第80話演習開始
顔合わせが済むと今度は連携の訓練をすることになった。さすがにぶっつけ本番でやるのは危険なので、残りの8日間で毎日3時間ほど訓練の時間が設けられたのだ。各班が複数ある演習場に集まって様々な確認をしていく。例えばある班ではSクラスの生徒を中心に据えて他のクラスの生徒はその補助をする訓練をしたり、チームワークを重視する班は即席ではあるが連携の訓練をしたりしている。だがジンたちのチームは行き詰まっていた。
「ああああああ、もういい加減にしてくれよ!アイザックもルースもすぐに喧嘩しようとするなよ!イーサンうるさい!リーナ、そいつを黙らせろ!アルは起きろ! クランとエルマー、もっとはっきりしゃべって!頼むから本当に頼むからもうやめてくれよぉぉぉ!」
班員のうち半数以上が何かしらの問題を抱えているのだ。シオンは頭を両手で抱えながら悶える。ここ数日せっかくの時間を全て無為に過ごしてしまった。作戦を立てる時はアイザックがシオンと彼以外を囮に使う作戦を提案し、ルースが殴りかかろうとして、それを抑えるために慌ててマルシェやジンが彼を押さえ込む。それをゲラゲラと笑いながらイーサンが眺め、リーナに殴られる。我関せずと言うようにアルはいつのまにか読書をしていたり寝ていたりする。クランとエルマーはどうしようかとおろおろしている。
統率もクソもないチームにシオンは疲れていた。相変わらず睨み合いを続ける二人を見てシオンは思わず愚痴をこぼす。
「……ねえマルシェ、ジン…僕の代わりにリーダーやってくれないかな?」
「んー、代わってあげたいけどシオンくんに無理なのに私にできるわけないじゃん」
「右に同じく」
「…だよねぇ…はぁぁぁぁ」
予想通りの答えにシオンはまた大きなため息をついた。
「でもこれってあれだよね、アイザックんをどうにかすれば万事解決だよね」
「そう!本当にそうなんだよ!……今なんて?」
「ん?」
「アイザックをなんて言ったの?」
「ああ、アイザックん。どう、少し可愛くなった気がしない?」
「…それ本人に言ってみた?」
「うん、すんごい嫌そうな顔された!でも呼び続けるつもり」
「ああ、うん、頑張って…はぁぁぁぁぁ」
潜在的な問題の勃発の可能性がここにも現れてシオンは再度重いため息をついた。マルシェは妙に頑固なところがあるので、おそらく一度決めた渾名を安易に変えることをしないだろう。アイザックがマルシェに腹を立てないことを祈るしかない。
「まあ、いざとなったら俺もできる限りのフォローはするからさ、その…なんて言うか…頑張れよ」
「うん…ありがとう」
あまりに憔悴しているため普段は反抗心を向けるジンにさえ素直になっている。
「それじゃあ今日はもう解散!アイザックは残るように!」
未だにアイザックを睨み続けているルースとそれを不快そうに見下しているアイザック、リーナにどつかれているイーサンを横目にシオンが半ば投げやりに叫んだ。その後アイザックに必死になって毎日のように説得を続けたが、彼の凝り固まった頭を緩めることは叶わなかった。結局当日まで大した訓練をすることはできず、彼女の班だけが多くの不安要素を抱えたまま演習に望むこととなった。
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「えー、それじゃあ各班所定の位置について指示があり次第、一斉に探索を開始してください。一応2週間ほど前に森の中を確認して危険度の高い魔獣は発見できませんでしたが、それでも油断しないように。毎年多くの生徒が油断から大怪我を負うことがあります。もしそうなってもこちらは対応できないので、各自で対処するように。それから…」
アルトが生徒たちの前で演習における注意事項を述べていく。それが終わると早速演習は始まるのだがシオンは不安で仕方がなかった。なぜなら自分とジン、ルース、アル以外は通常装備だったからだ。
「なんで君たち森の中に入るのに、そんな歩きにくそうな靴を履いて、すぐに破れそうな服を着ているんだよ!」
「何か問題でもあるんでしょうか?あいにくシオンさんには失礼ですが、私はそのような野暮ったい服は持っていません」
「むしろなんでそっちはそんな暑苦しい格好をしてるわけ?どう見てもそのズボンは蒸れるでしょ」
アイザックに続き、イーサンも尋ねてくる。
