第10話 とある騎士の話
──このお話はソフィと共にヴィエンヌの町にやって来た男の戯れ言である。
私は城で騎士として働いていたが、今はそうではない。
国王様よりソフィ様を影より見守ることを仰せつかり、ヴィエンヌの町へとやって来たのだ。
ソフィ様は伯爵令嬢であり、第二王子の元婚約者だった人物である。
しかしその第二王子であるジャイアヌス様のお怒りを買ったらしく、婚約を破棄されてしまったそうだ。
……何とも馬鹿な話である。
ジャイアヌス様の素行に問題があることは知っているが、あと数年だけ大人しくご機嫌を取っていれば国王になられるお方だ。
そうなれば王妃として少なからずの実権を握れるのだから、もう少しの辛抱で何度でも出来たはずである。
さもすれば実権さえ握れれば現王妃が行ったように、どんな問題も後でどうにでも出来るはずだ。
……そうしてくれてさえいれば罰としてこんな町に飛ばされることはなく、私もこんな田舎の町にくることは無かったのに。
しかし第二王子の怒りを買って婚約破棄をされた割には、いささか罰が軽いように思われる。
それに直接手を貸すことは禁じられて見守るだけなのだが、護衛を付けるなど普通では無い。
……何か国王様も思う所があったのだろうか。
しかしソフィ様は何とも不思議なお方だ。
普通の貴族であれば直ぐにでも音を上げてしまいそうなものなのだが、いとも簡単に町に溶け込んでしまった。
既に完全にこの町の一員である。
なるべく側で見守るためにソフィ様が働く食事処に足繁く通い常連となったのだが、まるでそこにいるのが当たり前のように笑顔で接客をしているのだ。
「あっ、オットーさんお帰りですか?」
「ああ、今日も美味しかったよ」
「ありがとうございます。ニコライさんに伝えておきますね!」
こうして何事もなく一日が終わり、また新しい日が始まる。
この繰り返しがこの町に来てから普段の私の生活だ。
しかしこの普段と違う日がある。
それはソフィ様の休日だ。
いつも同じ場所にいる普段と違い何をするのか分からない休日は、常に緊張感が強いられる。
大人しく家にこもっていてくれれば良いものの、町をウロウロと歩き回るものだからバレないように付いていくだけでも大変だ。
……そんなフラフラしていると危な──あーあ、言わんこっちゃない。
「ごめんなさい!」
「いいよいいよ、ソフィちゃん。あ、そうだ今度またお店に寄るからね!」
「はい! ありがとうございます!!」
ぶつかりそうになったのが知り合いだったから良いものの、もしあれが気が短い人であったならば酷い目に合っていたかもしれない。
しかしホッとしたのも束の間、ソフィ様はそのままフラフラと歩き始める。
……その方向は……不味いな。
ソフィ様が向かった先は人通りの少ない、裏道だ。
人の目が届かないその場所は治安が悪い。
それに人通りが少ないということは、バレないで追跡することも困難になるということだ。
距離を取り細心の注意を払いながら付いていくと、その姿を見失ってしまった。
……ヤバい、ヤバい、ヤバい。
もしこのまま見失いソフィ様が怪我をしたならば、国王の命に背いたという事で自分の首が飛びかねないだろう。
必死に探すも、なかなかその姿を見つけることが出来ない。
ソフィ様の足なのでそう遠くまでは行っていないはずなので、もう一度しっかりと探すために元来た道を戻る。
すると背後からいきなり声が掛けられる。
「オットーさん! 助けてください!!」
「うぇっ! え? あっ、ソフィ様!?」
「そうです。いいから早くこっちに来て下さい!」
何がなんだか分からず思わずソフィ#様__・__#と言ってしまったが、気にしていないようなので、とりあえず安堵するものの、連れていかれた先にはボロボロの服を身に纏った少年が倒れていた。
「ソフィさん、彼は一体?」
「どうやら熱があるみたいなんです。宿まで運びますから手伝ってください!」
「ええ! そんなことしたら病気がうつってしまうかも知れないでは無いですか!!」
こんな得体の知れない、それも薄汚れた少年がどんな病気を持っているのかは知れたものではない。
「……分かりました。それでは私が一人で運ぶので、オットーさんは宿に行ってニコライさんに一つ部屋を空けるように言ってください。それと出来れば医者も呼んでください!」
「あ、ああ……」
ソフィ様は私が少年にさわることを拒絶したのを見て、自分で少年を担ごうとし始めた。
賢明なソフィ様のことだ。恐らく私が断ったことで、他の人に頼んでも無理なのだと悟ったのだろう。
しかしそれならば少年から病気を貰う危険性も知っていて欲しいものだ。
そうすれば少年を自ら助けようとは考えず諦めてくれるだろうに、恐らくそれを知らないソフィ様は自分の体より大きい少年を担ごうとしている。
普通の少年ならば一切持ち上げられないのだろうが、痩せ細った彼はソフィ様でも持ち上げられた。
しかしまともに運べているとは言い難い。
……ああ、何を悩んでいるんだ私は!
「分かりましたよ。私が運びますから、ソフィさんが宿に戻り、御自分で状況を伝えてください!」
ソフィ様が担いでいた少年を私が担ぎ直しそう告げると、ソフィ様の顔がパアッと明るくなる。
「ありがとう、オットーさん! このハンカチもあげるから宜しくね!!」
ソフィ様はご自身の口元を覆っていたハンカチを、私につけ直してくれる。
ソフィ様によると、それで病気が移るのを防げる確率が上がるのだそうだ。
どうやらソフィ様は、病気が移る可能性を知らずにこの少年を助けようとしていた訳ではなくて、知った上で助けようとしていたようだ。
……そんかことを自ら進んで出来るなど、人が良すぎる──ああ、だからソフィ様は婚約破棄をされてしまったのだろうな。
こんなお人好しが陰謀渦巻く王宮で生きるのは、それは大変だっただろう。
だがそんな人だからこそ、誰かが支えなくてはいけない。
こうして影ながら支えなければいけないのにも関わらず直接手を貸してしまったオットーなのだが、彼の心の中に後悔の念は残っておらず、騎士としてソフィに仕えなければいけないと心に誓ったのであった。
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