夢と太陽

 ふわふわと白い雪が空から降ってくる。空を仰ぐとそれは灰色に空を濁し、白く俺たちのいる場所を染めていた。

 俺は百合と一緒にトミオカコロニーの屋上にいる。

 俺は時軸 道長。

  このトミオカコロニーをつくった科学者の一人だ。

 普段は炬燵システムを形づくる人間の一人として、トミオカコロニーの建つ永久凍土から猫人たちを見守っている。

「こうやって、222号と225号の体を借りて会うのは何十年ぶりかしら?」

 俺の側で雪を眺めるユリは呟く。彼女は両前足を空へと伸ばし、体を回してみせた。百合の旋回に合わせて彼女の周囲の雪が撹拌され、不規則な動きをする。

「222号にはハイと俺の遺伝子が、225号にはクロと君の遺伝子が眠っている。彼らは俺たち人でもあり、猫でもあるんだ」

 彼女に近づき、俺はそっと彼女に前足を差し出した。回っていた彼女は立ちどまって、俺の前足に自分の前足を乗せる。彼女の柔らかな肉球が心地よくて、俺は瞳孔を開き眼を輝かせていた。俺たちは両前足を組み、雪の中で踊る。

「俺たちは彼らが寿命を終え、後継個体に移行するその刹那に彼らの体を借りて再開する」

「222号と225号にしてみれば、迷惑な話よね」

「そうだな。でも、まさか俺たちが残した猫に関する資料を、イエネコ信仰の痕跡だと推察するなんてね」

 おかしくて、俺は瞳孔を開き眼を光らせていた。そんな俺に彼女は問う。

「どうして、彼らを造ったの?」

「それはもう腐るほど言っただろう」

「22222回ほど訊いたわ」

「それは、にーが生まれ変わった回数じゃないか」

「私たちは彼らが生まれ変わるたびに再会してるから」

 彼女が弾んだ声を放つ。ぐるぐると喉を鳴らし合いながら、俺たちは抱きしめ合い、雪の上に横たわった。

 灰色だった空には赤みが差し、太陽が雪の大地を照らそうとしている。

「俺は、彼らに託した。俺たち人は自然の摂理の中で絶滅した個体だ。俺たちと共に生きていたイエネコも。でも、俺たちは自分たちが生きた足跡を残したかった」

「だから、あなたたちはヒトとイエネコの遺伝子を継ぐあらたな知的生命体をつくった。それが猫人。彼らに私たちの生きた証を残したの」

「彼らがどんな選択をするのか、彼らを造った俺にも想像がつかない。自分たちの中の遺伝子に注目して、俺たちの新たな体をそこから再生してくれるかもしれない。炬燵システムとなった俺たちが朽ちても彼らは生き残って、その血をこの地球に残していくかもしれない」

「どちらにしても、私たちはずっと彼らと一緒にいることになる」

「もともと俺たちは、猫たちと一緒に生き伸びる術を探すために炬燵コロニーの建造と、炬燵システムの構築を構想した。そして俺たちは、猫人たちにその行く先を託した。彼らが俺たちを再生してくれるのか、それとも氷河期が終わって新たな地球の主として繁栄するのか」

「どちらにしても、私たちはずっと一緒にいられる」

「そう、俺たちは絶滅しても大好きな猫たちと一緒にいられるんだ。ずっと、ずっと。猫人たちが滅びるその日まで――」

「絶滅しても、側にいたいもの」

 昇りゆく太陽を見つめながら、百合は呟く。この日が昇れば、俺たちは再び眠りにつく。222号と225号の後継個体が生まれるその日まで、俺たちは炬燵システムの一部として彼ら猫人を見守り続けるのだ。

「また目覚める日まで。おやすみなさい、道長」

「あぁ、おやすみ。百合」

 お互いに別れを言って、百合は静かに眼を瞑る。目覚めたとき、彼女は225号の後継個体として覚醒するだろう。

 それまでに俺にはやることがある。この百合との逢瀬を、222号に伝えるという使命が。

 ヒトモドリの記録は、この百合との一時を222号に伝えるために書かれたものだ。けれど、222号たちに俺は真実を伝えない。この時間は、あくまで俺の時間であって彼のものではないから。それを、にーに伝える必要はない。

 だから俺は彼らに頼み続ける。どうか次も百合に合わせて欲しいと。

 そのために、力を貸して欲しいと。



 

 

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