Oh! pretty woman!

冷門 風之助 

VOL.1

 このところ何かと忙しかった。

 で、ついつい年末の大掃除を先延ばしにしてきた俺は、今日になってやっと取りかかったというわけだ。

 しかし俺のねぐらと事務所を同時にやってしまうとなると、これはまさしくアマゾンの開拓、砂漠の緑化と同じくらいの難事業である。

しかし、やらねばならない。

 珍しく早起きして、昼近くまでかかり、ようやっと目途がつき、カレーライス(レトルトではない。これでも料理は得意なんだ)にありついたのは、2時を少し回っていただろうか?

 珍しく、事務所のドアをノックされた。

 俺の事務所は初対面の客だって、普段はドアなんかノックしない。

 前もって電話をしてくるか、黙って開けて入ってきて、名刺を出すか、声をかけるかいずれかだ。

 入ってきたのは女、それも雪の結晶を裾に散らした淡い藍色の訪問着を着た中年女性である。

尖った顎、ちょっと目尻の吊り上がった両目。

(こんな顔した演歌歌手がいたっけかな)

 彼女は俺の前で軽く頭を下げて、

『清水ますみと申します』と、自分の名を名乗った。

『少し散らかってますが、どうぞ』と、俺はソファを勧めた。

 完ぺきではないが、掃除を済ませていたことに、少なからず心の中で胸をなでおろす。

『で?』俺が問いかけると、

『あの・・・・私が誰か調べて貰いたいんです』

 少しおどおどした口調で彼女・・・・清水ますみはそう言った。


 私立探偵なんかやってると、突飛な依頼が来ることはさほど珍しくはないものだが、しかし『自分が誰だか調べて欲しい』なんて言いだす客は、少なくとも俺はお目にかかったことはない。

『え?今なんておっしゃいました?』

『だから、私が誰なのか調べて欲しいんです。』

 俺は彼女の眼をまじまじと見なおす。

 この業界で長年飯を喰ってるんだ。

 相手がおかしな人間か、はたまたそうでないかくらいは見当はつく。

 しかしこの、自称、

『清水ますみ』という女性、とりたてておかしなところもない。それどころか上品そうな、よく『セレブ専用』とでもいうような『女性和装雑誌』の表紙にでも載っていそうな、そんなタイプにみえる。

『清水ますみさん、年齢は42歳、輸入雑貨を扱っている会社の社長夫人。お子さんは男の子と女の子がそれぞれ一人づつ。家は世田谷の経堂にあって・・・・』

 彼女はこくんと頷いた。

 俺が出したコーヒーを飲み干してから、それだけのことを一気に喋ったのである。

『しかし、それが貴方のすべてなんじゃないですか?それを何故』

 彼女は黙ってうつむき、首を振った。



 


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