第149話抗戦

 屋根から屋根へと飛び移る。速度を落とさぬままに、先ほど建物が吹き飛んだ場所まで駆ける。幸いな事かどうかは分からないが、その場所はジンのいた所からさほど離れていなかった。前方に燃え盛る炎を走り抜け、真っ先に彼の目に入ったのは、その場から女性とミーシャを抱えてジンのいる方へと走ってくるクロウと、前と同じように足止めのためにその場に残っているハンゾーの姿だった。


 ジンの姿を見たクロウは一瞬立ち止まる。ジンに逃げるよう促すためだ。しかしジンは流れるように地面に拳を叩き込んだ。その瞬間、ハンゾーの前に巨大な岩の壁が出現し、魔人との間に割り込んだ。魔人の光線が岩を溶かすも、分厚い岩はそれが貫通することを阻害した。ハンゾーは瞬時に判断し、後方に飛んで距離を取る。その脇をジンが走り抜けた。


「ミーシャ、援護頼む!クロウ、ハンゾー、手伝え!」


 ジンはそう叫びながら、一気に岩壁に接近すると、それを思いっきり殴りつけた。当然のように砕けた岩は空中で姿を変え、大小様々な幾つもの槍となって魔人に襲い掛かった。しかし魔人の体に届く前にそれは光の膜のようなものに遮られた。


「ちっ、光法術か」


 ジンは悪態をつきながら、背後からミーシャの援護を感じる。自分の体が風を纏い、動く速度が一気に上がる。それと同時にジンは無神術と『強化』の権能を併用し、さらに身体能力を底上げした。ラグナの言う結界の効果のためか、『強化』する時にいつも体にまとわりつく黒い闘気は体の奥から吹き出してこなかった。


「ハンゾー、右側に『飛燕』!クロウ、左側に炎!」


「「はっ!」」


 ハンゾーとクロウは即座にジンの意図を理解する。そして指示された攻撃を4本ある腕のうちの1本ずつに攻撃を放つ。ジンの予想通り、魔人の2本の腕が反射的にそちらに対応した。それを観たジンは無神術の中でも得意な術を『強化』して放つ。その瞬間、魔人の胸を起点として空間が歪み、ぶつかった場所を抉り取った。唯一の誤算があるとすれば、魔人があまりにも早かった事だ。直前で体をずらし、胸の前で腕を交差し、それらを犠牲にする事でジンの攻撃を回避したのだ。ジンが一旦距離を取るために後方に飛ぶ。


「くそっ、失敗か。二人とも距離を取れ!」


 ジンの言葉を聞く前に、彼らは既に腕の攻撃の間合いから逃れていた。しかし2人への追撃とばかりに腕から無数の太い針が射出される。ハンゾーとクロウはそれを難なく躱し、切り飛ばし、ジンと合流する。


「ジン様、起きられたのですね」


 ハンゾーが安堵の感情がこもった声でジンに話しかける。クロウをちらりと見ると、やはり彼もジンのことを心配しているようだ。それもその視線はただの仲間に向けるものとは少し異なっているようにジンは感じた。


「……そのジン様っていうのには色々聞きたい事があるけど、今はとりあえず奴だ!」


「「「はっ!」」」


 ジンの言葉に、後方にいるミーシャも答える。まるで自分を上位者であるかのように扱う彼らに違和感を感じるも、すぐにジンは思考を戦闘へと切り替える。彼らの眼前には腕を失い、痛みに苦しむ魔人がいた。


「ハンゾーは右から、クロウは左から、ミーシャは長距離攻撃!俺は突っ込む!」


 その命令を受けて彼らは速やかに行動を開始する。クロウは大盾で体を隠し、ハルバードに火法術を纏わせ、ハンゾーは鞘に剣を収め、闘気を剣へと練り上げる。ミーシャは後方で火と風の法術を同時展開する。それを素早く確認しつつ、ジンは魔人へと突貫した。魔人の動きがジンへと集中する。


 魔人の右拳をギリギリのところで回避し、懐に飛び込んだジンはそのまま胸に短剣をつきたてようとするが、魔人の体に1ミリも入らず、皮膚で止まる。しかしそれを読んでいたジンは、胸元に意識が向いていた魔人の隙を見て、パッと剣から手を放すと、その目を指で突き、視界を奪った。そして接近したクロウがハルバードを振り下ろし、炎の斬撃を放つ。同時にハンゾーも高速で接近すると、闘気で切れ味が増した剣で切り上げる。攻撃は完全に見えていないはずだった。しかしこの魔人は2体の魔物が融合した個体である。


