うちの子過去話
@miduki_kikyou
第1話《欺ク薊ノ過去》
──此処は数千年前の現世(後に人間道と呼ばれる)。
彼は気紛れに、ある山の中に降り立った。
「あー、ついつい暇で現世に来ちまった。後で時劫とかに怒られるなー……ま、いっか。」
彼は薊。《運命ノ神》である。
「…そんで、何か面白い事起きないかなー?」
ニヤニヤと嗤い、山奥を見つめる。目を細め、ある一点を見つめる。すると。
「プギーーー!」
そんな鳴き声を出しながら巨大な猪が薊に向かって突進してくる。嘲笑しながらひょいと躱す。
「ほぉー、お前がこの山の主か。」
『出ていけ!お主のような穢れた神が入ってくるな!』
猪は薊に意思を伝える。しかし、彼は嗤っているばかりで一向に動かない。
「穢れた神ねぇ…体は穢れてねぇよ。敢えて言うなら、穢れてるのは心、魂だな。」
『出ていけー!』
猪は叫ぶように意思を伝え、薊に向かって再び突進する。そして、当たる寸前。彼は猪の頭を踏みつけ、高く跳躍する。
『なっ…!』
「さっさと死にな。」
そう言って猪の背に着地する。それと同時にバキッと背骨が折れる音がした。猪は叫び、山全体に、麓にある集落にまで届く断末魔を上げ、倒れた。
「ふぅ、また命を奪ってしまった。はい、南無三。」
薊は猪の骸の前にしゃがみ、手を合わせた。
此処までの一連の流れは、全て薊が運命を操り、起こした不祥事である。当時、薊は命を粗末に扱い、欺く行為を常に行っていた。
「さぁて、今日の夕食は猪鍋だな。贅沢贅沢ー!」
独り言を呟き、慣れた手付きで猪を解体していく。倒れた木を手刀で小さく折り、乾燥させる。竹の葉を取り、節を抜き、簡易鍋、取り皿、箸を作る。
「野宿の準備完了ーっと。」
◆
彼が野宿の準備を終えた時、麓の集落では。
「山の主が何者かに殺されたぞー!」
「災いじゃ、災いが起こる!」
「子供と女は避難してろ!」
大騒ぎが起きていた。男は竹を加工した槍、金槌、鶴嘴を手に持ち、山へと向かう準備をしている。そんな中。
「駄目!もしかしたら凶悪な化け物かもしれない!皆が一斉に行っちゃ駄目よ!…私一人で見に行くよ。」
彼女の作った柄の長い刀のようなモノ──竹薙を手に持ち、男共の前に立ち塞がる。
「結珠(ユズ)!お前は引っ込んでろ!…お前は集落の長の娘だろ!そんな重要な者が行くな!」
先頭に立っていた男が一喝するも、
「男共は子供と女を護っておけ。私一人で十分だ。じゃ、頼むぞ。」
彼女──結珠は男を無視し、山へと消えていった。
「…長殿、どうする?彼女を追いますか?」
長と呼ばれた年寄りはゆっくりと口を動かし、言った。
「勝手にしろ。彼奴はそう言う奴じゃからな。」
◆
一方、薊は。
「あー、ひっまだなー。これじゃー現世に来た意味がねぇー。」
木の枝の上で寝転がっていた。
頭を掻き、ぼぉーっと空を見上げる。
ガサッ。
近くで何者かが近付くのに気付く。その物音を彼は聞き逃さなかった。
「…ふっ、あは、あはは!あはははは!」
可笑しそうに彼は笑う。近付いてきた者は集落の長の娘──結珠だった。
「…何が可笑しいのだ。」
彼女は立ち上がり、笑う薊を睨み付ける。
「一応言っとくが、其処の猪は俺が来た頃には死んでたよ!死因は何者かが背中を踏みつけて背骨を折ったせいだよー!」
「っ!」
彼女は薊のいる木の根もとに広げられている猪の肉を見て思わず目を伏せる。暫くして、
「……………嘘だな、あんた。背骨を折る方法なんて、幾つもある。なのに、『踏みつけて折った』って断定した。…本当はあんたが殺したんだろ?」
そう告げる。
「お、正解ー。いやー、お前が俺の嘘を暴いたのが初だよー、すげー。」
笑って手を叩く。その目は全く笑っていなかった。
「…あんた、何者だ。山の主を殺すなんて…。」
「あ?俺は薊。《運命ノ神》だ。」
その言葉は、嘘偽りなどない真実だった。
「……《運命ノ神》?何故そのような者がこの場にいるのですか?…というか何故山の主を殺す行為を行ったのです?」
彼女は彼に質問する。
「…まぁー、うん。家出みたいなもんだ。で、その主さんは俺の野宿の為の食料にね」
単純な答えに彼女は溜息をつく。
「それで、お前は何の用で俺んとこに?」
彼が彼女に尋ねる。
「…………それは、貴様を殺す為だ!」
後ろに隠していた竹薙で、薊に向かって突きつける。彼は嘲笑うばかりで動かない。
