第23話
「来るわよ!」
サクラが刀を握る手に力を込めたのを見て、シルビアが声を上げる。
二人はそれぞれ左右に飛び込み、放たれた次元斬を回避する。すぐに立ち上がり、シルビアはサクラに向かって走っていき、シャルロットはそのまま二丁の銃でサクラに連射攻撃をお見舞いした。
「ふふ……」
サクラの目の瞳孔が、一瞬だけ赤く光る。彼女は、射出された八発の銃弾を全て回避した。
「便利な目を持っているようね……!」
そこでシルビアが、前蹴りを放ちながら接近する。
「私の目にかかれば、銃弾など止まって見えますよ」
シルビアの前蹴りを鞘で弾き、腹部を狙った抜刀斬りで反撃するサクラ。
シルビアはその斬撃をバックステップで避け、左ハイキックで牽制しながら再び近付き、右後ろ回し蹴りへと繋げる。
サクラは頭部に放たれたそのハイキックを首を傾けて避け、回し蹴りは右手の甲で受け止める。そして、左手に持っている鞘の先端で、シルビアの鳩尾を突き刺すように攻撃した。
鞘が当たる寸前で背後に飛び退いたものの、避けきれず、ほとんど直撃という形で命中してしまう。
「――ッ!」
一瞬ではあるものの、シルビアの横隔膜が動かなくなる。呼吸もままならなくなり、彼女自身も動けなくなってしまう。
トドメは、右手の刀による袈裟斬りであった。
しかし――
「させないわよッ!」
駆け付けたシャルロットがシルビアを突き飛ばし、斜めに振られた刀を二丁の銃で挟み、攻撃を阻止した。
鳴り響く耳障りな甲高い金属音。二丁の銃と日本刀による鍔迫り合いが始まる。
「中々良い反応力をお持ちのようで……!」
「銃弾見てから避けるような奴に言われても……嫌味にしか聞こえないわよ……!」
お互いに得物を押し出し、二人は一度距離を離す。
すぐに体勢を立て直したシャルロットは、二丁の銃を近距離から連射する。
サクラは自分の前で刀を高速で回転させ、その全ての銃弾を弾いた。
「ちょっと……それは無いでしょう……」
その芸当には流石に目を疑い、シャルロットは苦笑を浮かべる。
「ふふ、そんな顔しないでくださいよ。今更驚く事でも無いでしょう」
サクラはそう言い、刀を振って真空刃を放つ。
「……それもそうね」
その真空刃をステップで避け、シャルロットは二丁の銃の再装填をしながらそう答えた。そして、再び接近していきながら、銃を構える。
今度は狙いを正確には付けずに、サクラの周りをアバウトに狙って乱射する。彼女が銃弾を避けた所に弾を当てようという魂胆だ。
しかし、そう簡単にはいかない。サクラはその魂胆を見抜いていたのか、その場から動かずに、自分に向かって飛んでくる銃弾だけを刀で弾いた。
「お見通しってワケね!」
シャルロットはサクラの目の前までやってきて、右手の銃のグリップをサクラの首に打ち付ける。
それを鞘で弾き、刀を縦に振って反撃するサクラ。シャルロットは刀を左手の銃で弾き、左足でサクラの腹部を横から蹴りつける。
蹴りを後ろに下がって避け、サクラは踏み込みながら刀を振り下ろす。その斬撃がシャルロットに避けられた後、サクラは一旦刀を後ろに引く。そして、シャルロットの胸部を狙って何度も刀を突き出した。
恐ろしい速さで突き出されるその刀を、シャルロットは後ろに下がりながら銃で弾いていく。最後に放たれた大振りな突き出しを両手の銃で防いだ事で、シャルロットは元居た場所まで押し戻され、状況は振り出しに戻った。
「全く。埒が明かないとはまさにこの事ね」
溜め息をつくシャルロット。それに対し、サクラは鼻で笑って答える。
「どうします?今謝れば、許してあげない事も無いかもしれませんよ?」
「あら、それは素敵な話ね」
シャルロットはそう言いながらも、ニヤリと笑って引き金を引く。
銃弾がサクラの頬の一センチ横を飛んでいく。サクラは降伏の意が無いという事を悟り、ニヤリと笑った。
「……そうですか」
刀を鞘に納め、シャルロットに狙いを定める。例の次元斬が来ると察し、シャルロットはすぐにその場から退避する。
しかし今までの例に無く、サクラは次元斬を連発した。
「嘘!?そんなに軽々と撃てる物なの!?」
次々と刻まれていく空間から逃げるように、シャルロットは部屋の中を走り続ける。
徐々に壁まで追い込まれ、逃げ場を失いそうになるが、シャルロットは足を止めずに壁に向かって走っていく。
