第152話vs魔人2

 ジン達は建物の間を潜みながら素早く移動する。敵との距離はまだ数百メートルあるが、魔人は規格外の存在だ。おそらくもう少し進めば、隠れていてもすぐにジン達に気がつくだろう。しかし、これ以上は放置しておけない。自分に関係するこの問題をさっさと片付けて、この街を出ることがジンの目的である。だがもう一つだけ、ジンが懸念していることがあった。それは魔人が知性を獲得することだ。


 あの魔人の素になったのはアイザックと女の魔物だ。幸運なことにも両者は結合する際に脳まで融合したため深刻な人格崩壊を起こしていた。だからこそジン達は逃げることができたのだ。本来ならば相手が混乱している間に倒すべきであった。にも関わらず彼らはなす術が無かったので魔人を放置してしまった。その結果が二度目の接敵で如実に表れていた。魔人に高度な知能のようなものは確認できなかったが、確かに確固とした自我が形成されつつあったのだ。


 残虐行為は一見何も考えていない行動にしか思えない。だがそれを楽しんでいたのなら話は別だ。楽しむということは明確な思考を持たなければ発生しない感情である。つまりこのままいけば確実に人間としての思考力を獲得するだろう。その前にジン達はどうしてもけりをつけたかった。無論それはギルドマスターであり、かつてあった魔人の襲撃を生き延びたモガルも理解していたが、この街の最大戦力であったBクラス冒険者チームである『天華』が何もできずに全滅したことを受け、騎士団が到着するのを待つ方針へと変えたのである。一種の賭けではあるが、無謀な特攻をすれば冒険者も兵士も無駄に命を落とすだけだと彼は考えていたのだ。


「そろそろ互いに視界に入る。その前に最終確認だ。まずミコトは俺たちの体を薄い結界で覆い、移動補助の法術をかけてから距離を取って待機。適宜隙を見て遠距離攻撃を行う。可能なら相手の意識を少しだけでも外らせる攻撃がいい」


「拘束系の法術を放てばいいってことよね?」


「ああ、それで頼む」


 ミコトの力で体を包むことにより、瘴気の問題は解決できる。如何せん、長時間相手と戦うだけで瘴気に侵されるのだ。それを防ぐ手段がなければ遠距離からの攻撃しかないが、それでは決め手に欠ける。


「次にハンゾーとクロウは俺と一緒に近距離で戦う。それからある程度弱らせることができ次第、俺は距離を取ってあの術を放つ。だがあいつを消すためには恐らく5分ぐらいの溜めがいる。その間お前達は奴の注意を引きつけてくれ」


「了解致しました」


 ハンゾーとクロウが頷く。あの術とはもちろん先の戦闘でジンが放った空間を削り取る術だ。しかし魔人の動きを見るに完全に消し去るにはかなり大きな空間を発生させる必要がある。そのためにはどうしても力を溜めなければならなかった。


「それで武器についてだが、本当にハンゾーとクロウは武器を瘴気でダメにされないのか?」


 ミコトの結界はあくまで彼らの体を包むためのものであり、武器にまでその効果は及ばない。そのため敵と斬り合った場合真っ先に武器がダメになる。


「はい、以前申し上げましたように、儂らは長時間闘気を武器に纏わせることができます。それが瘴気の毒をある程度緩和してくれるのは既に確認されております」


 クロウもその言葉に頷いた。


「それって今すぐに身につけることは出来ないのか?」


「それは恐らく無理かと思います。どんなに才能がある人間でも、少なくとも数ヶ月は修行しなければなりません。儂の弟子の中で最も才能のあるクロウでさえ身につけるのに半年はかかりました」


「そうか、じゃあやっぱり最初の方法で行くしかないな」


 そう言ってジンは手元を見る。その両手にはグローブがはめられていた。濃紺色を基調とし、手の甲の部分には白い魔核が埋め込まれている。それに付与されているのは光法術の『光壁』であり、ジンの手を守ると同時に武器として使用することができた。ハンゾーの持ち物であり、武器を失った時のために持っているものである。


「ご安心くだされ。この身を捨ててでもジン様はお守りいたします」


「そうやってすぐに死ぬ死ぬ言うのやめてくれよ。気が滅入っちまう」


 ハンゾーは何かにつけて、命を犠牲にしようとするきらいがある。忠義を尽くしてくれるのはありがたいことだが、自分のせいで誰かが死ぬのをジンは見たくないし、耐えられない。