「…何故嗤う。自身が危険の身に曝されているのに。」
「いやぁー、お前、これで勝ったと思ってるのか。…面白いなぁー。」
彼は竹薙の先端を右手で押さえ付け、結珠に近付く。刃が手の平に食い込み、血が流れる。そして──
彼女に口を付けた。
「──!?」
咄嗟に薊を突き飛ばそうとするも動けなかった。いつの間にか彼女の腰の後ろに手を回していたのだ。舌を絡ませる。じっくりと、味わうように。その行為を三十秒程行ったところで口を離した。
「…気が狂ったか。」
「お前は面白い。急に質問してきたかと思いきや、殺しにかかるとは。思考すら読み取れない。実に愉快愉快。だからお前、俺の嫁になれ。」
唐突に、彼は言った。結珠は目を見開き、彼を睨み付ける。
「……は?」
「いや、だから俺の嫁になれと言っているんだ。」
思考が追い付かない。初対面の神に突然嫁になれと言われたのだ、無理は無い。
「…し、しかし…私には集落の長を継がなければならない……無理だ。」
そう言い返す。しかし彼はニヤリと嗤い、右手で押さえ付けていた竹薙を彼女から奪う。
「なら、殺されたということにすればいいだろ。」
言い終えた途端、素早く左手で竹薙の柄を握り、彼女に向かって薙ぎ払った。容赦なく。何か言おうとしていた彼女の首を斬った。切り口から血が噴水のように噴き出し、糸が切れた人形のように倒れた。
「…さて、黄泉に戻るか。」
◆
ふと、気が付くと倒れていた。
「…っ………此処は?」
立ち上がり辺りを見渡す。首を斬られた痛みが襲い、思わず首を押さえる。勿論、斬られてなどいなかったが、皮膚の上を途轍もなく冷たい氷が触れたような感覚は抜けなかった。
「おう、気付いたか。此処は黄泉、死者の国だ。」
薊が、水で濡らした手拭いを手に持ち、結珠の傍に寄った。
「っ!来るな!」
立ちあがり、後退る。
「警戒すんなって。ほら、首元出せ。悪かった、突然首を斬るようなことして。」
肩をすくめる。彼女は彼を睨み付け、溜息をついて首元を見せる。斬られた位置に手拭いを当てる。その冷たさが、斬られた痛みを遠退かせていった。
「……何故、私を嫁にしようなどと言ったのだ?こんな、言動が男みたいな私を。」
改めて聞き直す。
「それは、お前の思考が読み取れないからだ。俺は、まぁ、思考を読み取る能力がある。故に、昔から思考が読み取れない者を嫁にすると決めていた。だからだ。それに俺は単純に強い者が好きなんだ。心も体もな。」
「…はぁ。」
理由を聞き、考え直す。突然のことだが、悪くはない。どうせ、集落に戻ったところで長を継ぎ、つまらない日々を過ごすことになるだろう。それぐらいならいっそ、此処で彼と過ごしていた方が刺激のある日々を過ごせるだろう。
「…分かった。お前の嫁になろう。」
答えると彼はニヤリと嗤う。
「そうか。さぁ、此方に。」
そう言い、左手を出す。右手でその左手を握ると強く握り返した。
◆
其処から時代は巡りめぐった。
此の世と彼の世は六道に分かれ、鬼月が閻魔大王第一補佐官になってからは一気に整備が進んだ。そして現在に至る、二年前。薊と結珠はすっかり打ち解け、仲睦まじい夫婦になっていた。時劫とも仲が良くなり、六道中に、『仲良し三人衆』として知れ渡っていた。
「…ねぇ、薊。私、子供が欲しい。」
彼女はそう言った。突然だった。
「そうだな。あれから数千年は経ってるし、そろそろ欲しいな。」
「今夜辺り、やる?」
「その前に結珠に言っておく事がある。結構重要な話だ。…聞いてくれるか?」
「…何だ?」
珍しく薊は真面目な顔を見せる。
「俺は《運命ノ神》だ。そして、お前は人間の亡者。この場合、神ノ子が産まれる可能性は五割。そして、神ノ子を産む際、お前に負担が大きくかかる。最悪の場合、お前が消えてしまう可能性すらある。…それでも、欲しいのか?」
「…それでも、私は子供が欲しい!」
真剣な眼差しで薊に近寄る。
「…分かった、やろう。一応言っておくが、俺は容赦なくやるからな。」
「それぐらい、分かってるさ。何時から一緒にいると思ってんだ。」
二人は、顔を見合わせ笑った。
◆
その夜、彼等は性行為を行った。一方的に薊が攻めていたが、結珠も負けじと頑張っていた。
行った次の日から、彼女の腹は徐々に大きくなっていた。
「…一夜孕みだったよ。神ノ子確定だな。」
「そうかい。また、神が増えるね。」
