第82話2日目と3日目

「皆と話したいことがあるんだ」


 全く起きようとしないルースとアルをなんとか叩き起こしてから、出発の準備を進めていた時、突然シオンがジンたちに呼びかけてきた。その顔は昨日の気負った顔と違いどことなく落ち着いていた。


「なんでしょうか?」


 アイザックがシオンに顔を向けると他の者も彼女の話を聞く姿勢をとった。


「昨日、僕は皆の意見をちゃんと聞かなかった。だからこれからどうしたいのか、皆が何を考えているのかもう少し話し合いたいんだ」


「何をと言われましても、そうですね強いて挙げるなら会敵した時に戦うべきじゃないかと言うところですかね」


「俺も俺も!正直今の感じだと森の中をピクニックしてる感じであんま面白くないし」


「私は反対かな。だって大して連携訓練なんかしてないし、お互いどんなことができるかも分かってないのにそんなことしたら危ないじゃん」


「ぼ、僕もマルシェに賛成かな」


「わ、私も」


「えー、リーナはどうなんだよ?」


「私?私は…私もマルシェに賛成。ただ正直昨日みたいに迂回し続けるのは移動距離が伸びて大変かな」


「なるほど、じゃあアルは?君はどう思う?って、立ったまま寝てる…マルシェ起こして」


「はーい、アルるん、ねえ起きて、ねえねえ」


 マルシェは彼女の肩を掴んで揺する。何度かそれを行ううちにようやく意識が覚醒したのか、億劫そうに目を開けて大きくあくびをした。


「ふぁぁぁ、んぅ、なに、なんかよう?」


「…今、これからどういう方針でいくかを話し合っているんだけど君は何か考えているか?」


「んー、面倒くなければなんでもいい」


 まだ眠いのか何度も目をこすりながら彼女はボソボソと呟いてから、ボリボリと頭を掻いたり、服の中に手を突っ込んで腹のあたりを掻いたりする。


「おお!ふぐっ」


 ひらりと見えるへそにイーサンが声を出して、目を輝かせながら熱い視線を送ったがすぐにリーナに後頭部を殴られて地面にうずくまった。


「…ルースは?」


「俺は別にどっちでも構わねえよ。隊長さんの決定に従うぜ」


 シオンはそれを聞いてからジンに目を向ける。


「俺は反対だな。俺たち以外のやつは格好的にあんまり戦うべきではないとも思う。戦っている最中に蔓や草、木の枝に引っかかれたりするのを想定すると、それで感じた痛みで一瞬でも鈍れば状況次第でどうなるかわからないからな」


「なるほど。じゃあ賛成2反対5中立2で今日も極力戦闘を避ける方針で行きたいと思う。皆もそれでいいかな」


「仕方ありませんね。それがチームの決定であるなら従いましょう」


 肩をすくめながら珍しくアイザックが殊勝なことを言う。それを少し訝しみながらもシオンはその返答に頷く。


「ちぇっ、また今日も歩きだけかー」


 イーサンはつまらなそうな顔を隠すことなくシオンに向けてくるがそれは無視する。マルシェたち女性陣とエルマーは安堵した様子だ。アルはぼーっとしているので何を考えているのかわからない。ルースはもう興味がないのか自分の荷物をまとめ出した。それに習ってジンも準備を始めだす。それから30分後、ようやく彼らは出発した。2日目は会敵する前にジンやルース、アルが相手を発見したので結局何事もなく無事に進んだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「気味悪いな」


 昨日と同様、最初の不寝番を買って出たジンは木の枝で焚き火を突きながら、今日1日のことを思い返していた。アイザックが不気味なほどにおとなしかったのだ。昨日のように暴走しなかったことはありがたいが、簡単に反省するような、あるいは他人の意見を聞くような玉ではない。何かあるのではないかと思わず疑ってしまう。


「よお」


 そんな益体のないことを考えていると後ろから昨晩同様声がかけられた。ただ昨日の人物とは違うのはその声でわかる。


「ルースか、どうした、まだ変わる時間じゃないだろ?」


「まあな、でもなんか目ぇ覚めちまってよ。少し話でもしようぜ」


「ああいいよ」


「そんじゃあ、よっと」


 ルースはジンの横に座ると、じっと日を見つめる。


「なあ今日ルースはどう思った」


「何が?」


「アイザックだよ」


「あー、気味が悪ぃな。今まで数時間おきに俺に喧嘩売るようなこと言ったり、やったりしてたのに今日はゼロだぜ?幾ら何でも不自然すぎるだろ」


「ああ、お前もそう思うか」


「おう、だから明日は注意する必要があるかも知んねえな。今日1日でフラストレーションが溜まってっかも知んねえ。それが爆発したら面倒だ」


「そうだな。しっかし本当に面倒くさい奴と隊になったもんだ」


「はっ、ちげーねぇ」


「あんまシオンに迷惑かけなきゃいいけどな。あいつ結構疲れてるみたいだし」


「…お前やっぱ隊長のこと好きなのか?」


「ん?んー、正直なところよく分かんねえ。なんつーか悪友って感じかな。好きか嫌いかって言われたら間違いなく好きだけどさ、これが恋愛感情なのかはなぁ。ただなるべく笑っていてくれたらなとは思うけどな。いっつも睨んでくるからさ」


