第20話 温泉




 いったん、診療を終え、俺とマケラはノーラの部屋を出た。


 その足で、マケラは俺を客室へと案内する。

 客室は屋敷の二階にあった。

 広い部屋で、天幕付きのベッドが二台置かれている。


「この部屋を自由に使ってくれ。

 風呂に入りたければ階段を下りて中庭の奥に温泉が湧いているので、入るが良い。

 また、この衣類をお主に遣わそう。

 風呂に入り、着替えてゆっくり過ごすが良い」

 マケラは、客室のクローゼットから、真新しい革製の衣類を出してくれた。


 俺は礼を言い、マケラから衣類を受け取る。


「夜になり、ノーラに発作が出たら呼び出す。

 それまでは好きに過ごしてくれていたら結構だ。頼むぞ」


「ありがとうございます」

 俺は再び礼を言った。


 マケラは去って行った。



 マケラは温泉があると言っていた。

 まずは風呂に入り、一晩中臭い牢屋に閉じ込められて汚れた服を着替えるとしよう。

 俺はそう考え、受け取った衣類を持って部屋を出、階段を降り、中庭を目指した。



 風呂場は、マケラの言う通り中庭の奥にあった。

 温泉の入り口には召使いが立っていた。

 召使いは俺に一礼し、タオルを渡してくれた。



 俺は服を脱いで温泉に浸かった。

 日本の温泉のように熱い湯ではなく、人肌よりも少し温もる程度のぬるい湯で、湯の色もピンク色で奇妙だったが、汚れた身体の疲れを癒すには十分だった。


 俺は温泉を出て、マケラに貰った革製の衣類に着替えた。


 部屋に戻る際にマケラに声掛けられた。


「おお、風呂に入ってきたか」


 俺はマケラを呼び止めた。


「実は一つ、話があります。

 私はあの森の中で、大事な持ち物を置き去りにしてきておりまして……。

 日が暮れないうちにそれを回収しに行きたいのですが……」



 マケラはしばらく考えてから言った。


「夜までまだ時間があるし、散歩がてら行ってくればよかろう。

 その代わり、必ず戻って来いよ?」


「もちろんです。では、行ってきます」






 屋敷を出る前に、召使いが俺に鞘におさめられた短剣を持たせてくれた。


「道中気を付けるようにとマケラ様から伝言です。

 村の出入り口は、屋敷を出て東の通りを抜けたところです。

 西に向けて歩けば、やがて大通りに出まして、村の中心部に向かうことになるので反対方向です。

 村を出るのなら、東ですよ。お間違いのないよう」



 俺は貰い受けた短剣を腰に下げて屋敷を出て行く。

 短剣は見た目に比してそれほど重くない、上物だ。

 中世ヨーロッパ調の革製の服を着て、腰には短剣。

 俺の外見もすっかりファンタジーの世界に染まっているではないか。





 屋敷を出て、東の通りを村の出入り口まで散策する。

 トンビ村は、村といってもかなり規模の大きなコミュニティのようだ。

 通りは賑やかだ。

 俺の目の前を馬車が通り過ぎていく。

 商店では買い物をする村人が談笑している。



 しばらく歩き、村の出入り口に到着した。

 あの番兵達の詰所がある。

 詰所の前には、口ひげとノッポが立っていた。


「よう、悪かったな」

 ノッポが声かけてきた。


「いや、良いんです。誤解が解けて安心しました」

 俺は頭を下げてみせた。



「盗賊に襲われた事情があったのなら、はじめから俺達にそう説明すれば良かったんだ」

 口ひげが俺に言った。


「あんな場所で、怪しい人間がいたら取り押さえるのが俺達の役目なもんだからな」

 と、ノッポが言った。


「こちらこそ申し訳ない。

 昨日は急に声をかけられて、びっくりしてしまって、説明する機会を逸してしまったのです」

 俺は誤魔化しの説明をした。


「村を出て行くのなら、道からは外れないように歩くんだぞ。

 おまえさんを捕まえたのは、ちょうどトンビ村とヤブカラ谷の中間地点だ。

 ヤブカラ谷より先には、行くなよ」

 ノッポが教えてくれた。



「ヤブカラ谷の先にはいったい何があるんです?」

 俺は気になっていたので質問した。



「谷を抜けた先は、どん詰まりのダイケイブだ。

 魔物が潜むダンジョンだよ」


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