第22話 年越しの準備
魔人を倒して騎士エイリークを仲間に迎えて数日が経った。世間ではそろそろ新年を迎える準備に大忙しだったが、冒険者にはあまり関係の無い話だ。彼等の主な仕事は人間に害をなす亜人やモンスターを狩るのが仕事。人間の暦など関係の無いモンスターにとって、年末年始だから休むなど有り得ない。必然的に依頼を出すギルドも年中無休で開いているし、冒険者も多くはその日の飯代を稼ぐために働かなければならなかった。実に世知辛い。
ただし金に余裕のある冒険者は数日働かなくても何とかなるので世間と同じように数日休む。黒魔女メルとその弟子レーベも金に困っていないので冒険者稼業は休むつもりだった。
今日もレーベ達はギルドからの依頼を片付けて街に戻って来た。今日の討伐対象はヒグマだ。街から離れた山里に、冬眠出来ずに餌を求めたヒグマが度々出没していたので討伐依頼が入った。こうしたただの動物でも村人程度ではまともに対処出来ない時は冒険者が駆り出される。
今回はただのヒグマだが、決して侮っていい相手ではない。奴等は賢く、オークよりも大きく凶暴。駆け出し冒険者では狩るどころか逆に餌になるだけだった。
しかしヒグマにとっての不幸は相手がレーベ達が戦いの達人ばかりであり、虐めに近い一方的な暴力で狩られてしまった事だろう。その上、毛皮を剥がされ、内臓を引きずり出し、食肉にされてしまった。
毛皮はギルドが買取り、内臓はメルが薬の調合材料に持ち帰り、肉は一部を除いて依頼してきた山の麓の村人達におすそ分けした。どうせ全て食べきれないし持って帰れなかったので捨てるよりは彼等に食べてもらった方がずっと良い。村人達も思いがけないご馳走がやって来て、年末年始は贅沢が出来ると言って喜んでいた。肉はそのまま食べる以外にも塩漬けや燻製にして長持ちさせている。
レーベ達が依頼達成の報酬を貰い、帰ろうとしたところでそれを呼び止める者がいた。冒険者ギルド、マイス支部の監督官ローゼンだ。今日も赤髪を整髪剤でオールバックにして綺麗にまとめている。彼の几帳面さの象徴のようだ。
「第二級メル、パーティメンバーと共に来てほしい。ようやくこの前の依頼の評価が下りた」
「その様子だと、そう悪い扱いにはならないかしら?」
「まあ、そうだな。ともかく、二階の部屋に来てくれ」
この前の依頼とは当然森の遺跡の調査依頼だ。そこで目覚めた古の魔人を倒し、勢い余って森を半分吹き飛ばしている。公的には前例の無い事態だったのでどう評価して良いか揉めていたが、ようやく結論が出たのだろう。
ローゼンに従い、三名は二階の小部屋に入る。そしてローゼンは書類を片手に格式張った文脈を話し始めた。
「第二級メルおよび第九級レーベ。両者にはギルドからの依頼から逸脱した行為は確認されず、また森を破壊したのも不可抗力であり、巻き添えになった犠牲者も居ない事から、ギルドは処罰は無しと結論付けた。よって依頼を達成したと判断し、二人には金貨二百枚が報酬として支払われる。以上だ」
「ふーん。口止め料って事かしら」
「何の事だ?君達はギルドの要請に応えて粛々と働いた。それに見合う対価を惜しむほど我々は狭量ではないし、そこでよく分からない者を仲間にしたところで一々冒険者の交友関係に口を挟むほど暇ではない」
「そうね、ギルドが冒険者に理解のある組織で良かったわ。おかしな事を考えてたら、この前の森みたいに穴が空いてしまったかもしれないし」
狐とタヌキの馬鹿し合いと言う言葉はこういうものか。レーベは以前父や兄が仕事の事でぼやいていた事を思い出した。
ローゼンの言葉に魔人は出てこない。つまりギルドは公的には魔人の存在を認めず、ただ消息を絶った冒険者の捜索依頼として処理したがっている。しかし捜索依頼だけで金貨二百枚は幾らなんでも多すぎる。これは師の言う通り、余人に何も話すなという無言の圧力だろう。世の中金貨を口に突っ込めば黙る者は多い。師がその中に入るとは思えないが、世間ではギルドは十分評価していると思うだろう。その上でエイリークの事を匂わせて、ギルドは関知しないと言い切った。これがギルドなりの誠意の示し方なら、無下にするのは彼女の好みではない。
過度な干渉はしない。不条理な処罰もしない。働きには足りないが多少の報酬は出す。ギルドが公正に、そして出来る限り優良な冒険者に配慮した結果だろう。おかげで師は軽口一つで済ませている。
「そうだな。これから新年なのに面倒で割の合わない厄介事などギルドも御免被る。では報酬を受け取ってくれ」
メルは二つの大きな革袋を受け取った。これで金を受け取った彼女の一党は全てを了承し、これ以降抗議もしないだろう。
