第4話 妻の外泊。

 かれこれ半年を超える入院生活で、妻ユリ子はしきりと自宅に帰りたがる。

 それは止むを得ないと思う。同室の患者同士、話し相手にもならず、一部の看護師とは反りが合わず、潜在的に反抗の気持ちが生じるようだ、中には同じ高校の出身者が居て、それは彼女にとっての話し相手の一人として、安らぎでも有ったが、看護師の仕事柄、そう年中話し相手をするような時間も無かろう。


結局、一人、ベッドに横臥していれば、刺激も無く、頭の中は幻覚と幻聴で譫妄状態に陥り、有らぬことを口走ったりすると同時に、普通でない行動を起こす。


その為に、反りの合わぬ看護師と衝突するようだ。


そんな状態の妻が哀れで、思い切って、一日二日の外泊の許可を再度申請することにする、昨年暮れに、正月三が日を自宅でと予定していたが、躁状態にあったので、医師からも懸念を伝えられ中止をしたが、今度は、当人に、十分、外泊する意味を納得させ、試みるつもりだ。


3月5日~7日、の2泊3日の外泊許可を得て、午前10時前に病院へ出向き、妻ユリ子を自宅へ連れ帰る。


途中、私が運転する車内で、何らかの困る行動があるかと心配も有ったが、彼女は終始落ち着いていた。


帰宅後も落ち着いて、以前のように新聞等に目を通し、唯、驚いたのは、食欲が以前より旺盛になった事で、昼食後、更に食パンを一切れ、トーストして食べ、一応健常な私より、多い量を腹に収めた。


入院中、病院の夕食が、恐らくは従業員の勤務時間の関係からか、午後5時前に夕食を済ませ、量も少なめなので、空腹を抱えて寐ることも多いと訴えていた。

私との二人の食事中も、犬猫が、自分の食い分を撮られないように、食器を囲い込むような行動が私を驚かせた。


翌日の午後、教会の牧師が見舞いに訪れ、前回、病院に見舞いに行った時より、顔つきと言動が変わり、回復したのではと言う様な言葉で、当人も非常に機嫌よくなり、二人の姉妹とは、電話で話し合って、更に自信を持ったようだった。


娘も訪れて、妻ユリ子は、非常に機嫌が良かったが、翌日、再度、病院へ帰院することを拒否したがり、見舞いの牧師の言葉や、電話での会話などからの自信で、もう、退院の許可を得た様な気分に満たされ、翌日、帰院することを強く拒否し、娘とも言い争う始末であった。


翌、3月7日、世の中のルールについて、また今後の事も含めて、良く納得するように話し、どうやら、このまま退院と言うことをあきらめ、帰院することを納得し、自分から、身辺の整理をし、何やら不要な書類やら、ハガキやら通知やらを破棄し、朝から、帰院するなら早めに出かけようと、私に伝えるほどであったが、不自由な病院へ戻る事への不服を押さえたためか、就寝中もコントロールできた排尿のコントロールが乱れたのか、トイレに入り、便座に座る前に、トイレに入ったことで気が緩むのか、衣服を汚すくらい尿を漏らしてしまう。

衣服が濡れていることも、気にしないほど、思考は他へ飛んで行っているようだった。

諦めきったのか、帰院中の車移動にも問題なく、無事帰院した。

再度の不自由な病院生活を覚悟したのか、あきらめた顔つきに、私は、哀れで涙がにじみ出た。


認知症の本人が、誤って他人、或いは器物を損壊した時は、本人は兎も角として、介護の責任者でもある、家族に対して、器物等損壊の弁償の義務が生ずる、

従って、それに対する損害保険の契約も済ませ、今日、其の証書が届いた。

願わくば、妻ユリ子が他傷等、トラブルの当人にならないことを祈る。


この先、再度、病院からの外泊を試みるかどうか、一寸私としては、妻が自宅にいる時は良いが、再度病院へ帰院する際の、彼女の強い拒否の気持ちが痛いほどわかるので、その為に、却って彼女の心に痛みを加え、認知機能の低下がさらに重くなるような不安も覚えるのだ。

その為に、再度、自宅への外泊を行うのを躊躇う気持ちもあって、夜も眠れない時間が長くなる。


3月26日、担当の医師と数分の面談。

過日の2泊3日の外泊後の妻の状態について、帰院するのにかなりの抵抗が有ったが、覚悟を決めたのか、妻の状態は落ち着いているようだった。

医師からも、今後、何回か外泊の日数を増やして試みるのも良いのではないかと提案も有った。

いずれ、在宅介護に切り替える時期になって来たかと、不安と共に私も覚悟を決めた。

ただ、未だに幻覚を覚えるのか、在らぬことを囁くように訴える。


区の担当者に電話にて、状況を知らせ、これまで多くのケースを取り扱ってきたであろうことを踏まえての、アドバイスやらを欲しくて電話でアポイントを取ったかが、実際に退院してからの方が良いとのこと。

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