第135話虚偽の依頼
ゴブリンの群れとの遭遇以降、何事もなく進んでいた一行は、無事目的の村にたどり着いた。
「なんか随分寂しい村ね」
ミーシャは声を落とさずに言う。ムッとした表情を一瞬近くを歩いていた若い女性が浮かべるが、彼女らが冒険者であることに気がつくと、パッと表情を明るくして駆け寄ってきた。
「依頼を受けてくださった冒険者の方々でしょうか?」
「そうよ、あたしはミーシャ、それでこいつらはあたしのお供のハンゾーとクロウ、そしてジンよ。よろしくね!」
元気の良いミーシャに少し面食らいつつも女性は頭を下げる。
「ようこそおいでくださいました。さっそくで申し訳ありませんが、村長より詳しいお話がありますので付いてきていただけますでしょうか?」
「オッケー」
ミーシャの言葉を受けて、彼女は村長の家まで案内するために歩き始めた。ジンたちもそれに付き従う。
「ところでこの村、男達がなんだか少なくない?」
その言葉に女性は下唇を噛み締めた。
「先日現れたオーガのせいです。森で狩猟していた時に突然現れて、その時に襲われたんです。そのせいで多くの男達が負傷し、何人かはそのまま死んでしまいました」
どうやら怪我した男達は家で治療を受けており、外に出られるほど回復していないのだそうだ。そんなことを話しているうちに村長の家にたどり着く。女性とともに家の中に入って、村長のいる部屋まで案内してもらった。
「それでは私はこれで失礼します」
女性は一礼するとそのまま部屋から出て行った。仕事が残っているのだろう。何せ多くの働き手を欠いているのだ。そんな彼女を見送ったジン達に村長が早速話しかけてきた。
「この度は我々の依頼を受けていただき、誠にありがとうございます。儂の名前はヴィルドと申します」
ミーシャ達は村長に合わせて簡潔に自己紹介をする。
「それで、オーガが5体ほど出たと言うことですが」
ハンゾーがヴィルドに尋ねると神妙な顔を浮かべて彼は頷いた。
「はい、一週間ほど前のことです。突然森の中で狩に出ていた男達が襲われましてな。生きて帰った者達によると、5体のオーガがいたそうです」
「具体的にどのあたりで遭遇したとか、様子はどうだったかとか、武器は持っていたかとか、そういった情報はありますか?」
「はい、彼らから聞いた話をまとめたものですが」
そう言うと村長がハンゾーに紙を渡してきた。それを一読したハンゾーは眉間にしわを寄せると、クロウにそれを渡す。クロウも同様な表情を浮かべてジンに手渡してきた。
「法術を使った上に大剣を巧みに扱った。さらに通常個体と色が異なり、体も一回り大きいものが2体いた……か」
「ああ、確実に魔物だな。ヴィルド殿、これは少々ギルドで受けた依頼と異なっているのでは?」
ハンゾーが目を細めてヴィルドを睨む。それに怯えたのか少々声を震わせながらもヴィルドは言う。
「騙すような形になってしまい、本当に申し訳ありません。ただ悪気はなかったのです。ギルドに魔物の討伐を依頼する場合、依頼料が跳ね上がるのはご存知だと思います。しかし我々にはその金額を用意できるほどの金銭的余裕がなかったのです」
「だからと言って、こちらも命をかけているんだ。虚偽の依頼は我々も死ぬ可能性が高まる。残念だが今回の依頼は断らせていただ……」
俯くヴィルドにハンゾーは冷たく言い放とうとする……
「えー、別にいいじゃん。助けてあげようよ!」
……が、ミーシャが余計な口を挟んだ。ハンゾーが頭に手を当てる。
「あまりわがままを言わんでくれ姫様。それに交渉事はわしが行うと決めているではないか」
「だってだって、可哀想じゃん。それにじいとクロウなら魔物なんて余裕でしょ?」
当然のように言い放ったその言葉は彼らへの深い信頼からであるのだろう。村長の目に期待の色が浮かび上がってきた。
「魔物といえどもピンからキリまでおります。今回の場合は雑魚ではない可能性の方が高い。そんな場所に姫様を連れて行くことはできませぬ。それにわしらは小僧と組んでからまだ日が浅い。想定外の事態が発生した時、対応しきれない可能性もある」
しっかりと断ろうとした理由を説明するも、ミーシャには通じないことをハンゾーもクロウもジンも知っている。案の定彼女は駄々をこねだした。
「えー、困っている人は助けるのが当たり前でしょ。じいはいつだってそう言ってたじゃん。それに魔物でもオーガクラスなら今まで何回か戦ってきたじゃん」
「だから魔物はピンからキリまでいると言っているだろうが! 困っている人を助けるのは当たり前とは言ったが、それは状況によるわ! 姫様が一緒に来るならば、わしらはあなたを守るのに専念しなければならぬだろう。そうしたら命を落とす危険も高まろう!」
「別に守ってくれなくても構わないって!」
「そんなことしたらお館様に合わせる顔がなくなるだろうが! 少しは考えろ、このバカ姫が! なぜそうやっていつもいつも自分から危険の場所に行こうとするんだこの阿呆が!」
「ああ!?、バカって阿呆って言った!」
「おうさ、何度でも言ってやろうぞ!、このバカアホ姫が!」
村長の前でいつもの幼稚な喧嘩を始めた二人を放置して、クロウがハンゾーに変わってヴィルドと話し始める。
「まあ、そんなわけでこちらとしても断りたいところではありますが、お受けいたします。ただし通常より危険な分、報酬は割り増しさせていただきますが、よろしいでしょうか ?もちろんギルドで設定している価格よりは安くさせていただきますが」
「え、ええ、それは当然ですが、どれほどお支払いすればよろしいでしょうか?」
「そうですね。今の報酬の50%増しというところですかね。あと食料を分けていただけると助かります。一人大飯食らいがいまして」
本来なら魔物の討伐など一体だけでもその三倍はかかるところだ。それが二体も同時な上に、加えて三体もの通常個体がいるのだ。単純に計算しても、とてもではないがヴィルドの村では払える金額ではない。そのためクロウの提示した案は法外なほどに安い。
「そ、それでしたらなんとか! しかし本当によろしいのでしょうか?」
あまりの申し出に疑問を投げかけてきたヴィルドににこりとクロウは笑った。
「構いませんよ。我々の国の教えにね、『金は有るところからのみ搾り取れ』というものが有るんですよ」
その言葉にヴィルドは深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございます! それではどうかよろしくお願いいたします!」
クロウとジンは互いに頷き合う。そして立ち上がるとハンゾーに噛み付いているミーシャを引き剥がしにかかった。
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