

咲夜は、そう言うと笑顔で部屋を出ていった。

暗い部屋に、優しい月の光が差し込んでいた。

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大戦アルクトゥルス-旧世紀の終焉- 北風 西野 @seiya-kitakaze

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