第2話
白地に縦二本の赤ストライプセーラー服の美少女、『真北千紗季(まきた ちさき)』。プリーツスカートの裾と黒く艶やかな長い髪をわずかに揺らしながら、電柱の陰に隠れて、漆黒の瞳を吊り上げ、さかんに目をしばたかせながら、頭をかいている。
「よ~し。今日こそ、アタシの幼なじみにして、夢の中では執事兼恋人の『三浦朋樹(みう
らともき)』に告白してやるから、感謝して、こうべを垂れて全力で地面に叩きつけて、血
みどろになるのよ!」
わりと暴力的な告白宣言をしながら、登校路を睥睨している千紗季。
「あれ?朋樹がカバンからタブレットを取り出して何かを見てるわ。きっと、盗撮したアタシの水着姿ね。朝イチで発情させてしまうのはアタシのボディが悩殺し過ぎるからね。罪なスタイルだわ、逮捕されそう。」
千紗季はすでに妄想モードに入っている。ちなみに千紗季のスリーサイズは、上から『72、55、80』であり、悩殺性としてはクビレの強度は相応であるが、上部はかなり脆弱で赤点である。
千紗季の前を歩いている学ランの中学三年生男子は短めで整った茶色の髪。真面目そうな細い目に、気弱そうな鼻、子供のような赤いほっぺを朝日に光らせている。
「よし、今日こそ、決めるわ。がぶり寄りで押し倒すんだからっ!」
横綱相撲を企図して、張り手の構えを見せている千紗季は朋樹との間合い約10メートルを一気に詰めて、朋樹に面と向かい合い、そして言葉をぶつけるために、大きく息を吸って、そのまま吐いた!
「ア~、アタシ、朋樹のことが、す、す、すき」
その瞬間、朋樹の手にしていたタブレットのマジドル水着画像が千紗季の目に入った。
「すき、スキあり!朝っぱらからいったい何見てるのよ。うわわわ~。バシッ!」
「いてっ!今朝もアタマごなしだよ。これで連続50日なんだけど!」
千紗季はカバンで朋樹の頭を殴ってそのまま学校へ疾走した。
「どうして朋樹はアタシのことを見てないのよ。これだけ思ってるのに~。」
「千紗季、ボクのこと、本気で嫌いなんだなあ。ホント悲しいよ。だからボクはマジドルに逃げ道を求めているのかなあ。」
学校に着いた千紗季はいちばん後ろの窓際席に座った。
千紗季に少し遅れて、朋樹は宝くじが当たりそうな真ん中最前列にカバンを置いた。カバンには無数のマジドル缶バッジがバイキンのように付着している。その瞬間、ギクッとなった朋樹。左後ろ斜め45度からの猛烈な殺意を感じていた。
「またも告白失敗、告白失敗、告白失敗~!」
ブツブツ呟いている千紗季。それは千紗季の敗北オーラ。
「もう中学三年生の2月なのに。このままじゃ、春を迎えることなんてできないわ。みんなは心が躍るのに、アタシだけマイナス思考が踊り狂ってるわ!」
声も気持ちも想い人に届かない千紗季。
「ちょっと千紗季。あとで話があるんだけど。」
隣の席から話しかけてきて赤いメガネのおかっぱ少女。鼻や口も小さめでかなり地味で、モテない女子の先頭を余裕で走りそうなタイプである。
地味女子は他の生徒に聞こえないようにこっそりと話しかけているのは千紗季の友達の『綾杉(あやすぎ)つかさ』である。
「わかったわ。でも慰めとかならいらないわよ。」
「そんなんじゃないよ。告白50連敗で記録更新したことはわかるけど。」
「キズあとに激辛子明太子を乗せるんじゃないわよ!」
「そんな食べ物にバチ当たりなもったいないことしないよ。」
「男子にはエロサドバトルがあるのよ。エロサドバトルとはこういうことよ。思春期男子脳内の99パーセントを占めるエロは、アタシのようなナイスバディ美少女を視姦することで著しく攻撃的なサドに変わり、女子を凌辱することに覚醒し、それはドメスティックヴァイオレンスへ発展するのよ。だから告白は慎重にやらないといけないのよ。」
エロサドバトルのネガティブ思考が、千紗季を告白から遠ざけていたのである。
休憩時間に階段踊場というコソコソ話の泉にやってきた千紗季とつかさ。
「来月高校受験だし、アタシには時間がないの。そんなアタシに何か『柵』でもあるというの?」
「柵をって、自分で壁を作っちゃダメだよ。そういうのではなく、回り道な王道を行くのがいいと思うよ。」
「はあ?そんなの、王道のカテゴリーに入らないでしょ。」
「そうでもないよ。朋樹くんは、どうみてもアイドル好き、アイドルオタクと言ってもいいよね。」
「う、うん。今の朋樹はそうなってるわね。前はあんなんじゃなかったんだけど。」
ちょっと残念そうに窓の外に目をやった千紗季。
「千紗季、そんな目をしてはダメ。千紗季には、大胆に、大手を振って、大股、大根足で歩いてほしいよ。」
