第27話 ノーラの病の原因




 屋敷に戻ることができたのは、日が暮れる直前だった。

 俺はマケラに帰りが遅くなったことを詫びた。

 幸い、ノーラはまだ発作を起こしていない、とのこと。


 ハリヤマにネット検索してもらったことで、俺はノーラの病気の原因や対処方法について、おおよその見当をつけることができた。

 後は、実際に発作が起きるのを待つだけだ。


 屋敷に戻りしばらくした頃に、俺は夕食の招待を受けた。

 昼間と同じ食堂で、マケラと二人でディナーを嗜む。

 夕食のメインディッシュは、魚料理だった。

 酒も勧められたが、今夜はいつノーラに発作が起こり、診察に出向くかわからないので、遠慮した。



 夕食が終わり、一人客室に戻った。


 マケラに呼び出される迄の間、スマホを取り出し、暇つぶしがてら“MAP”アプリを起動し眺めて過ごすことにした。


 アプリを起動すると、“GPS”アイコンがしばらく点滅した後に、地図が表示された。

 画面中心部の赤いマーカーは、俺がトンビ村にいることを示していた。


 画面をピンチインして最大限に広い範囲を表示させてみることで、この世界の全貌を俯瞰することができた。

 “アイランド”は文字通り大きな島だった。

 ちょうど日本列島の四国地方のような形をしている。


 再び表示範囲を調節し、トンビ村を中心とした周辺地域の地図を見た。

 トンビ村の周りには平地があり、森があり、山があり、川があり、湖があった。

 ちなみにトンビ村はこの大きな島の南西部に位置しているようだ。

 他に、街道や村、街のマークも点在している。




 俺が“MAP”で遊んでいると、客室のドアをノックする音が聞こえた。


「領主様がお呼びです。ノーラ様の部屋へどうぞ」


 どうやらノーラに発作が起こったようだ。

 俺は召使いの声かけにこたえ、客室を出てノーラの部屋に向かった。




 ノーラの部屋に入ると、ノーラはベッドの上で上体を起こし、両手で顔を覆い、肩を大きく上下に震わせているところだった。

 指先は震え、「ひー、ひー」と苦しそうなうめき声をあげている。


 ベッドサイドでマケラが心配そうな面持ちで苦しむ娘を見守っている。


 「見てくれ。いつもこのような感じだ。私に出来ることは背中を擦ってやる事くらいだ。かわいそうに」

 マケラは言った。



 発作を起こしているノーラの様子をみて、俺は確信した。

 さきほどハリヤマがネット検索で調べてくれた病名で、ほぼ間違いないだろう。


 呼吸困難を伴う発作で、めまいと動悸があり、手足にしびれを感じる。


 これは、“過換気症候群”だ。つまり、過呼吸。


 答えを知れば、単純明快、簡単なことだった。



「何か袋のようなものはありませんか? ちょうどこれと同じようなもので結構ですが」

 俺は自分の巾着袋を見せた。


 マケラは

「探してくる。ちょっと待っていろ」

 と言い部屋を出ていった。


俺はノーラの肩に手を置いて声かけた。

「私の言う通りにすれば大丈夫。安心して。

 落ち着いて、ゆっくり息を吐くんです」


 マケラが、袋を手に戻って来た。布製の袋で、大きさも丁度良い。

 俺はマケラから袋を受け取り、袋の口をノーラの口と鼻にあてた。


「さぁ、袋の中の空気をゆっくりと吸って……、ゆっくりと吐いて……、

 ゆっくり、ゆっくり、落ち着いて。もう大丈夫。

 吸って……、吐いて……」


 数分間続けさせると、ノーラの症状は落ち着き、息も楽になり苦痛もとれたようだった。


「ああ、楽になりました。

 発作が嘘のように止まって、信じられない。

 ありがとうございます」

 ノーラは笑顔をみせて俺に礼を言った。



「また発作が起きたら、今のように落ち着いて袋を口にあてて呼吸をするのです。

 そうすれば、必ず発作が止まって楽になりますよ」

 俺はマケラとノーラに説明した。



 二人とも安堵の表情を浮かべている。


「お主のおかげで、私と娘の悩みごとが解消されたようだ。

 なんと礼を言えばよいか……。ありがとう」

 マケラも俺に礼を言った。



 ふと、ベッドサイドのテーブルに、薬の瓶が置いてあることに気づいた。


「ところで、この薬は?」


「薬草屋で入手した痛み止めの薬です。

 ヤナギの樹皮を煎じて煮詰めたものらしいですわ。

 私は以前から頭痛があるので、毎日飲んでいるのです」

 ノーラが言った。



 看護学生時代に勉強した知識をふと思い出した。

 柳の樹皮はアスピリンの原料だ。

 過呼吸は、激しい運動や精神的緊張や不安が主な原因で起こるが、実はアスピリン中毒でも起こり得るのだ。


「この薬は、あなたには合っていないと思います。

 もう飲まないほうが良いでしょうね」


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