第102話それぞれの三回戦2

 話は少し遡り、ルースとアルの三回戦が始まる前、ジンのいる会場ではまさにシオンの三回戦が始まろうとしていた。リングには既にシオンとカイウスが向かい合っている。


「君がカイウスか。ジンから少し話は聞いてるよ。強いんだってね」


「いやいや、買い被りだって。ぼ、俺はただの一般生徒だよ」


 向かい合うシオンの言葉に慌てたような態度をとる、カイウスはなるほど確かに不思議な相手だ。ジンから仕入れた情報だと実力を隠しているようにも見えるし、あるいは既に全力を尽くしているようにも感じられるのだそうだ。ただ漠然と強いというだけはシオンにも理解できた。


「まあ、そうなのかどうかは僕が決めるよ」


「あ、あはは、お手柔らかにお願いするよ」


 二人はリング上で距離をとって構える。


「それでは第9ブロック三回戦第一試合……始め!」


「それじゃあまずは小手調べと行こうか、『炎槍』!」


 シオンは瞬時に空中に3本の炎の槍を作り出すとカイウスに向かって発射した。


「うわわ!」


 慌てたような声を上げるカイウスではあるがその顔は涼しそうだ。シオンの術を容易く回避した。


「へぇ、今のを避けるんだ。それじゃあこれならどうかな?」


 シオンはそう言うと地面に右掌を叩きつける。


「『石狼』!」


 その声に呼び起こされるかのように、石でできたリングが盛り上がり一匹の石の狼が現れた。


「嘘でしょ!?」


 カイウスが目を丸くする。確かにゴーレムなど土法術で人形を作ることは可能である。しかし目の前にいるのは歪で無機質なものではなく、石でできている以外本物となんら変わらない狼である。


「『石命』の応用か!」


「ご名答。さあどうする?」


 『石命』とはゴーレムを創造する『岩人形』等の術の上位互換だ。ゴーレムのように、術者の命令によって動くものを作るのではなく、石そのものが術者の思考に関係なく動き回る力を与える術である。つまりカイウスの目の前にいる石狼は自立型の獣と同じである。術者によっては形が異なり、鳥や魚、犬や猫など様々である。


「行け、『石狼』!」


「くっ!」


 シオンの声に応じるように石狼が、本物と同じスピードで駆け寄ってくる。それをカイウスはなんとか躱し、あるいは持っていた剣で弾き飛ばす。ただでさえ石でできているのだ。攻撃を受けると腕が痺れてしまう。その上、下手に力を加えたら剣も折れてしまうだろう。


「ふぅん、これも回避するんだ。それなら、『風弾』!」


 石狼の攻撃を躱した瞬間にカイウスの腹部に風の弾が着弾する。


「ぐはっ!」


 肺の中に溜まっていた空気が一気に吐き出され、よろけた所に追撃とばかりに石狼のタックルが背後から彼を吹き飛ばした。


 地面をゴロゴロと転がり痛みに悶える彼に、シオンは攻撃の手を緩めない。再度『風弾』をカイウスに発射する。それを必死に起き上がって回避した彼は、痛みをこらえながらもなんとか距離をとった。


「はぁ、はぁ、え、えげつないね」


「そうかな?君だって三回戦まで勝ち抜いてきたんだ。もっと何か隠し球とかあるんじゃない?」


「うん、まあそうだね。とりあえずシオンさんの今の実力がどれくらいかを測っておきたかったんだけど、想像以上だ。どうやら僕も本気を出さなきゃいけないみたいだね」


 カイウスの言葉に少し違和感を感じるもシオンは彼の動きに集中する。何か来る。それは分かっているが発動前に止めるのは気が引けた。何より相手の必殺技というのを見て見たいという好奇心の方が優っている。