「それってけなしてるようにも聞こえるけど。第一アタシは大根足なんかじゃないわよ。」
「ものの例えだよ。さっき言った王道とは。」
「王道とは?」
「魔法少女省に入って、マジカルアイドルになることだよ。」
「魔法少女省って、偏差値がすごく高いんじゃないの?それにアタシは国家公務員になりたいわけじゃないよ。官僚なのか、魔法少女なのか、アイドルなのか、よくわからない職業だよ。高校とは全然違うんじゃない。」
「たしかに学校じゃないね。でも入省すれば高校と同じようなカリキュラムがあるし、部活もある。アイドル活動ではあるけどね。でも入省できれば確実にアイドルになれるよ。アイドルになれば朋樹くんのハートを鷲掴みにして、心筋梗塞にすることなんてカンタンだよ。」
「朋樹を殺す気?アイドルかぁ。朋樹の現状を考えると、アイドルになって、アタシの追っかけやってもらうのもいいかもね。でも今から勉強して間に合うかなあ?魔法少女省っていうぐらいで、何か特別な試験があるんじゃないの?」
「さあ、そこまでは知らないよ。とにかく当たって砕け散ることだよ!」
「受験を勧めながら、敗色濃厚オーラを出さないで!」
それから1か月後、ついに魔法少女省の受験当日となっていた。
ここは霞ヶ関の官庁街の外れ。官庁の中では最も新しい50階建てのビル。御影石でできた黒く輝く建物で、威圧感に溢れてひときわ異彩を放っている。
「とうとうこの日が来てしまったわ。まさか本当に受験することになるなんて。」
千紗季は受験番号991番の受験票を手にして、黒いビルの中に入っていった。
自動ドアが開いて中に入ると、すでに千人ぐらいの受験生が待っていた。魔法少女省というだけあって、全員女子生徒である。
真正面に巨大ながらスクリーンがあり、受験会場は、二階の大会議室とある。ロビーのモニターに会場が映っており、千人ぐらいの収容キャパがありそうだったが、だだっ広い会場に机と椅子は10ほどしか用意されていない。正面左側にある二階への階段を登ろうとすると、ロープで登り口が自動閉鎖された。会場の受験生たちがざわついてきた。
正面モニターに、堅物そうな長い髪のスーツ姿女性が映った。
『これから足切り試験を行う。右側廊下に受験会場が準備してあるので、受験番号に従って入室するように。』
右側の廊下には、左右に10ずつ計20部屋がある。
受験番号の若い順から、ひと部屋に10人ずつ入る。千紗季はロビーに立ったままで待っていた。
1分後に、各部屋から受験生たちが出てきた。それも猛スピードで悲鳴を上げながら。
「キャー、化け物!モンスターが襲ってくるわ!」
地響きをたてながら、恐怖におののいた表情でバッファローのように外に逃げ出していく受験生たち。目分量では部屋に入った人数分が出て行ったような感じである。
「部屋の中でいったい何が起こってるの?化け物とか、モンスターとか言ってるし。今のが、足ぶった切り試験だとすると、ここから出て行ったということは不合格ね。ライバル減少だわ。いひひ。」
意外にも冷静でビミョーに卑劣な千紗季。
その後三回の受験生猛脱出を目にした千紗季。
「いよいよアタシの番ね。見たところ、ほとんど足めった切りされてるわね。ここを切り抜けたらライバルはほとんどいないし、二階に行ってソッコー合格するわよ。わははは。」
こうして、千紗季はいちばん奥の部屋に入って行った。
「あれ、アタシひとりなの?おかしいわね。少なくともこの部屋には10人の受験生がいるはずなのに。失礼しまぁす。」
千紗季はドアを開いて中に入った。
「こ、これが受験会場なの?」
部屋にはシングルベッドがひとつあるだけ。窓もない。ライトは点いているので暗くはない。試験官も誰もいない。
「抱き枕が置いてあるわね。あの顔はアタシ!?気持ち悪いわ、いやアタシの顔なんだから、美少女だけど、でも誰かに使われたらイヤだわ。も、もしかした、朋樹の家から持ってきたとか?それならし、仕方ないわね。って、そんな場合じゃないわよ!」
『ムクムクムク。』
黒い煙のようなものが人型になっていく。
『グウウウ~。』
「な、何よ、これ?枕のそばに立ってるわ。と、ということはこれがウワサの夢枕モンスター!?タダの都市伝説かと思ってたけで、本当にいたの!」
『ガアアア~!』
ゾンビのように、腕を垂れて千紗季に近づいていく夢枕モンスター。
「ちょ、ちょっと、来ないでよ!アタシなんか食べても、コラーゲンたっぷりでおいしいハズだけど、食べてほしくなんかないわ!うわああ~!」
千紗季は火事場の超速度で疾走して逃げ去った。
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