第3話今夜は

 家へ戻れば、案の定鍵は閉まっている。

 それでも、窓までは鍵はかかってない。

 ならば窓から入るだけ。

 中は明かり、置き手紙、ケーキを残して嫁は居らず。

 置き手紙を読めば、青ざめた。

 また、あと一歩足らずか?

「馬鹿野郎。」

 吐き捨てた言葉は己に。

 霧となり走るはイルミネーションを通り過ぎた。

 何処だ。

 何処に居る?

 影を探して霧となる。

「夜影っ。」

 呼べばそれで昔は十分だっただろう。

 それが忍であったのだから。

 泣くな、其処にいろ。

 動くな、其処に行く。

 恐怖、不安が沸き起こったのは、いつだったか夜影が海へと飛び込んだ真冬の日を思い出したから。

 沈んでくれるな。

 今度こそ、それでは間に合わない。

 其処で立つ、影を思いっきり。

 抱き締めた。


「すまん。」

「才造?仕事は?」

「後輩に預けた。」

「後輩さん、いいの?可哀想ー。」

 ケラケラと笑う夜影の声がまだふるえている。

 泣いたのか、それとも寒いのか。

「寒いか?」

「ううん、もう、寒くなくなった。」

「待たせたな。帰るぞ。」

「あと少しで、海に沈もうかと思った。」

「馬鹿。」

「お馬鹿さんは才造だからね。」

「そうだな。とんだ大馬鹿野郎だ。」

 クスリと笑う夜影の声に、もう、冷たさは残っていなかった。

 怒りはなし。

 寂しさは解消。

 それなら、次はなんだ。

 家に入ると、置き手紙を夜影が捨てようとする。

 それを奪えば綺麗に折り畳んだ。

「何。」

「捨てない。」

「もう要らないじゃん。」

「いいんだ。」

 なんとなく、持っていたい気がして。

 不思議そうな顔を浮かべた夜影は、ケーキの前へと座った。

「眠い。」

「ケーキ、食わんのか?」

「才造が食べればいいもん。才造のケーキだもん。」

「そうか。す、」

「もう『すまん』はいいの。『ありがとう』がいいな。」

「……ありがとうな。夜影。」

 満足気に心底幸せそうに、笑った夜影はワシがケーキを食べ終わるまで見つめてきていた。

 この顔が見たくて、仕方がなかった。

 見れて良かった。

 それだけで、満たされる。

「そのケーキ、こちとらからのプレゼントなんだからね。」

 そう言われて、プレゼントを用意していないことに気付く。

「才造はもう、プレゼントくれたから、いいの。」

 察したか、そう先に言われる。

 首を傾げればクスリと笑った。

「あんたが帰って来たってだけで、プレゼント以上なんだからね。朝まで一緒に居てよね。」

 甘えた声で、そう言った。

 トロンとした目は、もう眠ってしまいそうで。

 その頭を撫でてやる。

「仕事、控えるようにする。」

「え?」

「意地でも断る。」

「そ、そこまでしなくたっていいよ?」

「いや、する。金に困ってるわけじゃないからな。だったら、お前を取る。」

「…これだから才造は。かっこよくていけないんだから。」

「何処がだ?」

「全部!」

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