第112話ジンvsジャット2

 会場では鉄と石のぶつかり合う音が歓声にかき消されていく。想定外の好ゲームに会場のテンションも高まっていた。


【おおっと!ジン選手、隠し持っていた石を投擲した!しかしジャット選手、難なくそれを回避!今度はお返しとばかりに槍を投げ返したぁ!!】


 司会者の声はジンたちには聞こえない。ただ目の前の相手にのみ集中していた。


 槍による攻撃を躱し、相手の懐に潜り込もうと接近する。だがジンの狙いは当然のことながらジャットの盾に阻まれる。懐に潜られてもジャットは反撃できるように訓練を重ねてきているのだから当然だ。しかしジャットもジャットで、すでに槍の攻撃に目が慣れてしまったらしいジンを追い込む手段に欠けていた。ジンは彼の攻撃に対して驚異的とも言える反応速度で回避するのだ。もちろんある程度は攻撃に成功するが、信じられないほどのタフさ、防御力を見せつけてくる。未だに致命傷を与えるには至らなかった。


 そんな状況はもちろん長く続くわけがない。相手の拳は一撃でジャットを倒すことができるのだから。ガリガリと彼の精神力を削っていった。もう何度目になるか分からないカウンターでジンを弾き飛ばし、槍の間合いへと戻す。


【さあ既に試合が始まって20分は過ぎようというところ!一回戦目からこんな白熱した戦いになるとは一体誰が予測していたでしょうか!】


ジャットの盾に弾き飛ばされたところでジンはバク転しながらそのまま距離をとって息を整える。両者は互いに睨み合う。


「……上げるか」


 ジンはぼそりと呟いて両手に持った短剣を地面に突き刺した。彼のその行動を訝しげに観察するジャットの前で、深呼吸をすると自身の闘気を練り上げ始める。


「はあああああ!」


 ジンの体内から溢れ出た闘気が爆風のように辺りを吹き荒らす。全身を包み込む闘気の量を言葉通り上げたのである。闘気が目に見えるほどに凝縮し、ジンの体を覆った。その力強さをジャットは肌でビリビリと感じた。


「な、なんなんだ一体?」


 ジャットは警戒の色を露わにする。ジンから放たれるプレッシャーが格段に上がったのだ。先ほどまでとは全く違う雰囲気を漂わせている。


「行くぜ、先輩」


 深く踏み込んだのを認識した瞬間、ジンの拳はすでにジャットの目の前まで接近していた。咄嗟に反応できたのは彼の今までの研鑽によるものだろう。ジンの飛び込みを盾で弾き、お返しとばかりに槍で突こうとした。だが今までの威力とは比べ物にならない。あまりの一撃に彼の盾は一瞬にして砕け散り、ジャットは吹き飛ばされた。


【ジン選手一体何をしたんだぁぁぁ!先ほどと動きが全く違うぞぉぉぉ!】


 吹き飛ばされた彼をジンはそのまま追撃する。ジャットはすぐさま起き上がろうとするが思いの外ダメージが重い。当然のことながらそれを見逃すジンではない。


「『鎌鼬』!」


 咄嗟にジャットは手を伸ばして風の斬撃を放つ。この状況ではケチケチしていられない。例え術を使ったせいで精神的な疲労が蓄積しようとも、体勢を崩している自分は今まさに格好の獲物なのだから。


 しかしジンは自分にぶつかる鎌風にも気にせずそのまま突き進む。分厚い闘気の壁に阻まれ、皮膚にかすり傷さえつかなかった。


「はあああああ!」


 だからこそジャットの選択はまさに悪手であると言えた。ジンの強化された拳がジャットに伸びる。石盾を生成する時間はない。即座に石槍を手放し、腕をクロスして耐えようとする。だがそんなもので耐え切れるほどジンの拳は温くない。その拳はそのままジャットを吹き飛ばし、彼の左腕を粉砕した。


「があああああああああ!!」


 あまりの痛みにジャットが吠えながら舞台の上を転がる。それでもジンは追撃とばかりに即座に近寄ると、ジャットの腹に向かって蹴りを放った。その強烈の蹴りはそのままジャットを場外へと弾き飛ばし、ついに勝敗が決した。


【す、凄まじい!凄まじい戦いでした!なんという体術、なんという一撃!誰がこの結果を予想したでしょうか!1年にして初出場の選手が2回戦に進出しました!ジャイアントキリング、まさにジャイアントキリングです!!!】