薊と時劫は地獄道の花街にある居酒屋で、焼酎を飲みながら話をしていた。
「んで、何のようだ。」
「…《運命ノ神》の後継ぎの話だ。」
時劫がそう告げると、薊の顔が険しくなる。
「神と神の間に産まれた子なら、天照殿から新たなモノの神の地位が授けられる。後継ぎも稀にあるみたいだが。だが、神と亡者…人間の間に産まれた神は例外。モノの神の地位を授けられない。故に、お前の《運命ノ神》の地位を子に譲る必要がある。」
「…まぁ、そうなるかー。」
薊は溜息をつき、焼酎をグラスに注いで飲む。
「ふぅー…理でも変えればイケるか?」
「駄目だ。昔、理を弄りまくって世界を滅茶苦茶にしたの忘れたのか?直したのは俺だぞ?時戻して理を変える前にして。大変だったんだからな。」
時劫は怒りの含んだ声で薊に向かって言う。
「忘れてねぇよ。…確か後継ぎって何時でも良かったっけ?」
「まぁそうだが…。」
「ま、そこ辺りの話はそのうちすることにして。酒を楽しもうじゃないか。」
「…そうだな。さて、高級ワインのロマネ・コンティを持ってきたよ。」
何処からかワイン瓶を取り出す。薊は苦笑いを浮かべる。
「お前、相変わらずワイン好きだな。服装も中世ヨーロッパ風にしちゃって。まぁ、似合ってるが。」
「そうかい。なら良かった。」
瓶の栓を抜き、ワイングラスに注ぐ。
「…終花に嫉妬されても知らんぞ。」
「う、五月蠅いなぁ…ちゃんと妹の分の服も買ったよ。オーダーメイドだけどね。」
「ほぅ。」
ニヤニヤと嗤う薊を他所に注いだワインをゆっくりと飲んだ。
◆
「はい、ひっひっふー。お腹の力抜いてー。」
「…っ、あぁ…!」
「オギャー、オギャー!」
「出てきたよ。…元気な男の子だ。」
出産予定日当日、薊と結珠の間に子が産まれた。
直ぐに薊は結珠の元に駆け寄る。
「お疲れ。よく頑張ってくれた…有難う。」
彼女の頭を優しく撫でる。撫でられ、笑みを零す。
「…はぁ……はぁ……よ、良かった…。」
渡された子供を見て安心する。
「見た目、薊にそっくりだ。ふふっ」
「そうか?」
「…確かにそっくりだな。」
後ろから時劫が覗き込む。
「お前までそう言うか。…はぁー」
溜息をつく薊に向かって、子は手を伸ばす。
「はい、お前さんのことが気になるみたいだ。」
結珠が薊に子を渡す。しっかりと抱き上げ、子は優しい笑みを浮かべた。
「…さて、名前どうするんだい?」
「あーどうしようなー」
「…うーん、『桔梗』なんてのはどうだい?」
結珠が、ふと思い立ったように言った。
「季節外れの花の名前だな。…その意味は?」
「誠実で、優しい子になって欲しいから。そして、永遠の愛を注いでいこうってね。」
「…良い名前だ。よし、今日からお前の名前は桔梗だ!」
薊はそう言うと桔梗を高く上げた。
「さ、ミルクを与えないとね。」
「おっと、そうだな。…はい。」
再び結珠の元に戻る桔梗。母乳を飲み、満足したのかスヤスヤと寝始めた。
◆
桔梗の成長はとても速かった。僅か三ヶ月で薊と同じ身長まで伸び、言葉も同時期に覚えた。
「…神ってここまで成長が速いのか?」
「まぁ、それぐらいだよ。」
その頃に、彼等は店を開いた。気まぐれに、薊と時劫がよく造っていた《箱庭》を売る《箱庭屋》を始めたのだ。店の名前は《時ノ花館》。時の流れの中にある華から転じ、名付けた。勿論、名付け親は結珠。
「桔梗も大分成長したし、少し旅に出ようかね。」
結珠がボソッと呟いた。
「これまた唐突だな。」
「ああ。…この世界は広い。だから、どんなものがあるか気になったんだ。」
「…そうか。」
窓の外を見る。微かに閻魔庁が見える。
「おかーさん、何処か行くの?」
いつの間にか結珠の元に桔梗がいた。首を傾げる。
「ああ、ちょっとの間旅に出ようと思ってね。」
「僕も行く!」
そう言う。結珠は桔梗の頭を撫で、言った。
「桔梗はお留守番だ。薊達と、私の帰りを待っていてね。」
「…うん。」
頷く。その様子を見た結珠は、安心した様子を見せた。
「薊、時劫。桔梗のこと、頼むぞ。」
「ああ、分かった。」
「承知致しました。」
その返事を聞き、結珠は店の扉を開ける。
「じゃあ、行ってきます。」
そして、彼女は出ていった。
それから、彼等は結珠の帰りを待ちながら今日も店を営業する。
了.
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