第3話 辛辣系美女メイド



 取ったばかりの宿を引き払い、街の外で待っていた師のメルと落ち合う。それから数時間前と同様に、魔法生物『骨の鳥』に乗ってひたすら北に飛び続けた。


「あの、どこまで行くんですか?」


「大体一時間もあれば着くわ。震えてるけど、おしっこでもしたいの?」


「ち、違いますよぉ!空の上なんて初めてだから落ち着かないだけです!」


 この世界で空を飛ぶ道具など一国に片手で数えられるほどしかないのだから、必然的に空を飛んだ経験のある者など殆ど居ない。当然レーベも200メード(200メートル)上空を跳び続ける未知の恐怖に慄く。メルと出会った時に乗ったのは混乱が抜けていなかったので気にならなかったが、落ち着いた状態で乗ると怖くて仕方が無い。


「落ちたりしないから大丈夫よ。まったく、これから竜を倒そうとか、巨人に立ち向かう冒険者が情けないわよ」


 メルに呆れられても怖い物は怖い。レーベは決して下を見ないようにしながら骨にしがみ付いていた。



 一時間後、骨の鳥が大地に降り立つ。ずっと震えながら我慢していたレーベはようやく空から解放された事に安堵して、両手を大地に着けて土の感触を確かめていた。

 落ち着いたレーベは待ってくれていたメルに礼を言って周囲を見渡す。降り立った場所は街や家屋の見当たらない草原と、森が広がっていた。


「メル先生の家ってどこにあるんですか?」


「森の中よ。ここは全部私の庭なの。さあ、こっちよ」


 メルの先導でレーベは森へと入って行く。

 日差しの遮られた鬱蒼とした森だったが、不思議と歩きやすいように突き固められた砂利の道が続いている。

 そして道の終わりには石造りの門が建てられていた。門を潜るとそこは木々が取り払われ、温かな日差しの差し込む屋敷が建つ、広大な空間だった。

 屋敷の周りには畑もあり、数えきれないほどの種類の野菜や草が育っており、離れた場所には果実の実る木々も生えていた。


「凄い!まるでおとぎ話に出てくる賢者の屋敷みたいだ!」


「ただの畑付きの家でしょ。坊やの家の方がもっと大きいんじゃないかしら?」


 レーベの無邪気な称賛の声にもメルは構わず、さっさと屋敷に入ってしまった。レーベはその後ろ姿を慌てて追いかけた。

 屋敷に入ったレーベが最初に見たのは、師におじぎをする小柄な一人の銀髪の女性だ。顔は見えないが、服装からメイドのように思えた。


「おかえりなさいませマスター。ところで、後ろの少年はどこで誘拐してきたのですか?」


「わざわざ弟子になりたいって着いて来た物好きよ。坊や、今のうちに紹介しておくわ。この口の悪いのがムーンチャイルド。屋敷の家事を任せているの」


「初めまして、今日からこの屋敷でメル先生のお世話になるレーベです」


「ご丁寧にありがとうございますレーベ様。ところで、レーベ様は童貞ですか?」


 極めて真面目な顔で質問するメイドのムーンチャイルドに度肝を抜かれるが、それ以上に驚くのは彼女の容姿だ。遠目から見れば30歳前程度の成熟した美しい女性だが、よく見るとまるで精巧な人形のように整っており、全く人間味の無い作り物のような生気の無さが際立っていた。何より透き通る黄金のような鮮やかな瞳には意思が感じられず、ドワーフの名工が作り出した金とガラス細工の工芸品を人形に嵌め込んだと言われれば、そのまま納得してしまうような異質さがあった。


「あの、メル先生。このムーンチャイルドさんは人なんですか?まるで――――」


「まるで動く人形?察しが良いわね。この子は自動人形。肉を持たず、仮初の意思を植え付けた人を、いえ、神を模したヒトカタの道具よ」


 レーベは自動人形と言う言葉に聞き覚えは無く、神を模したと言うのはよく分からないが、師が言わんとする事はおおよそ理解出来た。彼女?は自ら動き、人に傅く、人に限りなく似た道具なのだ。

 肩口で切り揃えた銀色の髪は生き物の体毛と言うより銀を細く伸ばしたような輝きを見せ、メイド服から露出した肌は陶磁器のような光沢を、明らかに肉のようには見えない。そして最も異質なのは、彼女は呼吸をしていない。今の今まで一度たりとも呼吸をせず、微動だにしていないのだ。これもまた、紛れもなく生物の常識から外れてる。