「(こうなりゃダメ元、当たって砕けろ――!)」
そして壁を走って垂直に登り、天井付近で宙返りを決め、更に空中で逆さまになった状態でサクラに四発の銃弾を撃ち込んだ。
次元斬を放っていた最中、それに加えて予想外の反撃だった事からか、サクラはその銃弾に反応する事ができない。
「――ッ!」
状態が状態であったが故に正確な狙いは付けられず、全ての銃弾が当たる事は無かったが、その内の一発がサクラの腹部に命中した。
「あー怖かった……」
足を揃えて体操選手のように綺麗な着地を決めたシャルロットが、髪をかきあげながらふうっと息を吐き出す。
「お見事です……」
サクラはふっと笑ってそう言い、少量の血を口から吐き出した。それを見て、シャルロットは眉をひそめる。
「耐久力は人間みたいね」
「多少は頑丈になっているハズなんですがね……銀の銃弾の効果でしょうか……」
そう言ったサクラは肩を上下する程に呼吸が荒くなっており、額には汗が浮かんでいるのが見える。
「ゲームセットかしら?」
「いえ……まだやれますよ」
サクラは刀を構えた。
「そう。それならそれで構わないけど」
シャルロットは無表情でそう答え、右手の銃を構えてサクラに歩み寄っていく。それに対し、サクラは自分から近付いていき、刀を振り下ろした。
しかしその攻撃はまるで別人のように思える程キレが無く、シャルロットは軽々と避ける事ができた。あまりの弱り方に、シャルロットは反撃を忘れて呆然としてしまう。
「あんた……」
「何をしているんです……?早く……殺すなら殺しなさい……」
振り返り、再び刀を振るサクラ。今度は避けずに、シャルロットはその刀を銃で弾いた。
サクラの手から刀が離れ、離れた所に飛んでいく。すると、サクラはふっと力無く笑い、その場に膝から崩れ落ちた。
シャルロットは座り込んで俯いているサクラの頭部に、右手の銃を突き付ける。そして、一言訊く。
「降参?」
サクラは答えず、俯いて肩を上下しているだけ。
その時、二人が入ってきた扉が開き、一人の少女が現れた。
「サクラさん!」
マリエルであった。彼女は入ってくるなりサクラに駆け寄っていき、シャルロットとの間に割り込む。
「マリエル……!?」
「待ってください!サクラさんを殺さないで!」
「――ッ!」
シャルロットの銃を握る手の力が緩む。すると、通路で待っていたエマとアリスの二人も部屋に入ってきた。
「これはどういう事?」
シルビアがエマに訊く。
「私にもわかんねぇけど、マリエルがいきなり部屋に入るって言い出したんだよ」
「止めなかったの?」
「止めたさ。でも、止まんなかった」
「……止められなかったの?」
「止められなかった……と思う」
「……」
「いって!蹴るなって!」
そんな傍ら、マリエルはシャルロットの説得を続けている。
「サクラさんは悪い人じゃないんです!お願いします!」
「マリエル。この女は敵よ。ディミトリの復活を望んでいる――つまり人類の滅亡を望んでいる奴なのよ。そこをどいて頂戴」
「そんなの嘘です!サクラさんがそんな事を望んでるなんてあり得ない!」
マリエルの強い口調に、眉をひそめるシャルロット。
「根拠があるの?」
その質問に、マリエルは俯きながら答えた。
「根拠が……必要なんですか…?」
「……はい?」
「人を信じるのに、根拠が必要なんですか……?」
「マリエル……」
「サクラさんは……サクラさんは……!」
そこで、ずっと俯いて二人のやり取りを聞いているだけであったサクラが、ゆっくりと顔を上げた。
「マリエルさん……」
「サクラさん?大丈夫なんですか?」
「私から……離れてください……」
「……え?」
マリエルは耳を疑い、サクラを見つめた。
「シャルロットさんの言う通りじゃありませんか……。私はあなた方の敵……戦いに負けた以上生かされる筋合いはありません……」
「そ、そんな……!」
「良いんです。これで……」
サクラは優しく微笑む。そして、マリエルの目元の涙をそっと手で拭う。
「ありがとう。あなたは優しい子ですね。でも、私なんかに涙を流すのは勿体ない」
そう言って、マリエルの身体を突き飛ばす。マリエルは倒れたが、すぐに立ち上がる。
「サクラさんッ……!」
「さぁ、シャルロットさん。お願いしますよ」
「……」
シャルロットは下ろしていた銃を再びサクラに向ける。
