第2話 能力検証
「ガンツさん。あなたのスキル、一度試してみませんか?」
俺の言葉に、ガンツさんの眉がピクリと動く。
「試すっておめぇ…… 俺は師匠の様に、その無我の境地なんてもんには至れねぇぞ?」
「いえ、そこまで至らなくても、もしかしたらスキルが使えるかもしれないんです。まだはっきりとは断言できませんが……」
俺の【特性】には、
俺がそう伝えると、彼はしばらく悩んだ後、バンッと膝を叩いて顔を上げる。
「よし、いいだろう。俺も師匠が言っていたことが本当なのか試してみてぇ。やってやろうじゃねぇか!」
ふんすと気合を入れるガンツさん。
よかった、これで取り敢えず色々と検証が出来そうだ。
「んで? 先ずは何から始めりゃいいんだ?」
「そうですね…… まずはガンツさんとパーティー? を組みたいんですが…… どういう意味だか分かります?」
「ああ、それなら問題ねぇ。こうやって互いに手を直接握って、パーティーを組みたいって念じれば勝手にパーティーとして繋がりが出来る」
言われた通り、彼と握手を交わしてパーティーになりたいと念じてみる。
するとその瞬間、彼と何かが繋がった感覚が生じた。
なるほど、これがパーティー登録か。
「へぇ、えらく簡単なんですね」
「まぁな。こうしておきゃ、魔物との戦闘で味方に攻撃しちまってもそいつのLPが減らねぇんだ。それ以外にも、経験値の共有やら色々と便利だぞ? まぁレアリティによってパーティーを組める相手の数に制限はあるがな」
「へ、へぇ~……」
「おめぇ……わかってねぇな?」
「……すいません」
また色々と知らない単語が出てきたので、ガンツさんに改めてこの世界の仕組みについて解説をしてもらう。
先ずこの世界において、LPというのはかなり便利な物らしい。敵からの攻撃を緩和や受けた傷の回復などをLPを消費することで行ってくれて、これが残っている内はまず死ぬことは無いとのこと。
病気や疲労何かにも効果はあるそうなので、これがある無しではその人の生命力に大きな差が出るんだそうだ。
そしてパーティーを予め組んでおけば、不思議なことにパーティーメンバーに攻撃しても相手のLPが減ることは無いらしい。一度試しに彼を殴らせてもらったが、まるで硬い鉄の塊を殴っているようにびくともせず、かといって俺の拳が痛むでも無く、とても不思議な感覚が生じた。
LPは食事と睡眠により微量ではあるが回復する。またこの世界に点在する聖域と呼ばれる場所に滞在することで、その回復速度を速めることが出来るそうだ。
そうなると当然、聖域には人が寄り集まり街が作られる。ここファイスの街もそのほとんどが聖域に該当しているらしい。
そんな便利なLPだが、当然これも万能ではない。
先ずLPで緩和できるダメージには限界が存在する。これには自分のDF値も関係しているらしく、DF値が小さいほどLPの強度も弱くなる。そして敵から受けるダメージ量がLPでカバーできる量を上回れば、緩和しきれなかったダメージは身体に直接受けることになってしまうのだ。
受けた傷はLPを消費してすぐに治癒されるが、当然痛みや苦痛は感じてしまうらしい。そしてLPで賄いきれない量の負傷を負えば、LPが枯渇しその傷はそのまま残ってしまうようだ。
LPは、少しでも残存していれば聖域ですぐに回復が可能だ。しかし一度枯渇してしまうと、その人がある程度正常な状態に戻らない限り、LPの回復は生じないそうだ。
「じゃあ、病気なんかで一度LPが枯渇してしまうと……」
「ああ、その病気が治らねぇ限りはLPが回復することもねぇ訳だ。この街みてぇに大きな聖域の中心近くにいればLPの回復速度も速ぇから、例え病気になったとしてもLPが枯渇するなんてことはねぇ。ただそういう場所には大概でっけぇ内壁が建てられて、その入場を制限している。入るにはそれなりの税が必要になるんだ」
「なるほど……」
この世界では、その入場税が医療費の代わりになっているのか。
「じゃぁそれを支払えない人たちは……」
「そのままおっちんじまう奴も多いだろうな。それどころか、周りに移さねぇように街の外に追放されちまうことも少なくねぇ。やるせねぇ話だがな」
そう言って苦い顔をするガンツさん。
