第21話 栗鼠魔人エイリーク



「お帰りなさいませマスター、レーベ様。それと………お客様…ですか?」


 屋敷に戻った二人を出迎えた自動人形のムーンチャイルドがエイリークの姿を見て戸惑う。


「そうよ。成りは竜牙兵だけど、一応客人だから。それとお風呂の用意しておいて」


「そういうことじゃ。暫くここで厄介になるエイリークじゃ。よろしく頼むぞい人形のお嬢ちゃん」


 一見すればただの竜牙兵だが、明らかに他の個体と違う動きをしているのを認識しているムーンチャイルドの観察力は極めて高い。戸惑いつつも自らの仕事を放棄しない彼女は何事も無かったようにエイリークに畏まる。


「――――こちらこそエイリーク様。ではお部屋にお連れしてから湯浴みの用意をしておきます」


 ムーンチャイルドはエイリークを部屋に案内し、残された二人はそれぞれ風呂が沸くまで自分の部屋で休んだ。


 風呂に入ってさっぱりした二人はエイリークと共に食堂にいる。ここに集まったのは、メルが至急対処しなければならない事が有ると言ったからだ。


「それで先生、いったい何が問題なんです?あの魔人の事ですか?」


「いいえ、違うわ。問題なのはエイリークよ」


「えっ儂?まだ何もしとらんぞ」


「貴方自身より貴方の外見を何とかしないと駄目って事。これから人目にさらすとなると骸骨じゃ色々煩い所が多いのよ」


「あーそういう事か。ロジックスもエスカーもソフィアも教会関係は不死を邪法と言って嫌っておるからのう」


 エイリークは納得した。彼の生きた時代でも神を信奉する教会は生命の尊厳などを謳い、徒に死を振りまく事を咎め、不死を自然に反する行為と常に否定していた。

 ロジックスは法と正義の神、エスカーは豊穣と多産の女神、ソフィアは知恵と知識の女神であり、現在でも秩序と光の神々として敬われている。

 以前レーベも訪れた街の教会のジョージのように、メルに友好的な司祭の方が少数派なのは間違いない。


「今は一時的に竜牙兵の身体を使ってるけど、別の入れ物を用意するか、何か外に着せて外見を変えないといけないの。そこで今日は協力して案を出しましょう」


 三者はそれぞれ意見を出し合う。

 集約した意見では、極力死を連想しない事、威圧的よりは親しみやすい外見、人であるエイリークが十全に動けるように人型、それなりの耐久性か修復しやすい材質で核は何でもいい。極端に言えば屋敷の毒舌メイドと同じ外見の人形でも作っても構わないが、流石に男の魂が女になるのは抵抗が強いと本人の反対から没になった。


「意見が出そろったわね。つまり、人型で親しみやすい愛嬌のある姿の人形か、竜牙兵を覆える着ぐるみみたいなものを作ればいいわ」


「それは良いんですけど、その人形か着ぐるみは誰が作るんです?先生?」


「うちのメイド人形は裁縫が得意だから任せればいいわ。で、問題はどんなデザインにするかよね。それを全員で考えましょう」


 メルは用意していた紙と炭の棒をレーベとエイリークに渡した。

 三者は何枚もの原案を書いては消して、書いては消してを繰り返して、一番良いデザインを模索していた。そんなレーベ達をムーンチャイルドは冷ややか目で見ている。人形である彼女にとってはそこまでする必要があるのか甚だ疑問だった。しかし主は何気に楽しんでいるので従者としては黙って見守って居たかった。

 数時間かけてそれぞれが出したアイデアを、それぞれが文句を言い合い、すったもんだの挙句にじゃんけんでようやく決めて、決定稿をムーンチャイルドに渡した。


「――――これで良いんですね?どうなっても知りませんよ」


 無表情なムーンチャイルドが珍しくしかめっ面をしているのがデザイン画の酷さを物語っていた。



      □□□□□□□□□



 三日後、満を持して新たな身体を手に入れたエイリークはマイスの街に降り立った。

 彼の姿を見た街の大人達はただただ異様な物を見るかのように凝視し、己が目を疑い、それが事実だと知ると、何も見なかったように振る舞った。そして子供達はつぶらな瞳に手を振っていたり、近づいて彼に触ろうとする子供も多い。親御はそれを止めよとするも、エイリークは子供達の頭を軽く撫でてから親元に返した。こうした対応で一応の害はないと分かると、少しだけ安心した様子だった。

