獲得スキルで冒険者生活

蓬莱汐

prologue

 学校からの帰り道。空は夕焼けを通り越して、既に暗くなっている。コンビニで買った肉まんが入った袋を提げ、いつもの道を歩く。

 今日はいつもより寒い。

 風は冷たいし、空気は鼻の奥にツンとくる。冬を肌で感じるとはこういうことだろうか。

 開けていた学生服のボタンを止める。いくらかはマシになったが、それでもやはり冷える。


「はぁ……」


 溜め息混じりに息を吐くと、それは白く染まってから空気に溶けてなくなる。

 なんてことはない。至って普通のことだ。退屈で、刺激がない平凡な日常。

 こうも毎日毎日同じだと、時には何か起こってほしいと思ってしまう。別に事件や災害が起こってほしいわけではない。ただ、小さな変化が欲しいのだ。

 例えば、転校生がやってくるだとか。例えば、コンビニのクジで一等を当てるとか。

 そんな胸を踊らせる少し特別なことが……。


「ん……?」


 ふと、一件の店に目が行った。

 古びた木製の造りだ。それは、まるでそこに何十年もそびえていたかのように錯覚させる。けれど、おかしい。

 つい昨日は無かったはずだ。そう、昨日まではただの空き地だったはず。

 新しく建ったなら、こんなにも古びているはずがないし、こんな錯覚もしないだろう。

 暗い住宅街の一角に現れた謎の店、と言えば好奇心が湧く。逆に言えば、単に不気味な店だ。

 しばらく店前でボーッとしていると、中に動く人影が見えた。

 人がいることに安堵した。不気味でも、ここには確かに人がいる。

 すると、不思議なことに今度は疑問が浮上した。

 何の店なんだ? 看板は『次元門』と書かれた一枚のみ。恐らくは店名だろうが、それが一体何の店を表しているのか。

 物凄く中に入ってみたくなった。

 手に提げていた肉まんを頬張り、扉に手をかける。

「お邪魔しまーす」は肉まんに塞がれ出ず、代わりにホカホカの湯気だけが漏れた。


「――に返品するか」

「違う違う! これは残留だ!」


 店の奥の奥、レジの裏から聞こえてくる。何やら男の人たちが会話をしているようだった。

 なら、変に声をかけるのは止めておこう。

 俺は側にあった、これまた古びた木製の棚に目をやる。

 並べられていたのは色とりどりな瓶。中には液体やお菓子のような星形の何かが入っている。


「……何だ、これ」


 肉まんを飲み込み、呟く。

 駄菓子屋か? それにしては、同じような商品が多いし、見たことがないもので一杯だ。

 よく見れば、店内を埋め尽くすほどの棚には、似たような瓶が色ごとに配列されていた。

 手にとってみる。……軽い。中で揺れる液体は、まるで質量や重さが無いようだ。

 値段も書いてないし……。こういう店って意外と高価なものを置いてたりするのかな?

 下手に触るのは止めよう。

 そう思い、棚に戻そうとして――


「はあ?! 嘘だろ?!」


 急に比べ物になら無いほど大きな声が上がり、手元が狂う。


「えっ? あ、ちょっ!」


 両手の上を踊るように跳び跳ねていた瓶は、引き寄せられるように地面へ。

 ――パリンッ!

 小さくも嫌な音が聞こえた。

 恐る恐る目線を落とすと、そこには無惨にも粉々になった硝子の破片たちが散っていた。

 これって、ヤバいんじゃ……。

 そう思ったのも束の間。割れた瓶からこぼれた液体が緑に輝き始めたのだ。


「うわっ! な、なんだ?!」


 光は緑から黄色、そして白へ……。

 次々に変化していく光の中、俺の脳内におかしな文字が浮かんだ。


『獲得スキル:応急回復』


 スキルってなんだ? てか、なんだこれ?! 頭の中に文字が?!