「ふーん、俺からしたら…いや野暮なことはよすぜ」


「ああ?なんだよ、言えよ」


「いやいや、変なこと言ったらお前、シオンさんと話すのが気まずくなるかも知んねえじゃねえか」


「あー、そうか?いやそうなのかな。まあ俺の話は置いといて、お前はどうなんだよ?やっぱマルシェ狙いか?」


「はっ、はあ!?何であいつの名前が出てくるんだよ!」


「ん?違うのか?じゃあアルか?」


「ちっ、ちげぇよ!アルは幼馴染の家族、そう、できの悪い妹みたいなもんだ。で、マ、マルシェとは別に何も…」


「本当かよ?お前いっつもあいつの前で気を引こうとしてんじゃねえか」


 あえてふざけて、マルシェからつっこんでもらうのを待ったり、わざわざ他にも友人がいるのに毎度のようにジンのところまで休み時間に来たり、遊びに誘ってみたりと色々ルースがマルシェを気にかけているように感じられる点が度々見受けられる。とりわけ以前マルシェに二人でどこかに行くかと言って、断られた時の彼の顔はどう見ても、彼女にそういう感情を持っているとしか考えられない。


「……わかるか?そんなに俺、露骨かな、つーかあいつも気づいてるかな?」


「んー、まあ俺だって気づくぐらいだし、可能性はあんじゃねえか?女ってそういうのに敏感だって前に聞いたことあるし」


「そっかー、じゃあそれなのになんも無いってことは脈無しなんかなぁ」


「さぁ?そんなの流石に分かるわけねえよ。まあ、ただあいつは今アスラン先輩の追っかけみたいだし、あの人のことが好きなんじゃねえか?」


「うわ、お前それ俺の前で言うか?」


「まあ事実は早くに知ってた方がいいだろ?」


「あー、嫌だなー、野郎の嫉妬は見苦しいって分かってんだけどなー」


 ルースは天を仰ぎ見る。木々に覆われて空は見えない。


「まあでもさ、あいつもお前のことは嫌ってはいないと思うぞ。俺とかエルマーと接するよりも少しくだけた感じがする気がしなくもない」


「どっちだよ!はー、まあいいやお互いに大変だけど頑張ろうぜ」


「いやだから俺のは違うって」


「はっ、知らぬは本人ばかりなり、ってか。まあいいや、そろそろ交代しようぜ。明日が最終日なのにまだ結構距離残ってるだろ。さっさと休んで英気を蓄えとけよ」


「ああ、それじゃあおやすみ」


「おう」


 ジンがテントに戻ったのを確認するとルースは空を見上げた。やはり星は見えない。視線を火に戻し、ぼーっとしながらそれを眺め続けた。


「明日も何にもなきゃいいけどな」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「このまま進むとシルバーウルフの群れにぶつかるな」


 ジンは強化した視力で進行方向を確認していた。そこには体長5メートルはありそうな銀色の毛並みをした魔獣が10匹ほどの群れをなしていた。


「どうする?このまま迂回するか、それとも戦うか?」


 ジンはシオンの判断を待つ。彼女はしばし逡巡したのち、


「う…」


「当然戦うに決まっているじゃないですか」


 シオンの発言の前にアイザックが横入りしてきた。彼はすでに身体を闘気で多い、腰に下げていた剣を抜き放っていた。


「私たちは一応訓練のためにこの森に入ったのですよ?それなのに昨日から迂回、迂回、迂回。そればっかりじゃないですか。これじゃあなんのための訓練かわかりませんよ。そこのところどう考えているんですか、シオンさん?」


 鼻につく物言いではあるが確かに彼の言う通りである。2日目は慎重を期して遠くに魔獣を発見するたびに彼らは進路を変えて避けた。朝に相談した結果からだ。その時確かにアイザックは渋々ながら賛同した。しかしついに3日目の昼になって我慢の限界が来たらしい。


「おい、昨日皆で話して決めただろ」


「昨日は昨日、今日は今日ですよシオンさん。確かに隊員の安全は大事かもしれませんが、これじゃあ逃げて終わりじゃないですか。私はね、騎士になりたいんですよ。そのための第一歩を、逃げ続けました、なんて結果で終えたくないんですよ」


「それは…」


「皆さんもそうですよね?」


「うんうん!俺もそう思う!」


 アイザックは周囲に賛同を求める。だがイーサン以外は誰もそれに乗ってこなかった。


「ちっ、臆病者どもが!もういい、あなたが駄目だと言うのなら、私は勝手にやらせてもらいますよ」


「あっ、ちょ!」


「ごめんねー隊長、俺もそうさせてもらうわ」


 そう言ってアイザックの後をイーサンは追いかける。


「くそ!しょうがない、皆フォーメーションAで行くよ!」


 その言葉に各々返事をする。フォーメーションAとは言っても単に前衛が相手の足止めをしている間に後衛が法術で倒して行くだけだ。連携訓練ができなかった彼らに難易度の高いものなどできるはずがない。ただそれでもそれが可能なのは、近距離から遠距離までこなすことができるシオンのおかげに他ならない。あっという間にアイザックたちに追いつくと彼らはシルバーウルフの群れに襲いかかった。


 戦闘はすぐに終わった。シオンとアイザックによる中距離攻撃、マルシェ、アル、エルマー、クラン、リーナによる遠距離攻撃と補助、イーサン、ジン、ルースによる近距離攻撃であっという間に勝負は着いた。勝利に喜ぶ彼らの数キロ先で『エサ』を漁る化け物に、彼らはまだ気がついていなかった。

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