 声援が爆発したかのように観客席で飛び交う。ジンはようやく集中力が途切れる。周囲の歓声が耳に轟いてきた。ぐるりと観客席を見回して少々照れくさく感じた。


「勝者なんだ、もっと堂々としなさい。それが対戦相手への礼儀というものだ」


 審判がジンの横に立ってぼそりと呟く。そしてジンの右腕を掴み、持ち上げて高らかに宣言した。


「勝者、ジン・アカツキ!」


 その言葉に観客は一層声をあげた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ん〜、どう思います陛下?」


 法術師団の制服である法衣を豪快に着崩した優男、法術師団長ウィリアム・ハントが陛下と呼ぶ男こそ、この国の王であるイース・フィリアン・キールである。切れ長の瞳は眼下に移る少年をつまらなそうに見ていた。


「くぁ、退屈な試合だった」


「えっ、そうですか?結構白熱した試合だと思ったんですけど」


「白熱?あの茶髪のガキはいつでも倒せたはずだ。初めから全力を出していればな。実際闘気を練ってから一方的だっただろう?なのにチンタラチンタラくだらない試合を引き延ばしていたのだ。これを退屈と言わずになんという」


「あ〜、なるほどなるほど。確かにそういう見方もありますね。ね、サリカちゃん?あれ、サリカちゃん?」


 ウィリアムが国王を挟んで反対側に立っている近衛騎士団長のサリカに話しかけると、彼女は立ったまま目を閉じていた。耳を澄ますとかすかに寝息が聞こえてくる。


「あらら、また寝てますよ」


 呆れた声で顔をしかめるウィリアムとは対照的にイースは破顔する。相変わらずのマイペースさんだ。


「はっはっはっ、相変わらず態度に出る女だ。ウィリアム、別に構わぬ。放置しておけ。次の試合はアレキウスの息子とグルードの娘が闘うのだろう?どうせその時には目を覚ますだろう」


「はあ、サリカちゃん一応近衛なんですけどねぇ。まあ陛下がよろしいならいいんですけど」


 ウィリアムは大げさに溜息をついた。相変わらずサリカは興味のないことに対する関心が薄すぎる。試合開始前は楽しみにしていた気がするのだが。なんでもあのジンという少年に少々関心があったようだ。だがイース王と同じく試合展開がお気に召さなかったのだろう。結果、早々に寝てしまったようだ。


「サリカちゃんが面白そうって言ったんだけどなぁ」


 ウィリアムは恨めしい目を向けた。もともと彼は観戦するかどうかが義務付けられていないため、めんどくさいのでくるつもりはなかったのだ。それをサリカに叩き起こされて連れてこられたのである。


「まあ、俺は結構楽しめましたけどねぇ」


 目を細めてじっと舞台に立っている少年を眺める。お世辞にも法術は法術と呼んでいいのかと言いたくなるほどお粗末なレベルだ。だがその体術はどうだ。サリカ曰く剣術の腕前にも光るものがあるという。


「なんかアレクさんが好きそうな子だなぁ」


 頭の中に王国騎士団長であるアレキウスを思い浮かべる。使徒であるため強大な法術を行使できるくせに、どちらかといえば剣技と体術を用いることを好む変わった男だ。


「っと、そういえば次はフォルス君とシオンちゃんの試合だっけ」


 ウィリアムは舞台に再び目を向けた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「お疲れ」


「ああ」


 控え室に戻ってきたジンをシオンが近づいてきて労う。どうやら控え室にもあの『水鏡』が設置されており、その中継を見ていたらしい。


「シオン・フィル・ルグレ、フォルス・フォン・ビルスト、時間だ」


「あっ、もう行かなきゃ」


「おう、頑張れよ」


 ジンが戻ったと思うと、すぐに係員が呼びにきた。シオンはジンに軽く手を振ると係員の方へ向かう。そんな彼女を見ているとドンッと肩にぶつかってくる者がいた。当然のことながらフォルスである。


「ちっ、調子に乗ってんじゃねえぞクズがっ」


 舌打ちと捨て台詞を吐きながら、物凄い目で睨みつけてきた彼はシオンと係員の方へとズンズンと歩いていった。


「あ、あはは……」


 ジンは思わず苦笑いをする。そんな彼に他の参加者たちは同情の目を向けた。

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