第210話門番
森の中をジンとハンゾー、ゴウテンが駆ける。
「あとどれぐらいだ?」
「もうすぐです!」
ハンゾーの案内で、グングンと彼らはディマンの研究施設に近付いていた。
「この辺りです!」
その言葉に、ジン達は足を止める。ミコトは現在増援を呼びに行っている最中であり、不在だった。
「くそっ、どこだ!」
あたりを見回すが、それらしき場所は無く、ジンは舌打ちをする。
「ジン様、恐らく地下ではないかと。地面より凄まじい力を感じます」
「地下か。それならどこかに入り口があるはず」
ジンが再度周囲を見回そうとして顔を右に向けた瞬間、前方から何かが迫ってきた。
「はあああああああ!」
次の瞬間、気合の声と共に、禍々しい爪が生えた右手がジンの顔に伸びてきた。
「くっ!?」
なんとかそれを首を傾けて回避するも、僅かにかすっていたのか、頬が大きく裂ける。
「ジン様!」
「一体なんだ!?」
突然の事にハンゾーとゴウテンが混乱する。だがジンはそのまま謎の敵が繰り出してくる致死の攻撃を必死に回避し続けた。
「くそっ! いい加減にしろ!」
そう言うと、ジンは相手が振り下ろそうとした右手首を掴み、引っ張ってバランスを崩すと、隙だらけの腹に強烈な一撃をお見舞いした。ガンッという金属がぶつかるような音がして、相手は20メートルほど吹き飛んで、地面に転がるも、すぐに起き上がった。そこで漸くジンは襲いかかってきた者をはっきりと認識した。
「なんだ、てめえは?」
目の前には、8歳ほどの少年が肉食獣のように鋭い歯をむき出しにしながら、ジンを睨みつけていた。その足は人の物ではなく獣のそれであり、両手には悪魔のような凶悪な爪が伸びている。体は薄暗く変色し、まるで鋼のようだ。先程の金属音は彼の肉体によるものらしかった。
「お母さんの仇め!」
だが少年はジンの質問に答える事なく、地面を蹴る。
「仇? なんの話だ?」
攻撃を掻い潜りながら、ジンが尋ねる。不意打ちを喰らったとはいえ、正直な所技術はそれほどでもない。力任せの攻撃は確かに危険ではあるが、経験不足ゆえか単調であるため、今のジンにはさほど驚異ではなかった。
「くそ! 避けるな!」
易々と回避するジンに少年は苛立つ。しかしどれだけ彼が怒りを募らせても、その攻撃が届く事はない。ジンは攻撃直後に出来た隙をついて、今度は体内に衝撃が伝わるように腹部を撃ち貫いた。
「がはっ!」
少年は地面に膝をつき、痛みに悶える。
「一体何者だ、てめえは? 邪魔するなら……」
ジンは脅すように目を細めて睨むが、苦痛に顔を歪めながらジンを見上げてきたその顔を見て、言葉に詰まった。
「お、お前は一体?」
その顔に残る姉の面影に困惑する。
「お前だけは許さない! お母さんを殺したお前だけは! 例えお前がお母さんの弟でも!」
少年の言葉にジンは殴られたかのような衝撃を受ける。
「な、何を言って……」
「うおおおおおおお!」
再び起き上がると、複製体のナギから生み出された少年、シンラはジンに襲いかかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「あー、もう、ガキはなんでこうも言う事を聞かねぇんだろうな」
「まあ、子供ってそういうものなんじゃない? 知らないけど」
「あれが、あの胡散臭い研究者が言ってた奴らか?」
「なんか見たことある気がするー」
突然、そんな事を話しながら、シンラが来た方向から3人の女を引き連れた一人の男が悠々と歩いてきた。
「なんだてめえら?」
ゴウテンが眼鏡を中指で持ち上げながら睨みつける。
「あー、そのガキの保護者からお守りとそこの男を半殺しにするよう頼まれたもんだ」
「保護者?」
「ああ、何つったかな、確か……ディマンなんとか、とかいう名前だったか? そいつの依頼でな」
気怠そうに言いながら、ヘルトは柄に手をかける。
「まあ、お前らについては何も言われてねぇから、恨みはねぇがお前ら二人はぶっ殺してやるよ」
そして、ゆっくりと剣を鞘から抜き、神々しい光を放つ剣を構えた。
「その剣は!?」
剣そのものから凄まじい力の波動がゴウテン達に伝わってくる。
「神剣……なのか?」
「お、こいつを知ってんのか? 喜べ屑ども。オメェらもこの剣で前にやったガキ共や女達みてぇにぶっ殺してやるからよ」
ゴウテンの言葉にヘルトは小馬鹿にしたように笑う。