やるせないと思ってはいても、何もしてやれないと分かっているのだろう。
ガンツさんが住むここは街を三つに区分した最外部、外層区に位置している。
彼はそれなりに稼いでいるのか自分が病気になった時の蓄え位は十分あるみたいだが、それを他人に施していてはきりが無い。
病気は傷に比べてLP消費量が大きく、治癒する速度にも時間がかかるそうだ。
病気になったからと言ってすぐにLPが枯渇する訳ではないが、それでも悠長にしていればあっという間に枯渇してしまう。
聖域やLPの存在があるせいで、この世界の医療レベルは恐らく低い。
またLPでちょっとした病気もすぐ治ってしまうので、もしかしたら免疫機能もかなり衰えてしまっているのだろう。
この世界で病気に依るLP枯渇は、正に死を意味しているのだ。
「それに、LPが枯渇するのは何も病気になった時だけじゃねぇ。魔物討伐を生業にする奴らも、ダメージを受け過ぎればあっという間にLPが枯渇しちまう」
「それはまぁ、そうでしょうね」
「ああ。だが奴らは魔物を倒して経験値を得ることで、身体が少しづつ強化されていくんだ。だから傷の治りなんかも普通より早えぇけどな」
「なるほど」
経験値というのは魔物を倒した際に生じるパワーの源の様な物で、これを積み重ねることでステータスが少しずつ上がっていくんだそうだ。
どれくらい倒せばいくら上がる等という具体的な数値は分からないが、それなりの数を相手にしないと駄目なのは確からしい
またパーティーを組んでいれば、その経験値がパーティー間で均等に割り振られるそうだ。ただ倒した魔物から距離が離れれば離れる程その割合が減少するらしく、一人だけ安全な場所で待機して他の人に魔物を倒してもらう、所謂パワーレベリングを行ってもあまり意味はないらしい。
パーティーを組める数には制限があり、Nなら四人、Rなら六人、SRなら一〇人、SSRなら五〇人、LRなら一〇〇人とどんどん多くなっていくそうだ。
先ほど言ったパワーレベリングも、SSRやLRレベルになれば、意味を為してくるみたいだな。
「なるほど、レアリティってかなり重要なんですね……」
「いや、そうでもねぇ。確かにレアリティが高ければ多少便利ではあるが、その分ステータスの上りが遅いらしいんだ。強さに直結しているのは飽くまでステータス評価だ、って一般的には言われているからな。実際俺もおめぇさんの言う、覚醒やらスキルやらの話を聞くまでは、そういうもんだと信じてたしなぁ…… 全く、とんでもねぇ情報を知っちまったぜ」
「あはははは……」
呆れた顔でそういうガンツさんに、誤魔化す様にして笑って返す。
今回検証するに当たり、俺は自分の能力についてガンツさんに公開した。
色々と隠しながら相談するには無理があったし、何より後ろめたさが残ってしまうしな。
彼も初めは驚いていたが、何か心当たりでもあったのか、取り敢えずは納得して聞いてくれている。
「だがおめぇさん、外で自分がLRだってことは迂闊に話すんじゃねぇぞ? 一般的にLRってぇのは良くは思われてねぇからよ」
「……そうなんですか? 確かにステータスの上りは遅いかもしれないですけど、そこまで言われるほどじゃないんじゃ……」
「ああ、それだけならそうなんだが…… LRの奴は病気になった際、LPの減りが普通より早いんだ。それに聖域の外に出ればあっと言う間にLPが枯渇しちまうから、外では生きていけねぇって言われてる。おそらくおめぇさんの言う、覚醒状態ってのが原因だろう」
彼の言葉に、俺は自分のカードの説明をもう一度眺める。
――――――――――――――――――――――――――
F・S・Lスキル解放
常時覚醒状態(LP消費速度上昇)
――――――――――――――――――――――――――
確かに、この常時覚醒状態によるLP消費速度の上昇が原因なのだろう。
そのせいで、聖域の外だとLPの消費速度が回復量を上回ってしまい、何もしていなくても枯渇してしまうということか。
「それもあってか、LRの奴を無能や加護無しなんて呼ぶやつすらいるくらいだ。まぁ中にはすげぇ才能を発揮する奴もいるらしいが、それも街ん中だけの話だな。だから一般的には、LRの奴は一段低く見られがちだ」
「なるほど……」
恐らくその才能というのは、【特性】のことを指しているのだろう。