「攻撃しないのかな?」


「いいよ。見せて見なよ」


「そうかい、じゃあお言葉に甘えて。『闇世界』」


 カイウスがそう呟いた瞬間、彼を中心に黒い球体のようなものがリングを飲み込むように拡大し始めた。


「なっ!」


 シオンは謎の球体を警戒して、すぐさま距離を取ろうとリングの淵まで飛び退く。幸いなことに球が広がるスピードはそこまで早くない。可能な限り術を発動し、攻撃する。だがその全てが球体に飲み込まれた。その上厄介なことに吸収されたエネルギーを用いているのか、術を吸収するごとに、球体はその動きを加速していった。


「ちっ、なんだこれは!」


 既に眼前は黒一色に染まっている。このまま押し出されてしまうのではないか。そんなことを周囲の人間共々考えたがそうはならなかった。球体はシオンそのものを取り込んだのだ。


「きゃっ」


 小さな悲鳴を残して彼女は完全に黒球に飲み込まれた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


  シオンは何も攻撃が来ないことに警戒しつつ、恐る恐る周囲を見回してみる。そこは一片の光すら通さない、闇の空間だった。


 カイウスを中心にリングが黒い球体に覆われたため、観客からは中の様子が一切見えなくなった。それはつまりシオンたちの方も完全に閉じ込められたと言うことだ。


「な、何をした!」


 シオンは突如闇に包まれたことで警戒心を高める。どうやらカイウスは闇法術の使い手のようだ。術名的には視野を奪う『暗闇』ではない。だが彼女がかつて読んだ闇法術に関する書物にはこのような術は記載されていない。とすると一般的に知られていない術か、あるいは目の前にいるはずの少年のオリジナルか。とにかくこの場に留まらない方がいいことだけは分かる。


「『炎弾』!」


 手のひらに意識を向け、何もない空間に向けて術を放つ。しかしそれは発射されてすぐにまるで吸収でもされたかのように消え去った。


「な、何!?」


【無駄無駄。この空間において君の術は全て吸収されるんだよ】


 どこからかカイウスの声が響いてくる。シオンの感覚が鈍っているのか、どこから聞こえてくるのか見当もつかない。近くにいるのか、いないのか。自分はどこにいるのか、場外はどこなのか。何もかもが分からない。そのため動きようがない。


「なんなんだこの術は!?」


 シオンは不安に感じる心を必死に押さえつけながら、外にも届くのではないかというほどの大声で叫ぶ。


【『闇世界』は僕が作り出したオリジナル、って言いたいところだけど、昔知り合いから教えてもらった術でね。この空間内では発動した法術は全てこの空間に吸収されるのさ。そして一度でもこの世界に囚われたら僕が解除するか、君がこの空間を直接破壊しない限り、君は出ることが出来ない】


「ちっ」


 シオンは思わず舌打ちをする。こんな奥の手があったとは。確かに法術に頼った生徒ならば致命的な術になるだろう。シオンにとっても法術を使えないのは痛いが、絶望的なことではない。こんな事態も見据えて、彼女は今まで辛い武術の修行を続けて来たのだ。


「それならお前を倒せばいいんだな!」


 この術はカイウスを中心にして発動された。つまり彼はまだこのどこかにいるはずだ。それならば直接叩けばいいだけだ。目的は定まった。暗闇の中で行動するのは確かに難しい。しかし、その修練は以前行ったことがある。その時のことを思い出せば、ある程度は動くことができる。


【残念だけどそれは無理だ】


「なんだと?」


【だって僕はその空間の外にいるからね。当然だろ?それとこの空間は徐々に小さくなって行く。死にたくなかったらなるべく早く降参することをお勧めするよ】


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 リングを覆った黒い半球はシオンを取り込んだ後徐々に小さくなっていった。今ではリングの半分以下の大きさである。いつのまにかその外側に立っていたカイウスは球体に向けて何かを喋っている。どうやら中に囚われているシオンに何かを伝えているようだ。


