第160話エピローグ

「それで、どうやって倒したのか具体的に話してもらおうか」


 王国騎士団長のアレキウス・ビルストがテーブルに足をどさりと乗せて、モガルに問いかけた。彼の背後には副団長のスコットと騎士見習いである証明の制服を着たシオンが立っていた。モガルがさっと彼女の方に視線を向ける。


「構わん。話せ」


 アレキウスが彼に話すように促したので、モガルは1つ頷くと、事の顛末を話し始めた。所々でアレキウスが質問をしていくと『ジン・アカツキ』という名が出た瞬間にシオンが反応した。


「ジンが、ジンがここにいたんですか!?」


 驚き、焦燥、喜び、怒りと様々な感情が彼女から窺えて、モガルは困惑する。


「あ、ああ」


「まだ、まだこの街にいるんですか!?」


 今にもこの場から駆け出しそうな勢いの彼女を前に、アレキウスがサッと右手を上げて彼女を制した。


「シオン、少し黙れ」


「っ! 申し訳ありません」


 どすの利いた声にシオンが口を噤んだ。そして今の状況を思い出し、顔を赤くした。


「ジン・アカツキか。聞いた名だな。確か武闘際に出ていたやつだったか」


 アレキウスがスコットに眼を向けると、彼は頷いた。


「はい。資料ではその後行方不明になったとのことでしたが」


「おいシオン。どんなやつなんだ?」


 今度はシオンの方に顔を向けてきた。


「あいつは……」


 彼女はジンと過ごした数ヶ月間を思い出していく。あまりにも濃密な時間だった。沢山の初めてのことを体験した。本当に様々なことがあった。


「あいつは……嫌なやつです!」


 いつも澄ました表情の少女が顔を赤くして感情を顔に顕にしている様子を見て、アレキウスは大声で笑い始めた。


「がはははは! 嫌なやつ、嫌なやつか。お前がそんな風にいうとはな。おもしれえ。おいモガル、そいつは今どこにいやがる?」


 獰猛な笑顔を浮かべる彼を見てスコットが溜息を吐いた。自分の上官は気まぐれに過ぎるため、下手をしたらその少年を探すように命令を下すかもしれない。そんな面倒なことをしている時間は彼にはない。本来アレキウスがやるべき書類仕事を全て肩代わりさせられている彼にとって、今回の案件についても早速戻って報告書の作成を始めなければならないのだ。見つかるかも分からない相手を探す暇など彼にはない。


「分かりません。彼と、彼とチームを組んでいた3人は魔人を討伐した翌日にはいつの間にか馬何頭かと共に居なくなっていました。彼らがどこに行ったかを知っている者もいません」


「ちっ、つまらん」


 アレキウスが露骨に不満そうな顔を浮かべる横で、スコットは表情には見せないが内心安堵していた。


「団長!」


「なんだ突然?」


 アレキウスが突然声を発したシオンの方に顔を向けると、彼女は深刻そうな顔を浮かべていた。


「ぼくにジンを探しに行かせてください!」


 こんな表情を浮かべる彼女は初めてだった。だがアレキウスは首を横に振った。


「駄目だ。すぐに見つかるならまだしも、馬で2日以上前に出て行った。その上どこに行ったかも分からない相手を探し出せる確率は低い。そんぐらいお前にもわかるだろう」


「でも!」


「くどい。禁止だと言っている」


 有無を言わさぬ言葉にシオンは下唇を血が出るほどに噛む。ようやく得た手がかりを彼女は追う事が出来ない。追いたくても彼女の立場がそれを許してくれない。もちろん勝手に抜け出すことはできるが、それをすれば多くの人に迷惑がかかる。それが分かっているからこそ彼女は我慢するしかない。そんな様子のシオンからモガルへと顔を戻し、アレキウスは話を続けるように促した。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「魔人化実験はある意味では成功したと言えるのだろうかね?」


 逃げた2体の実験体を法術で監視していた協力者から、その実験体達が魔人に変化したとの報告があった。変化した瞬間は見逃したが、その後の彼らの様子を見ることができたのは僥倖である。