 潰した目の横に新たに2つの目が突如浮かび上がると、クロウとハンゾーの攻撃を捉え、残っている両手でそれぞれの武器を掴んだ。そしてすぐさま武器を握りつぶし、体から薄い光の膜を張るとそれを爆発させた。3人はそれを直接食らいそうになるも、ギリギリのところで距離をとって回避すると、そのタイミングでミーシャが2属性の法術を放った。巨大な炎が風を纏い、さらに燃え上がり、魔人を燃やし尽くそうとするが、ジンとハンゾーは炎ではこの魔人を倒せないことを知っている。だがやはり動きは鈍るようで、魔人は炎の中でよろめいていた。


 距離をとった3人は素早く集まる。既に3人ともメインの武器が破壊されている。そのために少しでも時間があるのなら何かしらの案を立てなければならない。


「退くぞ」


「「はっ!」」


 ジンの言葉にハンゾーとクロウは頷いた。このままでは武器がない以上、徒手と法術を中心に戦うしかない。だがそれが非常に困難であることを彼らは理解していた。突然、光線がジンたちの横を通り抜けた。どうやら炎の中から当てずっぽうに飛ばしているようだ。おそらく炎によって残っている目がやられているのだろう。


 3人はミーシャの元に向かうと、距離を取るためにその場から移動する。途中で片腕を失った女性をクロウが抱え上げる。どうやらミーシャが既に治療をしていたらしく、気を失い、血の気が失せてはいるが辛うじて生きているようだった。そうして4人はしきりに飛んでくる光線を回避しつつ、急いで作戦本部へと向かった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 作戦本部には重苦しい空気が流れていた。街の被害が甚大であることもだが、何よりも人的被害が大きすぎる。報告によると既に数百もの冒険者や兵士が死んでいるとのことだった。その上たったいま齎された情報がその空気をさらに重くさせた。


「『天華』は全滅か」


「うむ、他のチームはどうなっているのかね」


 ギルドマスターのモガルに、カイゼル髭を生やした細身の男が質問をした。彼こそがこの地の領主であるヴァルデルである。気難しそうな雰囲気とは裏腹にその性格は高潔で、王の覚えも良い人物だ。民からも深く信頼されており、今回速やかに民の避難と兵士たちの徴収ができたのも、偏に彼の人格に由来していた。彼もかつての魔人との戦いを経験した数少ない人物である。


「先ほどの連絡によると、残りの『神の盾』と『七星』は、どんなに急いでもあと1日近くかかるとのことです。それまで保つかどうか……」


 眉根を寄せて顔を険しくするヴァルデルに、モガルに代わって彼の秘書であるムイが答えた。


「では、仮に保ったとして、彼らがいれば勝てるのかね?」


 彼らと同じBランクのチームである『天華』がどのように負けたかは、未だにシエルが起きていないので聞けていないが、チームは壊滅しているようなので、ヴァルデルの疑問は尤もであった。


「正直言って分かんねえ。だが勝つしかねえ。じゃねえとこの街っつーかこの地方そのものがなくなるぜ。まだ魔人に成ったばっかでこれだからな」


 モガルの言葉に、ヴァルデルは顔をしかめて髭を撫でた。モガルの言う通り、魔人は人を喰らうほどに強くなっていくのだ。


「……融合体だったか」


「ああ、最悪なことにな。話によると核が二つ、それをほぼ同時に破壊しなければならねえ」


 融合体は通常の魔人よりも倒すことが難しい。核が複数あることも原因ではあるが、そもそもの話、能力が足されるのだ。一つの法術しか使えない魔人が他と融合することで、その相手の能力を使用することができるようになる。下手したら伝説の四魔の内の一体である法魔王と同様に、全属性を扱う事が出来る者も現れるかもしれない。


 今回の敵は未だ未知数であるが、情報提供をしてきたジンによると、融合体の元になった魔物のうち、片方はアイザックという名前で火・水・風の法術を使えるらしい。また、もう片方の個体は少なくとも光法術が使えるとのことだ。つまり、もしもう片方がそれ以外に土と闇を扱えるのだとすれば、もはやこの街の兵力では手に負えない。


「それではどうする?今敵はどうなっているのだね?」


「冒険者と兵士たちとでなんとか1日食い止めるしかねえよ。敵については炎に炙られて動きが止まっているらしい。だがそんなに長くは保たねえだろうな」


「なるほど。それでは私は兵隊をさらに集めるために近くの砦に連絡しよう。聞いた話だと王国騎士団の一部隊が駐留しているらしい。彼らを呼べないか依頼してみる。彼らなら1日も経たずに来てくれるだろう」


「ああ、頼んだ。しっかし、どっちみち1日耐えなきゃなんねえってことだよな」


 モガルとヴァルデルは深い溜息をついた。これから24時間で一体どれほどの人々が命を落とすのかを考えて。ムイはそんな2人を眺めていた。

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