 脳内は一瞬でパニック状態だ。あれやこれやと情報が飛び交い、混乱する。

 完全な硬直状態に陥っていた俺だったが、聞こえていた会話が段々と近付いてきていることに気付いた。

 レジの裏にある、更に奥へ繋がっているであろう場所から二つの影がやってくる。

 咄嗟に棚の側に身を隠す。この店がコンビニのような造りで良かった。

 一先ず安心すると同時に、視線は散乱する瓶の破片へ向かう。

 とにかく、片付けないと不味いよな……。箒と塵取りは……無いな。まあ、客の目につく場所には置かないか。

 危ないけど、これしか無いよな。

 静かに腰を下げ、手を破片へ伸ばす。箒が無い以上、拾うしか……。


「なあ、これ本当に返品か?」

「当たり前だろう。そんなもん、こっちじゃ売れねえよ。何より需要がねえ」

「けどよぉ……。ほら! 高校生とかなら興味あるんじゃねえか?!」

「犯罪紛いの事を若者にさせる気か?! 駄目だ駄目だ! 即刻、返品してこい!」

「痛っ……?!」


 俺だって高校生。犯罪という言葉に反応してしまった。

 痛みの元を辿っていくと、指先から僅かに血が出ていた。破片で切ったのか。

 血液は指の腹の上で丸い水滴のようになり、やがて溢れ落ち――ピタリと流血は止まった。


「……は?」


 予期していなかった事態に声が漏れたが、まだ気付かれていないらしい。

 バレているか確認だけして、指の確認へ移る。

 血を拭き取る。確かに切れたような痕はある。けれど、それも次の瞬間には煙のように消え去った。

 混乱して頭はオーバーヒート寸前だ。


「おっと、忘れ物だ。応急回復が足りてねえんだった」


 男の一人がこちらへやって来た。急いで棚の周囲を回るように身を隠す。

 今、棚を挟んだ向こうに男がいる。

 逃げてきて、ヤバいと思い出した。


「あっ、おいジジイ! 応急回復薬が割れてんじゃねえか!」

「お前が割ったんじゃないのか」

「割ってねえ! ジジイの管理問題だろうが!」

「五月蝿いのぉ……。いいから、早く持って来い。売ってやらんぞ」

「ちっ!」


 盛大な舌打ちを残し、男は数本の瓶を持ってレジへ戻っていく。

 内心ではホッと一息。

 バレなかったのは良かったけど、結局、この指の件は解決していない。硝子の破片で指を切って、血が出たと思ったら傷が消えていた。

 情報を整理していて、忘れていた情報を思い出す。

 そう言えば……、頭の中で何か聞こえたような……。なんだっけ。確か――応急回復?


「追加分、応急回復薬が八本だな」


 レジで会計をしているであろう声が耳に入る。

 額を汗が伝う。

 もし、もしもだ。この現象が、あの薬によるものだったとして。あの人たちが普通じゃなくて、何か特別な薬だっとする。

 俺の現状も、薬の効力も、これからのことも、分かるのはあの人たちだけだ。


「毎度あり」

「また用があれば来るぜ、ジジイ」

「口の悪さを直してから来い、若造が。まあ、一応仕事の範囲内だ。送ってやる」


 なにやら別れる雰囲気になってきた。不味い、このままだと何も聞けずじまいだ!

 焦った俺は、気付かない内に走り出していた。

 棚から飛び出し、躓きそうになりながら前へ踏み出す。


「それじゃあ――」

「ま、待ってくれぇぇぇぇ!!」


 こちらを向いた二人の顔が、一瞬で驚愕に染まる。


「なっ、子供?! おい、ジジイ! 中止だ!」

「無理だ! もう止められん!」


 俺は近かった若い方へ掴み掛かる。


「なあ、教えてくれ! あの薬は――」

「だあ! そんなことより、絶対離すんじゃねえぞ小僧!」

「お前もそいつを離すんじゃねえぞ、若造が!」

「――へっ?」


 若い男の人に抱えられたかと思うと、視界は真っ白に染まった。比喩ではなく、まるで立ち眩みの症状のように一面が白一色になったのだ。

 それと同時に全身を浮遊感が包む。


「若造、向こうでそいつの面倒を見てやれ!」

「俺は商人だぞ! 子供の面倒なんて見れるか!」


 頭のすぐ上から声が聞こえる。けれど、声が聞こえるだけで姿は見えない。目は開けている。白くて見えないのだ。


「おい、坊主! 抱えられた坊主だ!」

「は、はい?!」

「その若造から何があっても離れるな! 死ぬぞ!」

「死……。え? 死ぬ?!」


 その言葉がストンと胸に落ちていく。

 いや、ホントに待ってくれ。死ぬのは冗談じゃない!

 俺はありったけの力で、身体を包んでいる若い男の人の腕にしがみつく。見えていなくても、触れられていたお陰で掴めた。


 まだ何か声が聞こえていたが、更なる浮遊感に襲われ、意識は次第に遠退いていった。










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