「…君たち、ちなみに森の中で訓練あるいは散策とかしたことある?」
「いえ」
「…僕もないけどさぁ、普通に考えて森の中でそんな格好してたら走りにくいし、草とか木に引っかかるから破れやすい服なんか着ちゃダメでしょ」
「あー、なるほどなるほど」
「で、でもどうすればいいんでしょうか?もう開始しちゃいますよね?」
クランが不安そうな顔でシオンを見てくるが彼女は疲れた顔を浮かべながら首を振った。
「……諦めるしかないね」
「昨日シオンさんが言ってくれていたら私も用意できたんですけどね」
「僕!?僕が悪いの!?」
アイザックの言葉にシオンは思わず叫ぶ。
「はぁ、もういいよ。とりあえずみんな怪我しないように気をつけていこう」
肩を落としながらシオンは歩き出し、それにジンたちも付き従った。
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シオンたちは森の中を隊列を組んで歩いていた。
「うわぁ、歩きにくい」
「く、草が服に引っかかるね」
イーサンとエルマーが愚痴をこぼす。先ほどから木の根や落ち葉に足を取られ、傾斜のあるところでは転びそうになり、草がズボンの裾からチクチクと足首にダメージを与えてくるのだ。
シオンはそれを無視して歩き続ける。いちいちそんなところまで面倒を見ることはできない。右後方から聞こえる声を聞き流し、一番後ろを歩いている二人の会話に聞き耳を立ててみる。
「…それにしてもジン、なんでお前今日は鉈と短剣なんだ?いつもは長剣使ってるだろ?」
「森の中だと木が邪魔になったりするからこっちの方が便利なんだよ。それに邪魔くさい枝があれば鉈で簡単に切れるからな。そう言うルースこそ剣以外になんで弓なんか持ってきてるんだ?」
「あ?俺の家は猟師だったからな。道場で剣を習ってたけど、たまに山に入るから弓とかも習ったんだよ。で、まあ森の中で火法術を使うわけには行かねえからな、弓持ってきたんだよ」
「あー、なるほど」
そんな二人の会話にシオンの精神が安らぐ。自分たちで考えて行動するというのは基本的なことだが、お手本のような二人だ。それに普段無気力なアルも森の中では意識を切り替えているのか、先ほどから周囲をきちんと警戒している。
「……なあ、アルも家が猟師なのか?随分雰囲気が違うけど」
「ええ、そいつの家と同じくね」
「だから言っただろ?役に立つって。それにこいつはこう見えて弓の扱いはすげえからな。飯には多分困らないぜ」
「ああ、そんなこと言ってたな」
後ろにいる3人と他の面々との経験値の差が激しい。彼らに後ろについてもらっているのは体力に自信のないエルマーたちを手助けするためだったが、場合によっては前に来てもらって前方の警戒をしてもらう方がいいかもしれない。
3人の中で誰に来てもらうかを考える。ルースはアイザックと距離を離すという意味でも後ろにおいた方がいいだろう。アルは適任かもしれないがそもそも武器が弓だ。消去法的にジンに来てもらうべきかもしれないが、名指しで指名するとマルシェがいちいち勘ぐってうるさい。そんなことを考えているうちに開けた場所に出たのでシオンは一旦休憩を取ることにした。案の定慣れない足場に、後ろの3人以外は想像以上に疲れているようだ。予定していた速度で進めていないため、まだ大分ゴールまで距離があるのだが。
「このペースだと正直3日ではゴールできない。少し歩く速度を上げたいんだけど皆大丈夫かな?」
「私は別に構いませんよ」
「俺たちもまだ今んところは大丈夫!」
「私も問題ないよ!」
「ぼ、僕もまだ歩けます」
「わ、私も!」
「おう、全然余裕だぜ」
「別にいいよー、だるいけどね」
「わかった。じゃあもう少ししたら出発しよう。それでジンかアルは前に出て来て先導役をお願いできないかな?僕も森は初めてだからあまり感覚がつかめなくて」
「私弓だからパス」
シオンの言葉に即座にアルは返答する。
「じゃあ消去法的に俺か」
「ジンはその…大丈夫なのかな?こういうの」
「まあ俺は一応斥候とかの技術訓練はやってある。それにこの隊で多分一番瞬発力があるのは俺だろ?」
「そうだね、じゃあよろしく頼むよ」
それから少ししてジンたちは休憩を終えて歩き出した。今度はジンを先頭にして。
