第151話血統

「さて、行くとするか」


 装備を整えて3人に声をかける。


「「「は!」」」


 その言葉に一斉に3人がジンの前に跪いた。


「……あのさ、それやめてくれない?なんか疲れちまうよ」


 げんなりした顔を浮かべるジンに、ハンゾーが代表して静かに首を振った。


「そのようなことはできませぬ。ジン様は我々一族を率いるもの。何よりもアカリ様のご子息であらせられる方にどうして不敬な態度をとることができましょうか」


「そうそう。ラグナの使徒ってだけであたし達の長になる資格がある上に、叔母さまの息子さんってことはあたし達の国の皇族の血を引いているってことだからね」


「姫様、そんな言葉遣いをなさってはダメですよ」


 どことなく気安さの残っているミコトにジンは軽く感謝する。


「いやクロウ、それにハンゾーもミコトみたいに前と同じように接してくれて構わない」


「ですが、ジン様は我々が忠義を尽くすべき御方でございます」


 ハンゾーが食い下がろうとしないため、ジンはため息をついて先ほどのことを思い返した。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「それで、なんで急にハンゾーは俺を『様』づけし始めたんだ?」


 ジンの目の前には跪くハンゾーがいた。ミーシャとクロウは跪いてはいないが彼の後ろに控えている。


「ジン様が我らを導く御方だからでございます」


「だからそれはなんでそう思ったんだよ?」


 欲しい答えが戻ってこなかったためジンは若干イラつき始めていた。


「……失礼ですが、ジン様が首にかけていらっしゃる指輪を見せていただけますでしょうか?」


「これか?」


 ジンは首にかけてあった鎖を引っ張り出して、その先にあった指輪をハンゾーに見せた。ハンゾーはそれを凝視する。


「……ジン様の御母堂様のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「ああ?確か、アカリだったけど。それが何か関係あるのか?」


「お、おお!その御方の容姿は?もしや御髪は銀に近い灰色ではございませんでしたか?あるいは瞳の色は?夜空のような漆黒の瞳では?それと、光法術の使い手ではございませんでしたか?」


 矢継ぎ早にくる質問にジンは少々混乱するが、それらに答えようと自分の記憶を呼び覚ます。


「俺は覚えていないけど、髪と目は姉貴の話だとそんな色だったらしい。それと光法術でも治癒に特化していたとか聞いたな」


「お、覚えていないとは……らしいとはまさか!?」


 ジンの言葉に今度はハンゾーが顔を強張らせる。信じ難いことを想像しているような顔だった。ジンはそれを見て、自分の母親について軽く話すことにした。


 まだジンが小さい頃に、ジンのために亡くなってしまったこと。それからは姉と共に過ごしてきたこと。その姉も亡くなり、各地を転々として生きてきたことなどなど。前半部分は真実だが、後半に関してはとても話せるようなことではないので嘘を多分に含ませた。


 それをハンゾー達は真摯に聞いていた。ハンゾーとクロウは涙すら流すほどである。


「ではジン様はアカリ様とナギ様がお亡くなりになってからずっと1人で生きてこられたということでしょうか?」


「まあ、助けてくれる人がいっぱいいたから、そこまで大変ってわけではなかったけどな」


 彼はエデンで出会った多くの人々と、彼を育ててくれた2人の顔を思い出した。


「ジン様がそのような状況であったことを知らず、のうのうと暮らしていた自分が情けない」


 ハンゾーが心の底から言っていることをジンもすぐに理解する。


「なあ、あんたら一体何者なんだ?この指輪はなんなんだ?それになんで母さんのことを知っているんだ?」


 今は亡き姉が持っていた指輪はどう見てもスラムの少女が持つのにはふさわしくないほどに精緻な紋様が刻み込まれたものである。


「そちらは我が国の巫女姫が持つ契約の指輪でございます。巫女姫様はそれを2つ持ち、婚儀の時に伴侶となる方にお渡しすることが慣わしとなっております。この指輪を使うという事は強固な契約を結ぶことを意味します。また中央にある宝玉には光法術の力を蓄えることでたった一度だけ、どのような状態からでも復活することが可能となっております」


