ヒトモドリ

 それは一昨日死んだ、225号の後継個体に起こっていた。我ら猫人は崇高なるイエネコの遺伝子をその身に刻む者たちである。イエネコがいたことをはるか後世に生まれるであろう知的生命体に伝えるため、我らは生殖を主とした繁殖ではなく、クローン技術をつかった同一個体を作ることにより、その命を次へと繋いでく。

 私、にーこと222号は22222番目の後継個体である。我輩の前に22222匹の我輩たちがいたというのはまさしく不思議で、遺伝子はまったく同じでもその時代背景に応じた生育環境の違いにより、我輩たち222号の個体にはその時代に応じた社会的要因によって付与された性格的特徴があった。

 その中でもとりわけ奇妙な個体が、我輩からはるか遡ることの20009番目の個体にみられた。彼は奇妙なことを口走る後継個体たちを詳しく観察し、その克明なる様子を記録として残した。そして我輩の前個体たちはその奇妙な出来事を記述することを、20009番目の個体からずっと引き継いでいるのだ。

 その彼が記録した『ヒトモドリ』という現象が、生まれたばかりの225号の後継個体に起こっているのである。

 我らはポッドと呼ばれる人工子宮から生まれる。この子宮は1匹の猫人につき1つあり、寿命が近づいた猫人はこのポッドにて自分の後継個体を培養し、その生涯をまっとうするのだ。死んだ猫人の代わりに、後継個体は他の猫人たちによって教育される。

 我輩とさーは、225号の後継個体の教育係だ。だから、ポットから生まれたばかりの彼女の面倒は私とさーが見ることになっている。

 その225号は人工羊水が抜かれた透明ポットの前に立ちつくしていた。黒猫である彼女はアーモンド形の金の眼をぱちくりとまばたかせ、ポットに映る自分の姿を見つめているではないか。

「どうして私がクロになってるのっ!?」

 ぺたりとポットに前足をつけて、鏡像を見つめる彼女は叫ぶ。あぁ、やはりヒトモドリかと我輩は納得した。そんな我輩の横にいるさーは、驚く225号のもとへと駆けていく。

「クロじゃない。あなたは225号。225号の22222番目の後継個体よ。私たちと同じ猫人。分る? 分るはずよねっ?」

「猫人、なにそれ!? 私は人間よ! 猫なんかじゃない!!」

 さーの言葉に、225号は叫んだ。

 我ら猫人はポットで培養中、睡眠学習にて自分たちが何者かをインプットされる。ポットから生まれた後継個体は自分が『何者』であるかを即座に答えることができるのだ。

 けれどときおり、原因不明の『自我の不一致』を持って生まれてくる後継個体がいるのだ。その自我の不一致を抱えた個体は、自分を猫人ではなく『人間』として認識する。

 そして、『前世の記憶』を持つ。

 その現象を我輩の前個体20009番目の222号はこう名づけた。

 ヒトモドリと――。

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