レアリティが高いほど、【特性】の効果も高くなるだろうからな。
しかしそれも、聖域の中だけでしか発揮できない訳か。
「ま、その風潮もこのスキルやら覚醒やらの情報が広まれば、状況は変わるかもしれねぇ。だが、内容が内容だけに、迂闊には広められねぇわな」
「まぁ……そうですね」
こんな情報が無作為に広まってしまえば、混乱は必至だ。
そんな元凶になる覚悟は、俺にはまだない。
「……そう言えば、このレアリティの項目に書かれている【キャパシティの拡張】って言うのは、やっぱりパーティーメンバーの上限の事を指しているんでしょうか?」
俺は話を変えるように、気になっていた項目をガンツさんに尋ねる。
「ああ、それもあるだろう。だがそれだけじゃなく、魔硬貨を収納できる上限の事も指しているんじゃねぇか?」
「魔硬貨を収納、ですか?」
彼曰く、魔硬貨とはこの世界で使われている通貨の事で、魔物を倒した際にドロップするお金の事を指すらしい。
魔硬貨には鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、大金貨、白金貨などが存在し、鉄貨一枚で一〇
宿で一泊するのに大体数千G掛かるらしいので、おおよそ日本円と同じ価値と理解しておけばいいだろう。
魔硬貨は普通に持ち運ぶ以外にも、LPを介して自分の中に収納することが出来るらしい。一度ガンツさんから銀貨を借りて試させてもらったが、魔硬貨を手に取り収納したいと念じるだけで、硬貨が光の粒子となって自分の中に消えてしまった。
消えた魔硬貨は再び取り出したいと念じれば手元に出現し、当然無くなることは無い。そして再び収納し、いくら収納されているのか確認したいと少し念じれば、千Gとすぐに理解出来るようになっていた。便利過ぎるな、魔硬貨。
しかしこれにもレアリティによって上限が決まっているらしく、Nで一〇枚、Rで一〇〇枚と一〇倍ずつ増えていくみたいだ。俺の場合は一〇万枚収納出来るようなので、特に上限を気にする必要はないだろう。
さて、色々と気になることも聞けたところで、早速スキルの実験にとり掛かろう。
俺はもう一度確認の為に、カードに記載された関係個所に目を通す。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
特性
≪カード作成:対象を指定し、その
フィールド展開:
フィールド展開中、自身のLPを除く全能力がⅡ低下
カードセット:フィールド展開中、
アビリティ
≪フィールドにセットした自分を除くPMの行動選択を行う
強化:AT・DF・SPの何れかを一〇分間Ⅰ上昇
回復:LPをⅠ回復
スキル:対象を一時的に覚醒状態にし、スキルを発動待機状態にする≫
――――――――――――――――――――――――――――――――――
相手のスキルを発動させるためには、先ずCカードを作製し、その人とパーティーを組む。そしてフィールドを展開しコマンド選択でスキルを選択すればいいようだ。
パーティーを組むところまでは出来たので、次はフィールドの展開だな。
Cカードを作成した時同様、俺は「フィールド展開」と発声してみる。
すると再びキラキラとしたエフェクトが生じ、目の前にポスター大の半透明なホログラムが出現した。
ホログラムの背景にはこの鍛冶場がデフォルメ化されて描かれており、フィールドの下半分にはキャラクターカードをセットする場所と思われる四角い枠がいくつか置かれていた。なんというか、ソシャゲでよく見るのTCGのステージの様な構造だ。
フィールドが展開されると、突然俺の身体から力が抜けるのを感じる。恐らく『フィールド展開中自身のLPを除く全能力がⅡ低下』という特性が発動したのだろう。そして手元にあった俺とガンツさんのカードも、自動的にその四角い枠へと移動していった。
「ガンツさん、これ、見えます?」
「……いや、急に俺のカードが消えた事しか分からねぇ」
「なるほど……」
どうやらこのフィールドは、俺にしか見えていないらしい。まぁこんな大きい物が人目に付けばかなり目立ってしまうだろうから、取り敢えずは安心だ。
四角い枠の中には、一つだけリーダー枠というものが用意されており、セットしたCカードの内一枚をそこに移動できるようになっていた。