 ジンは昔のことを思い出す。初めて魔物と対峙した時、この指輪によって死にかけていた命を拾うことができたのだ。


「へぇ、なんで治癒の力が込められているんだ?」


「元来巫女姫様と結ばれるのは国最強の戦士であり、命を落とす可能性が非常に高かったからです。そのため、巫女姫様は伴侶のために治癒の力を込めたそうです」


「まあ今は形骸化しているんで、結婚相手はあたしが自由に選べるんだけどね」


「ひ、姫様!」


 ハンゾーの言葉に割り込んだミーシャの口を慌ててクロウが塞いだ。


「それじゃあなんであんたらは母さんのことを知っているんだ?」


「儂とクロウはかつてアカリ様の護衛をしておりました。そして姫様、ミコト様のお父上であらせられるお館様、いえ、我が国の皇であるゴウケン陛下はアカリ様の弟君でございます」


「つまり、あたしとジン様はいとこってこと」


「ひ、姫様!」


 またしてもクロウに口を塞がれそうになるもミーシャは迫ってくる手に噛み付いた。必死に悲鳴を耐えているためか、クロウがなんとも言えない顔を浮かべる。


「ミコト?」


「そうそう、それがあたしの本名」


「姫様!」


 涙目になりながら、クロウがまたミーシャ、否、ミコトを抑えようとするが先ほどと同じ光景となった。


「ごほん、つまりジン様は我が国の皇族であるということでございます。そしてあなた様は使徒でございましょう。それもラグナの」


 その名前が目の前の人物から出てきたことで、一瞬だけ目を丸くさせるも、すぐに平静を装い、知らないふりをしようとする。


「驚かれるのも無理ないかもしれません。しかし我が国はラグナの使徒の1人であったカムイ・アカツキ様によって建国された国でございます」


「なに!?」


 カムイ・アカツキという名はジンもよく知っている。というよりもジンが使っている苗字も人界に行く時にその男の名前を借用したのだ。ラグナによってフィリアを殺すために生み出され、人界へと放り出されたという自分と似た境遇の男の名を。


「つまり我々の使命はいつか現れるラグナの使徒を助け、女神フィリアを打倒することでございます」


 ハンゾーが嘘をついているようには見えない。何よりもラグナを知り、隠されているはずの神話の真実を知っているのだ。それにミコトが使った結界の力は法術とも神術とも系統が異なる。そこでようやく思いついたのが、かつてノヴァが言っていたラグナから彼の権能を与えられた者の中にいた使徒である。


「【領域】か」


 ボソリと呟くジンの言葉をハンゾーがしっかりと聞き取り、その意図に気がついて頷いた。


「我らの祖であらせられるカムイ様はラグナより【領域】の力を与えられた御方でございます。かの御方が張った領域結界によって我らの国は他の大陸との交流が制限され、フィリアからの干渉も防がれております」


 ハンゾーの話によると、エイジエンとは他の国々がアカツキ皇国という名を知らないために便宜上つけた名前であるとのことだった。


「でも干渉を防ぐ結界が張られているならなんで中から出てこれるんだ?」


「中から出てくる事は可能です。しかし、外から中に入るには皇家の血を引いておられる方以外には不可能なのです」


「へぇ、それじゃあ俺は自由に行き来することが可能ってことか」


「その通りでございます」


「それで、あんたらの目的はなんなんだ?まさか本当にミーシャ、いやミコトを探していただけなのか?」


「いえ、姫様が旅に出たのはまさしくあなた様をお探しするため、そして我が国に来て力を蓄えていただくためでございます」


「なるほどな。もともと行くつもりだったから幸運だったってことか」


 ハンゾー達の使う力はジンが知らないものだ。それを身につける事は今後大いに役立つはずだ。何より、自分と同じ存在が建国した国だ。力のコントロールやフィリアに関しての何かしらの資料が残っているかもしれない。


「わかった。それじゃあ一緒に行かせてもらう。っと言いたいところだが、まずは外にいるやつからだな」


 ジンは窓の外に目を向ける。そろそろ動き始める頃合いだろう。先ほど、残ったチームを集めてギルドマスターが主催した会議では、王国騎士団がつくまで、時間を引き延ばす方針で行くことが決まった。しかしジンとしては、その前に決着をつけたいと考えていた。ジンはこれでも脱走者だ。もし仮に騎士団の中で彼を知る者がいれば、捕まえてオリジンまで連行しようとするだろう。それはジンの覚悟を無為にするものであり、異常な力を持つ彼は、最悪実験台にされるだろう。だからこそ彼は一日も待っていられないのである。そのことをハンゾー達に話すと彼らも賛同してくれた。そしてそれから30分かけて作戦を練り、武器を準備した。


「さて、行くとするか」


「「「は!」」」


 目の前で跪く彼らを見て、ジンは渋い顔を浮かべた。

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