ある魔術師達の依頼書

黒幕

第1話 ある都市に住む魔術師

辺りは暗く、遠くに町のネオンの光がよく見える。


「クソっ!!どこまで追ってくんだよ!!」


そんな悪態をつきながら男は走っていた。


時は既に午後十二時を回っており、辺りに人気は一切ない。


この島の中心部から離れた港の貨物置場、見渡す限りタンカーから降ろされた長方形の積み荷が摘まれている。


本来ならこの時間には誰もいないはずの場所だ。


男は息を切らしながらも走っている。そしてその背中を追う者もいた。


歳は十九、八だろうか、服装は黒一色、ミリタリージャケットの様な防護服とズボンにブーツを身に着け、両足の太ももにはレッグホルスターに包まれた拳銃が見える。


黒い服装をした黒髪の青年―――原田誠司は逃げる男を追っていた。


「全く、どこまで逃げんだよ」


男と同じように悪態をつく。

この逃走劇は都市の中心部から続いており、気が付けばこんな遠くの港まで来ていた。

それに加えここ連日、依頼が立て続けにあり疲労が溜まっているのだ。


男が積み荷に囲まれた道へ入っていく、その先は左に曲がるしかなくそこを曲がった。後姿は見えなくなった。


誠司は男の後ろを追いかける。

だが焦りはない、なぜならその先は行き止まりなのだ。


男は積み荷に阻まれて立ち止まっていた。


「なあ、もう鬼ごっこはいいだろ。俺も疲れてんだ、いい加減大人しく捕まってくれ」


威嚇の意味を含め、右足のレッグホルスターから拳銃を抜き構える。

男は諦めた様に項垂れゆっくりと誠司の方を向く、その瞬間だった。


防壁よprotect


そう誠司が言った瞬間、轟音と爆風と炎が辺り一帯を埋め尽くした。

爆風の衝撃で積み荷は吹き飛び、音を立てて崩れる。

粉塵が舞う中、ハニカム構造の半球状の障壁が誠司を覆っていた。

誠司は障壁を解除すると、ポケットからスマホを取り出し電話を掛けた。

何回目かのコールの後、繋がった。


「もしも~し。捕まえられましたか?」


少女の声が帰ってきた。


「いや、計画通り誘導の魔術を掛けながら追い詰めたんだが、辺り一帯ふっ飛ばして逃げた」

「そうですか。依頼書に書いてあった通り、追い詰められるとホントに辺り爆破するんですね」

「しかも、爆破する前に急に黙り込む癖も書類通りだった。本人的には不意打ちのつもり何だろうが。まあそんなことだから、手筈通り後は頼む」

「はいは~い、了解です」


そう言ってぷつりと通話を切られた。

スマホをしまい、歩き出す。


「さて、俺も行くか」


―――――――――――


「ハッ、ざまぁ。俺が捕まるわけねえだろ」


男は所謂魔術師と呼ばれるものだった。

魔術師と言っても少し魔術をかじっただけのチンピラと言える程度のものだ。


男は習いたての魔術を使いカツアゲや暴行を行っていた。

そんな事を続けていた時、誠司に追われたのだ。

走っている内に港の出入り口が見えてきた。

安心し少し歩調を緩めた。


「ふう、焦ったがなんてことねえ。このまま――――」

「どこ行こうとしてるんですか?」

「ッ!?」


後ろから突然声がかけられた。

男は急いで振り向くと、数メートルそこには黒髪の小柄な少女が立っていた。

驚きが隠せなかった。男は索敵の魔術を常に展開していた、そこまで広い範囲に索敵は出来ないが半径十数メートルは自らの索敵範囲内なのだ。それなのに関わらず自分の後ろには少女が立っている。