俺は試しにと自分のカードをそこに移動させる。すると――
「うおぉっ」
「なんだぁ、こりゃぁ……」
突然俺とガンツさんの身体に異変が起きた。
俺は慌ててフィールドの方へと視線を移す。するとそこには、
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
≪対象:同フィールドにセットされた全Cカード
効果:全能力をⅡ上昇
LP全損に対し自動的に全回復(
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
という文字がでかでかと書かれていた。
恐らくこの効果により、俺とガンツさんの能力がⅡ段階上昇し、身体に変化が起こったのだろう。
「ガンツさん、今能力が二段階上昇している状態みたいなんですが…… この状態で鍛冶とかって出来そうですか?」
「……いや、無理だな。力加減になれねぇと逆に物をダメにしちまう。しかし二段階っておめぇ、ほんとに滅茶苦茶だなぁおい」
呆れるガンツさん。
確かに、俺はプラマイ零の状態なので然程違和感は感じないが、純粋に二段階強化されたガンツさんの変化は著しいだろう。
俺は一度リーダーを解除して、今度はガンツさんの物に変えてみる。すると『ドワーフを対象にATを二段階上昇』という効果に変化した。俺の物に比べてかなり限局された効果だ。恐らくこれも、レアリティの差なのかもしれないな。
リーダー効果の確認も終わったところで、今度こそガンツさんのスキルの発動を試してみる。すると身体から何かが抜け、ガンツさんの身体が薄っすらと赤く発光し始めた。
おそらくこれが、スキルの待機状態なのだろう。しかし抜けていったものは何だろう、と考えて、『CT:銀貨一枚』という文字に目がいく。慌てて先ほどガンツさんから借りていた銀貨の所在を確認するが、どうやらスキルの発動に消費されてしまったようだ。
そのことを彼に伝えると笑って許してくれたので事無きを得たが、少し焦ってしまった。
準備が整ったことで、鍛冶の支度を始めるガンツさん。
そしてハンマーを握ると、それを一心不乱に降り始めた。
数時間後。
鍛冶を行うガンツさんの横で、ただボーっと彼を眺める俺。
始めはファンタジーな光景に少し感動していたが、流石にそろそろ飽きて来てしまった。
俺はフィールドを眺めながら、今後の事について考える。
どうやらこの世界には魔法の様なファンタジー要素の他に、このカードに書かれているスキルという力が存在している。
この力は一般的には知られていないが、ガンツさんの師匠の様に、自力で覚醒に至っている人もいるようだ。
しかし恐らくその人たちも、頻用できている訳では無いと思われる。
だがガンツさんでの実験の結果、俺の能力を使って発動させれば、自分の意志でスキルを意のままに操れるようだ。
この事が知られれば、俺は色んな人からこれを狙われる様になるだろう。
――能力を一切使わず、目立たず平穏な生活を送る?
いいや無いな。これは俺のアドバンテージになる力だ。
この身寄りも後ろ盾も無い世界で生きていくうえで、唯一の武器と言えるだろう。
それに能力を使わなかったからと言って、俺の安全が確保されるわけではない。
であれば、この力を上手く利用して安全を確保するべきだろう。
――キャラクターカードの事を広く公表して、誰でも自分の力が把握出来るようにする?
これは考慮の余地がありそうだ。
キャラクターカードは、手元さえ隠してしまえば相手にバレずに簡単に作りだすことが出来る。そしてこれらの力をこちらの身元がばれないように相手に教えてやれば、その相手は自分の本来の力を引き出そうと躍起になるだろう。そうなれば俺の特異な力も皆に紛れて、狙われる可能性も少しは軽減されるかもしれない。
だが情報の出元はいづれバレる日が来るだろう。そうなれば逆に、この力を独占しようとする輩も現れるかもしれない。そしてもし俺が自由にスキルの力を引き出せると分かれば…… 考えるだけでも恐ろしいな。
もし公表するのだとしても、簡単に手出しが出来ないだけの地位か後ろ盾が必要になるだろう。
――秘密を秘匿しつつ、自分の為だけに利用する?