三名が部屋を出て行き、一人残ったローゼンは顔には出さなかったが、内心ほっとしている。魔女だ、死神だ、童貞食いなどと蔑まれているが、相手は自分が生まれる以前より活動している凄腕。ドラゴンすら調合材料欲しさに屠る人類の頂点に近い魔導師。そんな女が機嫌を損ねて王国と争えばただでは済まない。冒険者ギルドにも要請が掛かり、戦う事になるだろう。その結末は血の海以外に無い。
一つ懸念があるとすれば、弟子の少年が名声や虚栄心に囚われて周囲に吹聴しないかと危惧したが、そうした様子は見受けられない。冒険者として名を馳せるのが目的と聞いたが存外に聡い。あるいは師が手綱を握っているならそれでも構わない。どちらにせよ二匹目の泥鰌を狙う冒険者が遺跡を荒らさないように情報は統制せねばならぬ。
彼女のような最上級なら問題は少ないが、封印された魔人があれ一体とは限らない。実力も責任感も配慮も足りない輩が万一魔人を起こしてしまえば大惨事だ。それだけでなく、古代文明の優れた技術を奪い合って、政治闘争や戦乱に発展するのも避けたかった。
「来年も大過無く過ごしたい物だが」
ローゼンの願望にも似た独り言に答える者はいなかった。
それなりの大金を手に入れてギルドを出た三名。しかし喜んでいる者はいない。金貨二百枚は街の平民一家が一年は遊んで暮らせる金だが、それだけでしかない。それこそレーベの失ったミスリルの剣は手に入れようと思うと、その数倍の金を積まねば手に入らない。命を勘定に入れなければまるっきりの赤字だ。一応代わりになるイグニスドレイクの角から作った短刀はあるが、それでも格は元の剣に比べればやや落ちる。
ただ、強敵と戦った経験は金で買えないし、エイリークという頼もしい仲間が加わったのだから、レーベはそこまで落ち込んでいなかった。
「お金が入ったけど、誰か使う予定とか欲しい物はあるかしら?」
「今の所無いです」
「儂もこの姿じゃから飯も食えんし酒も飲めんしの。武器もあるからいらんわい」
「私も特に無いのよね。かと言って浮かれてパーっと使うような刹那的でもないわ。まあ、今すぐ無理して使うような物じゃないし、貯めておきましょう。それと貴方達、新年はどうするつもり?坊やは実家に帰れないでしょうけど、ここでお祭りやってるわよ」
「他に親しい人も居ませんから、先生と一緒に屋敷に居ます」
自分でも寂しい奴だと思うが、同じ冒険者仲間は居ないし、街を拠点にしていないので殆ど顔見知りが居ない。結果、お祭りに行ってもあまり楽しめそうに無いと思ったので参加はしない。一応メルにお祭りに行かないのかと聞いてみたが、色よい返事は得られなかった。
実を言うとメルも長年一人で過ごす事に慣れ、誰かと一緒に新年を過ごすのは久しぶりであり、何をしていいのかよく分かっていない。それに今更新年にかこつけて騒ぎたいような歳ではないと思っているので、結局例年通り特別な事などする気が無い。だが、今は弟子が居るので少しぐらい季節感のある事をしても良い気がしていた。
「――――私達だけでお祝いしましょうか。メイドにケーキでも焼いてもらって、ご馳走作って」
「はいっ!僕の好きな物とか頼んでみます!」
「ファファファ、仲の良い事じゃ」
仲の良い師弟を前にエイリークは着ぐるみの中で顎を鳴らして笑った。
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「それでどうして僕達は採集の旅支度をして鳥に乗ってるんでしょうか?」
「坊やが美味しい物が食べたいって言ったから、採りに行くんでしょう?今年中に済ませたいから急ぎましょう」
確かに言ったが、年末に食材探しをするとは誰も思わない。
現在レーベは旅支度を済ませて骨の鳥に乗っている。勿論師やエイリークもいる。今回は一泊なのでムーンチャイルドは留守番して屋敷の大掃除をしている。
年明けにお祝いをすると話した翌日、いつものようにギルドに行くつもりだったのに、朝から旅支度を整えたムーンチャイルドが居て、きっちり自分の荷物も用意されて、流されるままに骨の鳥に乗せられて空を飛んでいる。納得がいかない。
「まあ、そう不貞腐れるな坊主。苦労した分、飯も旨くなると思えばやる気が出るじゃろう?人間は美味い物の為なら労力を惜しまぬものじゃい」
パーティ内で(死後経過を含めて)最年長のエイリークに宥められる。
「もういいですよ。それで、どんな美味しい物なんですか?果物ですか?それとも肉や魚とかですか?」
「水辺の生き物よ。後は着いてからのお楽しみね」
メルはそれ以上は何も教えず、レーベは水辺の生き物を色々と思い浮かべて時間を潰した。
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