「しかし、なぜ成功したのか? 要因はなんだろうね? あの少女から摂取した血液を元に作った薬を投与した他の個体と彼らには何の違いがあるんだ? 身体的なものか? それとも環境的な要因かねえ? はたまた戦闘経験の有無かねえ? あるいは他に何かあるのだろうかねえ?  No.0921に出た白い翼という特徴がオリジナルの少女と同じであったことから、彼女が魔人に変化した原因は薬によるものだと考えられる。しかしそれならばなぜ……」


 男は頭を悩ませる。魔人化は魔人となる因子を注入すれば可能になるという1つの仮説は今回の件で立証できた。しかし、それがなぜ発生するのか、今回の実験体達と今扱っている者達との違いが分からない。


「もう一度似ている環境を整えて実験してみるかねえ……よし、そうしよう!」


 とりあえずやってみて、駄目なら別のアプローチを考えればいい。何度でも何度でも。焦る必要はない。素材はいくらでもあるのだから。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ロヴォーラの街を出て早2ヶ月。ジン達一行はついに海岸近くまで辿り着いていた。これまでにいろんな街で金策を練りながら進んだため、本来なら1ヶ月で着く所、倍の時間が掛かっていた。


「あの海の先が我々の国です」


 ハンゾーが馬に乗りながら指差した。ジンがそちらに目を向けると暗雲が垂れ込めていた。


「あの雲は年中発生していて、嵐がいっつも起こる上に、波は荒いし、渦は巻いてるし、感覚を狂わせる結界があっていつの間にか元の場所に戻って来ちゃうしで、こちら側からはよっぽどの奇跡がないと辿り着けないようになってるんだよね」


 ミコトの言葉の通り遠目からでも海が激しく荒れている事が分かる。


「じゃあ、どうやって越えるんだ?」


「そこでこれよ!」


 ミコトは自慢げに胸元に手を突っ込むと、首にかけていた鎖を取り出した。その先には2つの指輪があり、ジンの持つ母親の形見の指輪とどことなく似通っていた。


「指輪?」


「そう。これは巫女が持つ指輪で強力な治癒術が込められている他に、カムイ・アカツキの直系の子孫であることも証明しているの。だからこの指輪を持つ人間は御先祖様が張った結界を乗り越える事が可能になってるの。どう? すごいでしょ」


 鼻高々に自慢してくる彼女を尻目にジンはハンゾーとクロウに目を向ける。


「じゃあハンゾー達はどうするんだ? お前らも持っているのか?」


「はい。姫様を追いかける際に御館様、いえ陛下からお預かりしました」


 クロウはそう言って胸元に手を突っ込むと鎖にかけられた指輪を取り出して見せた。ハンゾーも同様にそれをジンに見せる。


「じゃあ、俺はどうすればいい?」


「ジン様はそのままアカリ様の指輪をお使いください」


「ああ、なるほどね」


 そう言って自分の持つ指輪を取り出してぎゅっと握った。そうしてジン達は結界を乗り越え、アカツキ皇国へと向かった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 いつも同じ夢を見る。夢の中で誰かが語りかけてくる。その甘い誘惑に負けて、気がつけば足元には夥しいほどの血だまりが広がり、そこかしこに死体が転がっている。その中には大切なはずだけど、名前も知らない子供たちもいる。


 突然場面が飛んで、自分が死ぬ瞬間を何度も見ることになる。目の前にはまだ幼い、黒髪の男の子がいて、泣きそうな顔をしている。何度も慰めようと、泣かないでと言おうとしても声が出ない。その子を見ているとこちらまで泣きたくなってくる。


 私はその子に何度も同じ言葉をかけようとする。大好きだよ、愛しているよって何度も言おうとして、やっぱり声が出ない。だから何とか笑おうとする。大丈夫だよ、今までずっとありがとうって伝えるために。するといつも男の子は泣きながら私に微笑んでくれる。それを見て安心した私はいつも目を閉じる。


 やがて夢は遠のいて、いつものように何事もなく目が覚める。どうしてかわからないけど、毎朝涙で頬が濡れている。きっとこれが【悲しい】という感情なのだろう。お父さんに聞けば教えてくれるかもしれないけど、なぜだかこの夢だけは、お父さんに話したくない。どうしてだろう。他のことなら何だって話せるのに。


 そうしてまた新しい1日が始まる。私を何度も【悲しい】気持ちにさせるあの子に、また夢の中で会えることを望んで。

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