「お前どうやって俺の後ろに!?」

「いや、別にそんなことどうでもいいじゃないですか。今大事なのはあなたはもう逃げられないという事実。ただそれだけです」


淡々と少女は語る。

男は一瞬警戒したが相手は少女たった一人、さっき追っかけてきた男はいない状況を把握すると慢心した。


「なあ、嬢ちゃん。痛い目見たくなきゃ俺を見逃しな。さもないと少し痛め付けた後、俺がちょっと楽しむハメになるからよ」


男はそう言って右手を前に出し素早く開く。


業火の種火よ01.seedfire―――」

「遅い!!」


パァアアアンっとまるで何か弾けるような音が響いた後、男は白目を向いて仰向けに倒れていた。


倒れた男を呆れた目で見る少女、その場に足音が近づいてきた。


「どうだ、リリア。終わったか」


声がする後ろの方を見ると誠司がいた。


「誠司さんこの人馬鹿なんですか、敵が真ん前にいてのうのうとたれ書き言った後に、長い詠唱が必要な魔術をだらだら言う暇があると思っているんですかね?」

「しょうがないだろ、所詮魔術をかじった程度のチンピラなんだ。あまり高度なことはできねえよ。ほら行くぞ、依頼者にはもう完了の報告入れといたから」

「はーい」


そう言って夜の闇に二人の魔術師は消えていった。



――――――――


ピピピピピピッとスマホの目覚まし用アラームがけたたましくなる。

誠司はまだ残る眠気と戦いながら起きスマホのアラームを止めた。欠伸を噛み殺しながら、覚醒仕切ってない意識で回りを見た。

小型のテレビが部屋の左側にあり、前にはダイニングキッチンと廊下が見える。


(そうか、昨日仕事から戻ってきてすぐ寝たのか)


昨日の事を思い出し、ベットから起きようとした時だ。

妙な重さと温かさが下半身に感じられた。

察しは付いているが布団をめくり、確認する。


「何やってんだ、リリア」

「う、うう。まだ寝かせてぇー」

「いや、起きろ。それでお前は何やってるんだ?」


朝から顔に手を置きたくなる。

リリアそう呼ばれた少女は、目を擦りながら起き上がり座った。

腰まである長く綺麗な黒髪、顔立ちは非常に整っている。肌は白くシミや傷一つない新雪の様だ。

そんな美少女が、ワイシャツ一枚で引っ付いて寝ており然も小柄な身長に対しては豊かな胸がワイシャツの上から主張をし、すらりと伸びた生足まで見えているのだ。

どう態様すればいいのかわからない。


「お前、なんていう格好してんだ。というかお前、俺の敷いた布団で寝てたよね!?」


ベットは今の自分から見て右側にぴったりとくっつけて置いており、そのベットとテレビの間にリリア用の布団を敷いていたはずだった。

そこを見るとやはり掛布団がめくれて置いてあり、さながら脱皮の後の様である。


「誠司さん。大丈夫ですよ。ちゃんとパンツは履いてます」

「ぜんぜっん大丈夫じゃねえよ。アウトだろ」

「えーーじゃあもうこのまま襲ってもいいですから」

「何の解決にもなってねえよ」


寝ぼけたまま返答するリリアはもうスルーしようと決め、起き上がる。

「んーー」と言いながら背伸びをするリリア。そのリリアからゆらゆらと揺れるが生えていた。

ハートマークを逆さしたような形をしたものが尻尾の先についている黒い尻尾。

常人が見たら驚きそうだが、ここでは別に驚くことでもなかった。


彼女は夢魔の血を引く少女なのだ、何らおかしな事はない。


そして自分は魔術師なのだから。


東京都研究特区エデン。通称海上都市エデン。


日本からある程度離れた太平洋南方に浮かぶ人工島。

表向きには最新科学の研究特区として建設された巨大海上都市。

しかしその本来の目的は魔術を研究するためと人類の生存圏拡大に伴う魔族の移住特区でもある。


それがこの島の正体であり、本性だ。


また自分達もその島に住む、魔術師と夢魔なのである。


誠司はさっさと朝の準備をする為、洗面所へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る