 ギルドに顔を出しても、やはりエイリークは注目を集めた。メルは独特の体色にしたのは拙かったかと思ったが、問題はそこでは無い。

 目を逸らす冒険者達を気にせず、受付嬢に話しかけた。


「よ、ようこそ冒険者ギルドへ……どういった御用でしょうか?」


「うむ、冒険者という物になりにきたんじゃが、登録を頼みたい。仕事内容は後ろの二人から大体聞いておる」


 威風堂々。貫禄のある古強者が纏う風格と奇特な外見に、受付嬢はびくつきながらも登録用紙を渡した。彼は達筆ながら相当古風な字体で自らの名を記し、受付嬢に返す。

 彼女は普段見慣れない字体を苦心して読み解き、彼の名を復唱して正式に認識証を発行した。


「それと、エイリークはうちのパーティメンバーだから、そちらでも登録しておいて」


「はい、分かりました。あっそういえば、この前のメルさんの依頼はまだ上で審査中ですので、ご迷惑をお掛けしますが、もうしばらくお待ちください。何分前例の無い事ですから、色々と揉めてるんです。通常依頼でしたら受け付けてますので」


 冒険者ギルドと言っても書類を扱う国の手の入ったお役所仕事。そういった仕事は大抵前例主義的であり、一度も前例の無い事や、極めて先例が少なかったり秘匿されていて情報が末端まで降りてこない事が多い。それを分かっていたメルはさして気にせず、レーベに持って来させた今日の依頼書を嬢に手渡した。

 エイリークの肩慣らしに受けた依頼はオーク討伐二十体だった。



 その日、コーネル王国の片隅に異形が舞い降りた。それは全身ピンクの毛で覆われた1.6メード(1.6メートル)の痩身、その体に反比例した巨大な頭部。大きなつぶらな瞳と、それ以上に巨大な丸い耳。半開きの口元には真っ赤な液体が着いており、まるで新鮮な動物に喰らい付いて、その鮮血で汚したかのような不気味な印象。デザインした者の言葉を借りるなら、頭部はレッドベリーを齧るリスをイメージしたらしいが、どう見てもリスではない。かと言って何に近いか該当する動物が思い当たらない。

 そんな魔人を超える異形が剣と盾で武装し、襲い掛かって来たのだから知能の低いオークとて大混乱だ。


「頭の悪いオークでも視覚に訴えかける物があるという事ね。流石私のデザイン」


「……そうですね。先生の美的センスは優れています」


 嬉々とする師とは対照的に、突っ込むのすら放棄した弟子が適当に相槌を打つ。あの異形はメルがデザインした決定稿をムーンチャイルドが嫌々繕って作り上げた着ぐるみである。竜牙兵の上から着れるように工夫し、内側になめし皮を張り付けてレザーアーマーとして機能するので防御力も期待出来る。頭が大きいのは元の竜牙兵が人の骸骨に比べて大型でそれに合わせているからだ。

 外見はともかく動きは損なわれておらず、元々のエイリークの技量に陰りは無い。今も次々とオークを屠り、既に半数を狩ってしまった。


「慣らしは終わったみたいだし、私達も行きましょう」


「はい、さっさと終わらせましょう」


 若干投げやりな弟子の態度は気に食わなかったが、そんな事をすぐに忘れてしまうぐらいに、メルは己が生んだ作品に入れ込んでいた。


 その日から黒魔女メルに奇妙な噂が付け足された。元から死霊術を操る妖しい女として有名だが、先日古代遺跡でおとぎ話に出てくる魔人と戦ったという噂が流れ、それに尾鰭や様々な噂や陰口が上乗せされて、『あれは殺した魔人を死霊術で使役している』『古代の悪魔を呼び出した』『中身は童貞美少年』などなど、根も葉もない噂ばかり流れていた。

 そして、異形がエイリークと名乗っている事から『栗鼠魔人エイリーク』と勝手に名付けられてしまうのだった。


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