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一時間後、ジンは200メートル程前方にゴブリンの群れを発見し、それを素早く他の者に伝えた。
「ゴブリンかよ、余裕だろそんなん」
イーサンが軽視した発言をする。その言葉にジンは驚いた。ゴブリンであっても舐めてかかれば怪我では済まない。事実子供の頃ではあるが彼はゴブリンに殺されかけているのだ。
「な…」
「油断するなバカ!お前は魔獣と、しかも森の中で戦ったことがあるのか?」
ジンが言うよりも前にシオンがイーサンを叱る。
「いや、ねえけど…でもゴブリンだろ、あのクッソ弱い」
「どんな相手だろうと絶対はないんだ!まだ組んだばかり部隊で、しかもそれぞれの戦闘経験が豊富なわけでもない。それに森っていう今までに体験したことがない戦場なんだ。気づかないうちに後ろに回られて奇襲を受けたらどうする?罠が張ってあったらどうする?僕らはそれに対応するための技術がまだ完全じゃないんだ。油断すれば死ぬ可能性だってあるんだぞ!」
「わ、悪かった、悪かったよ。隊長の言う通りだ、気をつけるよ!」
イーサンは渋々とシオンの言葉を受け入れた。ジンはシオンの態度に感心していた。彼女は単なる能力が高いだけの少女ではなく、実戦的な物事の考え方をしているのだ。彼女の背景を考えるに、ジンのような殺伐とした幼少期は過ごしていないはずだ。それならばきっと彼女の言は、彼女の優秀さからあふれ出たものなのだろう。だがその言葉を全く理解していない者がいた。
「何を気にしているのかわかりませんが、あの程度の雑魚はさっさと殺してしまえばいいじゃないですか」
アイザックはそう言って隊列から離れてゴブリンたちの元へと向かった。
「あ、バカ!やめろ!」
シオンの声を一切無視して彼は群れに近づくと風法術と腰から抜いた細剣を駆使して10匹はいたゴブリンたちを瞬殺した。
「ほら、あんな雑魚にいちいち警戒する必要はありませんよ」
髪の毛をかきあげ、余裕綽々な体で隊列に戻って来た。その頬をシオンは思いっきり叩いた。
「いい加減にしろ!君は班員を危険に晒す気か!」
「はぁ?何を言いたいのか理解できませんね?なぜ私の行動が他の奴らの危険につながるので?むしろ危険を排除したのだから褒めてもらいたいくらいですよ」
心底不思議そうな顔をするアイザックに、シオンは苛立ちを隠せなくなる。
「もし仮にあいつらの仲間が他に隠れていたら?それを他のゴブリンに伝えたら?そいつらが僕たちを標的にしたら?こんな環境でどうやって戦うんだ!」
「わかりませんね。その時はまた殺せばいいだけの話でしょう?それにそんな話は聞いたことがありませんよ。非現実的な仮定は無意味です」
「だからなんでも確実なことはないんだぞ!予測し得ない状況になった時に君はどうするつもりなんだ!」
「その時はその時ですよ。それこそ皆で力を合わせればいいじゃないですか」
まるで舞台役者か何かのように、大げさに両手を広げる。
「っ、君は!」
シオンがアイザックに手を伸ばそうとする。ここまでチームが崩れているのは偏にアイザックの言動が原因だ。今更チームワークを主張するなど許せるはずがない。
「それくらいにしておけって」
だがジンがシオンの前に手を出してそれを止める。彼女はそれを予期していなかったのか、少し驚いたのちにジンを睨む。
「なんで止めるんだ!」
「まだ始まって数時間しか経ってないのに、こんなところで喧嘩してたらゴールになんか着けねえよ。それに確かにアイザックが言うように警戒しすぎるのは返って行動が制限されちまう」
「ほう、クズのくせになかなかわかっているじゃないか」
ジンはその言葉を聞き流す。いちいちそれに引っかかってしまえば、それだけ不快感が増すだけだ。シオンも彼のそんな様子を見て大きく深呼吸する。
「すぅぅぅぅ…はぁぁぁぁ…わかった。それじゃあ先に進もう」
その言葉にアイザックは勝利したと言うかのような優越感を顔に浮かべた。それを見ない振りをしてシオンは歩き始めようとした時、ふとシオンがルースの様子が気になった。いつもの彼ならすでにアイザックの胸ぐらを掴んでいるはずだ。後方を見てみると、彼は、おそらくアルが作った土の檻に閉じ込められており、そこから抜け出ようと踠いていた。
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