「……の空間は徐々に小さくなって行く。死にたくなかったらなるべく早く降参することをお勧めするよ」


 ジンの耳にはそんな彼の声が届いた。ジンはそれを聞いてゾッとする。タリスマンなど関係ない。この術に囚われれば、カイウスが解除しない限り確実にシオンは押し潰されて死ぬだろう。さすがにそんなことまではしないだろうが。そう思い、彼の様子を伺うとその表情を見てジンの体は凍りついた。


 笑っているのだ。あの殺したいほどに憎い少年を彷彿させる、邪悪な笑みで。昨日話した時の様子と一変している。まるで力に溺れた子供のような無邪気さを含んだ表情を浮かべる彼を見て、ジンはすぐに理解する。目の前の男は術を解除する気は無い。それこそシオンが棄権すると言わなければ、本当に殺すだろう。


「おいシオン、棄権しろ!棄権するんだ!」


 ジンはシオンに聞こえることを願って叫んだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「うーん、どうしようかな」


 一通り試せることは試したがそれでも空間に罅一つ入れることが出来ない。カイウスの言う通り実際に空間は狭まっている。このままでは後数分で空間に押し潰されるだろう。


「タリスマンもさすがに圧迫には耐えられないよなぁ」


 あまりのんびりしている時間は無い。まあまさか本当に殺そうとするとは思わないのだが。


【……オン、棄……ろ!棄権するんだ!】


 突然彼女の耳に聞き慣れた少年の焦った声が聞こえて来た。棄権しろとは何事だとムッとする。全力を振り絞った上で負けるなら別にいい。しかしまだまだ戦えるのに敗北を認めるのは彼女のプライドが許さない。


「嫌だ!絶対に言うもんか!」


【何言ってんだバカ!いいから棄権しろって!】


 ジンのより一層緊張感に満ちた声が再度棄権を勧めてくる。それを聞いてシオンは意地でも言わない気になってくる。


「絶対に言わないもん!」


【言わないもん、じゃねえよ!」


「あーあー、聞こえない聞こえない!こんな術破るなんて簡単なんだからな!】


 そう言うとシオンは体に力を溜め始める。術が吸収されるならばそれが追いつかないほどの力で破壊すればいい。力押しというのは少々泥臭いが嫌いではない。


「はあああああああ!」


 相変わらずジンの喚き声が外から聞こえてくる。それを聞き流してさらに力を溜める。徐々に彼女の体をほの白い光が包み込み始めた。だが彼女はそれに気がつかないほどに集中していた。


「だあああああああああああ!」


 蓄えた力を一気に解き放つ。清浄な光が黒球の中を満たし、空間にヒビが入り始めた。


「な、なに!?」


 それを見てカイウスが驚きの声を上げる。この空間を破壊するのに必要な力。それは闇と対をなす力だ。つまりそれが意味することは…


 今や黒球にはそこかしこに罅が入り、今にも破壊されそうである。やがてパリンという呆気ない音とともに黒球は崩れ去り、消え去った。


「はあ、はあ、はあ、ど、どうだ!」


 見るからに疲れ果ててはいるが、シオンの目にはまだ闘志が宿っている。それを見てカイウスは手を挙げる。


「ははは、まさかこの術が破られるなんて思わなかったよ。審判、僕の負けです」


「な、なんだと?」


 シオンはその宣言に驚く。せっかく術を破ったのだ。これからもっと面白くなるはずだ。しかも相手はまだまだ余力が残っているように見える。それなのに彼は棄権すると言ったのだ。


「正直、あの術を破られたらもうぼ、俺に打つ手はないんだよ。一応は俺の使える中で最強の術だからね。それに試合始めの攻撃でどうやら骨が折れたみたいでね。立ってるのも辛いんだ」


「むう」


 もっともそうな言い訳にシオンは納得せざるを得ない。がっくりと肩を落とす彼女を横目に、審判は彼女の勝利を宣言した。


「それに面白いものも見れたしね」


 ぼそりと呟いたカイウスの声はシオンには届かなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る