「嫌っ!止めて……!」
シャルロットの銃を無理やり下ろそうとするマリエル。
それよりも早く、銃声は鳴り響いた。
時が止まった。その場に居る全員が、そんな感覚を覚える。
その錯覚を破ったのは、シャルロットの声であった。
「こんなのはどうかしら?」
はっと我に返った一同の視線が、シャルロットに集まる。
「人類の滅亡、ディミトリの復活を望むヴァンパイアのサクラは私が殺した。そして今ここに居るのは、人間として生きる事を決めたサクラという人間。どう?中々面白いでしょう?」
そう言って、銃口から硝煙が立ち上っている銃を下ろすシャルロット。サクラは自分のすぐ近くの地面に作られた弾痕を、呆気に取られた様子で見つめていた。
「……ちょっと。何とか言いなさいよ。気まずいじゃない」
「何故です……?」
サクラの声は震えている。彼女はシャルロットの行動を理解できずにいた。
「何故って、さっき言ったでしょう?あんたは人間として生きていく、サクラっていう人間よ。まぁ、性格は気に入らないけど、そういう事なら殺す筋合いは無いわ」
「私に情けを……?」
「大人の判断よ」
シャルロットはそう言って、すぐ近くで呆然としているマリエルを顎でしゃくって見せた。
「この子に感謝しなさい。それじゃあね」
部屋の出口へと歩いていくシャルロット。
「行きましょう、シルビア。まだ一仕事残ってるわ」
「待ちなさい、シャル」
シルビアはやけに早足で去ろうとしているシャルロットを呼び止める。
「話なら外でもできるでしょう。とにかく行くわよ」
「ここでもできるでしょう」
「……シルビア」
シャルロットは突然シルビアを抱き寄せ、小さな声で話し始めた。
「恥ずかしいのよ……!あんな臭いセリフ連発した後ここに居られるワケ無いでしょうが……!」
「あんた何言ってんの……?」
「うるさい!いいから行くわよ……!」
「却下」
「はぁ……!?」
二人が下らないやり取りをしている中、呆然としているサクラの元にマリエルが歩み寄る。
「サクラ……さん……」
「ふふ、不思議な方ですね……」
くすくすと笑うサクラ。マリエルはそんな彼女の胸元に飛び込むように、彼女に抱き付いた。
「良かった……良かったぁ……」
「そ、そんなに泣くような事じゃ……」
マリエルの号泣に困惑し、苦笑を浮かべるサクラ。
「だって……だってぇ……!」
胸元で声を上げて泣いているマリエルの頭を、サクラはそっと撫でる。
「……やっと、答えが出ました」
サクラが呟く。そして、誰に言っているワケでも無いが、話を始めた。
「ずっと、迷っていたんです。フォートリエ様に仕える身とは言え、人類を滅亡させる事には賛成できなかった。でも、命を救って貰ったフォートリエ様に刃向かうような真似はできない」
「命を救って貰った……?」
顔を上げるマリエル。
「私はこの地のヴァンパイア伝説を知り、祓魔の修行としてフォートリエ様を討伐しようとして、返り討ちに遭ったんですよ。――笑えますでしょう?」
「お母様に?」
「えぇ。ヴァンパイアとして目覚めた直後のフォートリエ様に敵うハズも無く、手も足も出ないような惨敗……」
サクラは自分自身に嘲笑する。
「それからは葛藤してばかりでした。主命に従うか、僅かに残された善意に従うか。……でも、その葛藤も終わりですね」
「どういう事です……?」
サクラはマリエルの頭を優しく撫でながらこう言った。
「私の為に涙を流してくれる少女が居る。その子を裏切る事はできません。それならば、その為に最善の判断を取ります。……ありがとう。マリエルさん」
「……」
マリエルは再び、サクラの胸元に顔を埋めた。
そんな傍ら――
「とにかくここを出ましょう!恥ずかしくて死にそう!」
「恥ずかしくて死ぬ事は無いわ。安心しなさい」
「何でも良い!何でも良いから!お願いだから出ましょう!」
「却下」
「いじめてるの?ねぇいじめてるの!?さっきからエマとアリスの視線が滅茶苦茶痛いのよ!刺さりそう!」
「視線が刺さるっていうのは表現よ。死にはしないわ安心しなさい」
「そういう意味じゃないわよぉ……!このわからず屋!」
アルベール姉妹の下らないやり取りは、まだ続いていた。
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