第9話 ボロ着の少年


──ヴィエンヌの町にすっかり溶け込んだソフィは、たまの休日に町を散策する。



 伯爵令嬢として家や城に住んでいたころは、自分の足で歩き回ることはほぼ無かった。

 だからこうして知らない場所を歩き回るのは楽しくて仕方がない。

 笑顔で歩いているものだから、顔馴染みの町の人に声をかけられる。


「ソフィちゃん、今日は随分とご機嫌だね」


「分かりますか?」


「その顔を見ればね……ほらこれを持っていきな」


 リンゴに良く似たラクスという赤い果実を渡される。


「ありがとうございます!」


 鼻歌混じりに再び町の散策を始め、しばらく色々な場所を見て回っていると人にぶつかりそうになる。


「ごめんなさい!」


「いいよいいよ、ソフィちゃん。あ、そうだ今度またお店に寄るからね!」


「はい! ありがとうございます!!」


 そんな感じに周りばかりみていたものだから、気付かないうちに大通りを外れてしまう。

 ……あれ、ここはどこだろう?

 どうやら気付かないうちに知らない裏道に入り込んでしまったようだ。

 危ないかも知れないし引き返そうかなと思っていると、何処からともなく呻き声が聞こえてくる。


「うぅ……」


「ひっ、何?」


 周囲を見渡すも、それらしき姿は見えない。

 怖くなり逃げ出そうとするも再度、同じ声が聞こえてくる。

 無視すべきか迷ったが良く良く聞き耳を立てると、その声は壁に挟まれた細い道から聞こえてきたようだ。

 そーっと覗き混むと、そこにはボロ着の少年がうずくまって倒れていた。

 ……まぁ少年と言ってもソフィの年齢とは同じくらいなのだけれども、中身の花音二十八歳としては保護欲に駆られてしまう。


「大丈夫?」


「ひっ! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 話しかけるも少年は頭を抱えて怯えてしまった。

 ……ちょ、まさか私のことを怖がってるの?


「大丈夫だよ、私は何もしないからね?」


 ……あれ? 何だかこれだと本当に悪いことをする人みたいかな?

 それでも少年はおそるおそる顔を上げてくれる。


「あれ? 女の人……」


「何があったの?」


「えっと……」


 少年に何があったのか尋ねようとすると、『ぐぎゅるるるる』と少年のお腹が盛大になったので、持っていたリンゴっぽいものをあげてから話を聞くことにした。



──レックスと名乗ったその少年は美少年としか言いようがなく、中性的で可愛い顔をしていた。


 ……ではなくて、貧困に喘ぐレックスはお金が無いにも関わらず市場に売っていた商品を見て思わず手にとってしまったのだが、『汚い手で商品にさわるな!』と怒鳴られた瞬間に思わず逃げ出してしまったそうだ。

 それだけであればまだよかったのだが、慌てていたのでその手には商品を持ったままであり、お店の人に追いかけられてしまったらしい。

 そして裏道を必死で逃げたからか、逃げる途中で商品を落としてしまったからか分からないが、ようやく追ってはこなくなり一息ついた所で、ここで意識を失い倒れてしまったそうだ。


「そっか……」


「……」


 ……うーん、どうしたら良いんだろうか。

 今の私にはレックスに出来ることは限られているし、かと言ってこのまま見捨てるのは可哀想すぎる。


「レックスの家はどこにあるの? とりあえずそこまで送っていくよ」


「家は…………無い」


「えっ……」


 話を聞くと、地方貴族の下女として働いていた母親はレックスを産んだ際に死んでしまったそうなのだが、レックスはその貴族に娼館へと売られてしまったらしい。

 男の子にしては可愛い顔をしているので女の子と間違われて買われた様なのだが、娼館にはその仕事がら親の分からぬ子供が多くいるので、その子供たちと一緒に育てられたそうだ。

 しかし男で子供のレックスに出来ることなど限られている。

 娼館では娼婦の身の回りの世話をすることぐらいしか出来ない為に、穀潰しとして酷い扱いを受けてきたのだ。

 それだけであれば耐えられたのだが、男色を好む客を取ろうという話があることを耳にし、嫌でその娼館を逃げ出したらしい。

 そしてこのヴィエンヌの町にたどり着いたのだが、身寄りもなく汚い格好をしたレックスを雇ってくれるようなところは無く、お金も尽きて今に至るそうだ。


「そういえば、お父さんはいないの?」


 母親が死んだと聞かされるも、レックスの口から父親のことが出てこないので不思議に思い尋ねる。


「父さんのことは何も知らない……母さんも父さんのことは何も教えてくれなかったんだ」


「そう……」


 話を聞けば聞くほど何とかしてあげたいと思うものの、ただお金をあげれば済む話では無い。

 ……うーん、どうしようか。


「心配しないでください。僕は一人で大丈夫です。それにラクスでお腹も満たされましたし、本当にありがとうございます」


 そう言って、レックスは立ち上がり走ってこの場を立ち去ろうとするが、急に動いたものだから再び倒れこんでしまった。


「ちょ、レックス君!?」


「ごめんなさい、何だか力が入らなくて……」


 レックスの側に駆け寄り、体を起こすために触れると、尋常ではない体温をしていた。


「ちょっ、何これ!」


「すみません、今朝からなんだか体調が悪くて……」


 風邪を引いているのか、それとも他の病気か分からないが、レックスは再び気を失うように眠ってしまった。

 このままにしておくことは出来ないので、運ぼうとするもお嬢様の筋力では到底持ち上がるものではない。

 ……うん、これは絶対にムリなやつだ。


「人を呼んでくるから、ちょっと待っててね!」



 こうしてレックスを運び看病をするために、助けを求めて大通りに走っていくソフィであった。

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