これが今のところは妥当だろう。
俺のスキルやリーダー効果を見るに、俺は完全にバッファー兼ヒーラータイプのようだ。
であれば、先ずは信頼出来る仲間が必要になる。
信頼出来る仲間など簡単には見つからないかもしれないが、このカードを利用すれば上手くやれる可能性も有るかもしれない。
その辺りについてはまた情報収集が必要か。あとでガンツさんに聞いてみよう。
それからしばらくして、ガンツさんの作業も終了した様だ。
手元には一本のショートソードが完成している。俺に剣の良し悪しなどは分からないが、素人目から見ても凄そうだと分かるレベルだ。
「出来たぜ……こりゃたまげたなぁ。然程時間は掛けてねぇって言うのに、今まで作ったどの剣よりもいい出来だ。全く嫌になっちまうぜ」
そう言って苦笑しつつも、自分の作ったショートソードを眺めるガンツさん。
確かにスキルで簡単に品質が上がってしまったのだから、やるせない気持ちになるのも分かる。が、これも確かに彼の力だ。誇っていいんじゃなかろうか。
「まあまあ。元々ガンツさんに実力があったからこそ出来た事じゃ無いですか。あ、LPがかなり減ってますね。銀貨一枚もらえれば回復しますけど、どうします?」
フィールドに視線を戻すと、ガンツさんのカードの上のLPと書かれたバーが半分以下にまで減少していた。恐らく鍛冶とスキルを併用したことで、一気にLPが減少したのだろう。
「あー……まだまだやりてぇこともあるし、回復頼んでもいいか? ほれ、多めに持っとけ」
「毎度。では――回復×三!」
俺がスキルを使用すると、見る見るうちにガンツさんのLPが回復していく。
聞けば、自分のLPが半分以下になると、何となく自分でも不味いなと感覚で分かるようにはなるらしい。そしてそこから減れば減るほど、その感覚は強くなっていくそうだ。
LPが全回復し、心なしがすっきりした表情のガンツさん。
「しっかし、これもまたとんでもねぇスキルだなぁ。LPを即座に回復出来るなんて、教会のどっかの街にいるっていう聖女様くらいだぞ?」
「まじすか」
俺、聖女様にはなりたくないぞ。
とりあえず、この力も人前ではあまり使わないようにしておこう。
あと、この諸々の力についても口止めしておかないと。
「あと、申し訳ないんですが、俺の能力については黙っておいてもらえませんか? これを公表するかどうするかはまだ決めかねてるんですが、しばらくは秘匿したくて……」
「まぁ……そりゃそうだろうなぁ。こんな便利な力が知られた日にゃぁ、有象無象が押し寄せてくるだろう。よし分かった! 俺もおめぇさんに自分のスキルを教えてもらった恩がある。この鍛冶師の右腕に賭けて、秘密を守ると誓おうじゃねぇか!」
そう言って、右腕に力を漲らせるガンツさん。
これはあれか、鍛冶師の誇りに賭けてってやつか。
「ありがとうございます。少し肩の荷が下りました」
まだ完全に信用出来た訳ではないが、多分大丈夫だろう。
ここで変に疑って、気を悪くさせる方が恐い。
「おうよ、心配すんな。それよかおめぇさん、これからどうするつもりなんだ? なんか当ては……まぁねぇだろうなぁ。金は持ってんのか?」
「いえ……情けながら一文無しみたいです」
「んなこったろうと思ったぜ。取り敢えずおめぇさんのその服を担保に、俺が金を貸してやる。代わりの服は鎧下を適当に見繕ってやるから、それでどうにか働き口を探してみろ。つっても、身元の怪しい奴を雇ってくれるところなんて早々ねぇだろう。なんでまぁ取り敢えずは冒険者ギルドに行ってみるんだな。あそこなら身元不明の奴でも、金さえ払えば取り敢えずは身分を保証してくれるだろうからよ」
「はぁ、何と言うか……何から何までありがとうございます」
冒険者、冒険者かぁ……。
聞けば冒険者とは、魔物を討伐して金銭を得ることで生計を立てている者たちのことを指すらしい。彼らは冒険者ギルドという組合に登録していて、そのギルドを通して依頼やらなんやらを熟しているそうだ。
今の俺は確かに身元不明の浮浪者だ。そんな俺が就ける仕事はそれくらいしか無いんだそうな。
ガンツさんの所でお世話になりたい、という言葉を口にしようとして、やめた。
ここまで良くしてくれたんだ。これ以上無理を言ってはいけないだろう。
俺はガンツさんから金貨と服を受け取り、着ていたスーツを彼に渡す。
彼から受け取った額は全部で五〇万
ただのスーツに五〇万円はもらい過ぎなのでは? と思ったが、
「何言ってんだバカ野郎。こんな仕立ての良い服、普通に買ったら最低でもその倍はするわ。これは担保として預かっておくだけだから、稼ぎが安定したらちゃんと取りにくるんだぞ?」
と言い返されてしまった。
どうやら俺が返済しにくることを見越して、安く値段を設定してくれていたようだ。
「あと、これも持ってけ。餞別だ」
そう言って手渡されたのは、先ほど打ち終わったばかりのショートソード。
既に鞘に納められており、剣帯用のベルトも一緒だ。
「……ありがとうございます。大切に使わせていただきますね」
餞別だと言って渡してくれるのだ。ここで断るのは逆に失礼だろう。
急に訳の分からない世界に飛ばされて混乱していたが、最初に出会った存在が彼で良かったと心から感じた。
「じゃぁ、行ってきます。いただいたお金は、必ず返しに来ますんで!」
「おう、頑張れよトール。期待せずに待ってるからよ!」
彼に背中を叩かれながら、大通りへと足を進める。
まだまだ不安は残っているが、取り敢えず出来ることをやってみるとしようか。
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