「レーベ様、いくら私の美貌が素晴らしいと言っても、そのように凝視されては些か恥ずかしいのですが。盛りの付いた犬のような真似はみっともないですよ」


「えっ、あっ―――ごめんなさい」


「坊や、『それ』の言う事を真に受けてると身が持たないわよ。適当に流しておきなさい。それと、私は工房で素材の保存処置をしてくるから、屋敷を見て回って覚えておきなさい。案内はそこの人形がするから」


 それだけ言うとメルはレーベを置いて屋敷の奥へと姿を消した。それと入れ替わるように姿を現したのは人間の骸骨だ。ぎょっ、としたレーベは思わず腰のショートソードに手を掛けたが、ムーンチャイルドが柄に手を当てて制止した。


「あれはマスターが作った屋敷の備品です。見てくれは最悪ですが敵意は持ち合わせておりませんのでご安心ください」


 確かに骸骨はこちらへ敵対行動を見せる様子はない。よくよく思い出してみると、師や自分は骨の鳥に乗ってここまで来た。なら、彼女の言う通り、この骸骨も師が作った骸骨兵『スケルトンウォーリア』なのだろう。

 骸骨兵はレーベに近づき、両手を差し出す仕草をする。何の事か分からなかったので、取りあえず骸骨の手を握ると、彼?は首を傾げた。妙に人間臭い仕草をする骸骨兵である。


「レーベ様、それは荷物を運ぶから、渡してほしいという仕草です。実は天然ですか?ちょっとおバカな金髪青眼の童貞美少年とか、マスターも分かってますね」


 何やらひどい言われ様だが翻訳してくれるのはありがたい。レーベは言われた通り持っていた荷物や武器を渡すと、骸骨兵はそれらをどこかに運んで行った。客室に運んでおくとムーンチャイルドが教えてくれた。


 それから改めて辛辣メイドに屋敷の中を案内してもらった。日常的に使う食堂や娯楽室、書斎に浴室。他にも屋敷の中に庭園があり、中央にはお茶を飲みながら団欒をするガラス張りの茶室がある。驚く事にそこは季節外れの春の花が至る所に咲いている。ちなみに現在は秋の中頃だ。

 屋敷の外に行けば畑には実りの秋に相応しく丸々と太った数々の野菜が育っている。どこも雑草一本生えておらず、手入れを欠かしていないのが分かる。それらを骸骨が収穫しているのが非常にシュールだったが、レーベは頑張って見ないふりをした。


 必要な施設を全て見回った頃には日が傾いていた。


「そろそろ夕餉の時間ですか。支度を整えておきますので、レーベ様はしばし客室でお待ちください。案内は骸骨にさせます」


 ムーンチャイルドは厨房へと向かい、代わりに骸骨兵がレーベを先導した。

 客室は家具が一通り揃っており、長期間不自由なく過ごせる。それに手入れも行き届いており、ガラス窓には汚れ一つ、机には埃一つ積もっていない。まるで貴族の邸宅のような過ごしやすさだった。

 レーベは椅子に座りつつ、正面にある果物の盛られた皿に視線が止まる。朝に宿で食べたきり、何も口にしていなかったのを思い出して腹を鳴らした。鳥の声以外聞こえない森の静寂を破る腹の音に、何だか恥ずかしさが込み上げた。

 夕餉までまだ時間があるので、腹ごしらえに一つリンゴを手に取って備え付けのナイフで切って食べる。リンゴは採れたてで瑞々しさを保っており、酸味と甘みがレーベの胃を心地よく刺激する。

 あっという間に一つ食べ終えた。まだ腹は空いていたのでブドウにも手を伸ばしかけた所で、もうすぐ夕食があるのを思い出し、自重した。

 腹が満たさせれば今度は眠気がレーベを襲う。今日は意気揚々と冒険者になって、その日の内にオークを殺し、オークに殺されかけ、師と仰ぐメルに助けられて、世の真実を投げつけられた。その上、生まれて初めて空を飛び、今はあの辛辣メイド人形と骸骨達に囲まれている。

 家に居たのでは絶対に出来ない経験に今更ながら興奮が呼び覚まされる。

 そうだ、これこそ自分が求めていた高揚感だ。吟遊詩人の謳う、冒険の第一歩を確かに踏み出したのだ。

 メルの言葉は正しいのかもしれない。冒険者は危険な仕事に身を投じる堅気ではないのは確かだ。だが、そんな冒険者が過去に恐ろしいドラゴンを倒し、邪悪な魔神を鎮め、国から『英雄』と称えられた。古の文明の残した金銀財宝を探し当て、国一番の富豪となった。

 自らもまたそんな歌の一部となる夢を思い描く少年は、高揚感に包まれたままうたた寝を始めた。


 少年の夢が実現するのか、まだ誰も分からなかった。


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