「とにかくお前ら絶対に死ぬなよ。無理だと思ったらすぐに引け。これは命令だからな」


「了解致しました」


 ハンゾーの顔を見るに、絶対に納得していないが、それでもひとまずジンはその言葉を信じることにした。


「よし、行くぞ!」


 その言葉を皮切りに、ミコトが3人の体にバリアーのような薄い結界を張り、続けて移動補助の法術を掛ける。ハンゾーとクロウは、両者ともに闘気の上である『蒼気』を身に纏い、武器を覆う。ジンは力で体に影響が出るのを防ぐために闘気で肉体を強化してから、目を閉じて自身の内に意識を向けて封印を解除した。


 3人が駆け出すと同時に、魔人がその音に反応して振り向いた。半日ほど前につけたはずの傷はほぼ無い。ジンが消し去った2本の腕もだ。明らかに回復速度が上昇している。恐らく人間を喰べたことにより、力が増したからだろうとジンは瞬時に推測する。つまりこれ以上のんびりしていれば、どんどん手がつけられなくなっていくのは間違えない。


「ハンゾー、クロウ!」


 その言葉だけで2人はジンが何を求めているのかを察し、左右に散って攻撃を仕掛ける。蒼い光の筋を残して2人の男が魔人の両側から迫る。先ほどの戦いとは異なるスピードに魔人も一瞬面食らったのか、対応に遅れた。それを見逃さずに、ハンゾーとクロウは全力で武器を振り下ろす。


 キンッという甲高い音ともに2人の武器が弾かれる。どうやら敵の体は以前よりも硬度が増しているようだった。生半な攻撃では薄皮一枚切り裂くことができるかも怪しそうだった。


 だが2人が作った一瞬の隙に、ジンは伸びてくる残った2本の腕をギリギリのところで掻い潜り、懐に入ると、全力の拳を腹部に見舞った。凄まじい破砕音とともに魔人が吹き飛ぶ。追撃のために3人は走り出そうとするが、それを止める。魔人が腕を器用に地面に突き刺して勢いを殺し、大地を蹴って体を回転させながらジン達に飛びかかってきたのだ。単なる突貫だが、かすっただけでも死を感じさせるその攻撃に、ジン達は回避を選択する。


 3人の横を通過した直後、魔人の進行方向に突如岩石によって作り出された分厚い壁が出現する。それに思いっきり突き刺さるが、その貫通力は凄まじく、ガリガリと抉りながら壁を破壊した。


 ジン達はその光景に戦慄を覚えつつも、回転が終わる瞬間を見極め、再度攻撃に出る。壁に突き刺さっていた魔人はジン達の接近に気づき、体に光のバリアーをまとわせ、一気に爆発させた。周囲に岩石が飛び散る。しかしジンはこの技の発動後に一瞬の隙ができることに先の戦闘で気がついていた。力を放出した後、再度行動を始めるのにわずか2秒ほどの硬直があるのだ。たった2秒であっても、ジン達には十分な時間である。ハンゾーとクロウは走りながらさらに『蒼気』を研ぎ澄ませていく。最高までに切れ味を増した剣とハルバードは魔人の腕を深々と切り裂いた。切られた箇所から瘴気をまとった血液が吹き出し、地面を溶かす。飛沫がジン達に飛び散るが、ミコトの張った結界によってことなきを得る。


 ついでジンが相手の目を塞ぐために、距離を取った時に握り隠していた砂を投げて、4つの目のうち2つを塞ぐことに成功する。その流れのままに接近すると、魔人の右腕がものすごい勢いで接近してきたので、それをしゃがんで回避し、今度は思いっきり顎を狙って拳を打ち上げる。弾かれたように空中に浮かんだ魔人はそのまま地面に倒れた。


 その隙を見逃さず、ハンゾーとクロウが武器を振り下ろす。魔人はそれを掴もうとする。しかしジンに顎を殴られた影響からか、脳が揺れ、迫ってくる武器に反応ができず、掴めないまま深々と剣とハルバードが突き刺さった。


「「——————————————————!!!」」


 魔人が痛みに顔を歪める。その瞬間空から光の杭が何本も落ちてきて魔人の四肢を正確に貫き、その上固定するためとばかりに地面が盛り上がり、拘束する。そこまで見届けたジンは一気に距離を取ると術を発動させるために力を溜め始めた。


 だが数秒後、ジンは大地に倒れ伏した。その背中から夥しい量の血を流して。彼の横には、その手を彼の血で真っ赤に染め上げた見知らぬ少女が笑みを浮かべて立っていた。

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