「本当にお前が勇者なのか?」
「そういう事みてぇだな」
思わずゴウテンは確認してしまう。どう考えても勇者という像からかけ離れた禍々しさを醸し出していたからだ。
「とてもじゃないがそうは見えねえな」
「全くのう」
ゴウテンの言葉にハンゾーが相槌を打つ。ヘルトは剣を軽く振って自嘲気味に笑った。
「俺もそう思うぜ。まあ何はともあれ、あのガキ達の戦いは邪魔させねぇ。ここで死ね。お前ら手ぇ出すなよ」
後ろにいた3人の女性達にそう声をかけると、剣を構えた。
「うおらっ!」
ヘルトは地面を蹴ると、一気に飛び上がり、空中から剣を振り下ろす。ハンゾーもゴウテンも容易く左右に飛んで回避した。ドゴッという音ともに大地が弾け飛ぶ。凄まじい威力で土が辺りに吹き飛び、ハンゾー達の視野を奪う。出来たはずの隙を狙って、ヘルトは左に逃げたハンゾーへ、剣を横に薙いで攻撃する。
「ヒャハハハ! まずは爺さん、テメェからだ!」
しかし、ヘルトが想定していた感触は一向になかった。代わりに砂煙の中から老人が突然現れ、彼の腹部に深々と剣を突き立てた。
「なに!?」
痛みと予想外の状況にヘルトは驚く。ヘルトは力なく神剣を持ち上げてハンゾーに向けて振り下ろそうとするが、素早くハンゾーは剣を引き抜くと、彼の腹に目掛けて蹴りを放つ。凄まじい威力にヘルトは思わず剣を手放して、蹲りながらも顔を少しだけ上げてハンゾーに向かって尋ねた。
「な、なんであれを避けられるんだ?」
弱々しい声に、ハンゾーは溜息をついた。
「お主、本当に勇者なのか? あまりにも弱すぎるぞ」
それを聞いたヘルトは顔を怒りで赤くさせ、神剣を掴むと、それを杖にして立ち上がった。
「回復!」
「手助けはいらないんじゃないのー?」
「うるせぇ! 早くしろ!」
「はいはい。わかったってば」
後ろに控えていたアリーネにヘルトが叫ぶと、彼女は渋々彼に従った。すぐに彼の傷が治り始め、瞬く間に回復した。
「ほう。中々の回復力だ。神剣によるものか?」
「よくもコケにしてくれたな爺。本気で殺してやる!」
そう言って斬りかかるも、ヘルトの攻撃は届かない。容易く回避され、隙をつかれてはハンゾーの剣に切り裂かれる。初め、様子を伺っていたゴウテンも、既にヘルトに警戒は払っておらず、代わりに彼とともに現れた3人の女性に意識を割いている。
「がはっ、なぜだ! なぜ当たらねぇ! 俺は合成獣だって倒せるんだぞ! なんで爺一人倒せねぇんだ!」
吠えるように叫ぶヘルトに呆れたような顔をハンゾーは浮かべる。
「本当にわからんのか?」
「ああ!?」
「ただの獣に勝てたぐらいでなにを増長しておるのだ。人と獣は違う。儂には理合いがあり、彼奴らには無い。見ると、どうやらただ剣を振り回せば勝てるような相手としかやってこなかったようだな。この外道めが」
人を理由も躊躇もなく斬り殺そうとする上に、狂気の科学者と連んでいる時点でハンゾーは目の前にいる男の残虐性を理解していた。先程の言葉からも、すでに何人もの人間が彼の手に掛かっているということも。
「ク、クソが!」
ヘルトはハンゾーの言葉を否定するかのように必死になって剣を振り回す。しかし所詮は剣に選ばれるまで、単なるそこらにいた青年でしかなかった男だ。自分よりも優れた相手と決闘するなど今までに無かった。少し差がある程度ならば神剣の力で限界を超えた肉体がそれを埋めてくれた。しかし肉体が上回っていても、本人が持つ技術はお粗末なものでしかなかったのだ。
「無駄だ」
そう言うとハンゾーは剣を振り抜き、剣を振り下ろしてきたヘルトの両腕を綺麗に切断した。
「は? ああああああああああ! 俺の腕があああああああああ!」
「うるさいぞ」
「ヒ、ヒィィィィ!」
あまりの痛みに涙を流しながら逃げようとしてよろけながら進むヘルトに、ハンゾーは無表情で歩み寄る。そして、焦りすぎて転んだヘルトに追いつくと剣を振り上げた。
「ま、待ってくれ。悪気はなかったんだ! 少し調子に乗っていただけだよ! な、だから命だけは! 殺さないで!」
「お前は今までに命乞いをしてきた相手を助けたのか?」
「へ?」
次の瞬間、ヘルトの胴体から首が離れた。
「あの世で殺した人々への罪を贖え。この愚か者が」
ゴロリと転がる頭に向けて、ハンゾーが吐き捨てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます