一章 九話『急襲』

「な〜んでこんな人気が無くて不便な場所に家建てるかね?」


「それがあの男の拘りなんじゃないの?」


 訪問するこちらとしては、迷惑だと言わんばかりにフィソフが口を曲げて気だるく言う。エイリスも同じ気持ちなのだろう、彼のように考えが顔に出ていた。

 因みに、今フィソフと彼とドッキングしていたスタルチスは、戦闘時とは違い、少々の距離の移動を伴うので、一時的に戦艦内にて待機している。尚、現在はスタルチスがエイリスに代わって操縦を担っている。


「しっかし、改めて見るとシンプルでかっけぇよな、この戦艦のデザイン。俺の派手でイケてるアロハに対して、こっちは抑え目だけどそれが味を出してっていうか……」


「当たり前でしょ? あの時、私が選んだのがこのグレジオラスだったんだもの。あと、しれっと、貴方が着てるそのよく分からないシャツのことを自賛してたけど……はっきり言ってあまり……というか全然イケてないわよ」


「────。ん? 今なんか言った?」


「いや絶対聞いてたでしょ! 自信のあるファッション否定されて傷ついたんでしょ!」


 エイリスの言う通り、何故かフィソフにはアロハシャツに対して並々ならない拘りがあった。それも、同じようなデザインをしたものをもう何着かストックしておく程に。

 仲間達も、常にアロハシャツを着こなしているフィソフに対していつも似合ってるだのかっこいいだの評判は良かった筈だ。満面の笑みで答えてくれたトミルやカンは勿論、トリアやジルも口の端を片方だけ上げる笑顔を──、


『フィソフ、それを苦笑と言うんだよ』


「そうか、今思えばあいつら……無理して褒めてたのか……!」


「気付くの遅すぎね」


 必至な弁明が心の中で駆け巡り、遂には声に出ていたそれをスタルチスが冷静に解説し、エイリスはとどめの一撃を与える。

 答えとして、年下組のトミルとカンとはフィソフのセンスを共有出来たが、同年代のトリアとジルにはイマイチ理解出来なかったらしい。それについては、また彼らと再会した時にでも問いただすとしよう。


 そのためにも、やはり目の前の戦いには必ず勝ち、その目的を果たさなければ。

 そして、そうこうしている間にも件の目的地は徐々に姿を現す。


「やっと見えてきたな……そろそろ準備しとくか」


『そうだね。エイリス、予定通り僕達が先に行くから、君はステルスモードを使用して、この戦艦を邸宅の前に着陸しておいてくれ。僕の存在とフィソフの聖力があるからそうそう厄介な事にはならないとは思うけど──』


「分かってるわ……その時は私も加勢する」


 準備に移ろうとするフィソフに、スタルチスが操縦席を降りながら返事をする。その間に作戦──と言うほど大層なものでもないが、この急襲においての概要を今一度確認。

 何かしらの緊急事態が起こり得ることを想定し、あえてエイリスはグレジオラスに残置。可能な限り、フィソフとスタルチスの合体戦法で攻め入る訳だが、何せ相手はあの異常なまでに人間を卑下し、嫉視している狂人だ。それだけに、彼が窮地に立たされても尚、何もしてこないとは考えられない。


「……ん? なんか光ってるぞ?」


「ホントだ……待って、よく見るとただの光じゃないわ」


「よく見るとって、どんだけ目いいんだよ……」


 未だ朧気に建物の輪郭しか見えない距離ではあるものの、その建物から空高くまで巨大な光が放たれていることは確認出来る。エイリスの指摘を確かめるべく、スタルチスに頼んで映像を拡大してもらい、その光が無数の黒い何かを含んでいることがようやく分かった。

 フィソフの突っ込んだ通り、それを肉眼で認識出来たエイリスの視力は人間離れしたそれだ。いや、少なくともただの人間ではないと初めて彼女を目にした時から思ってはいるが。


『とにかく、確かめることも兼ねて早めに向かおう。決着も早い方がいい』


「そうだな」


 勝利の方程式はまたは見えているのだろう。準備万端のスタルチスにフィソフも続き、ガレージの方へ向かう。この戦艦での出入口兼ガレージは正面を向いた突起部分や、両翼部分に位置するものとは違い、どういうわけか後尾部分にある。

 エイリス曰く、斬新でいいじゃない! とのことだが、実際に自分がその位置から飛び出すことを想像すると、なんともまあ、複雑な気分になるものだ。


「だって、なんかウ〇コみたいじゃん……」


『それは言ってはだめだ……』


 もしかしたらスタルチスも、フィソフと同じようなことを考えているのかもしれない。若干そんな気がした。

 ともあれ、ガレージに着き、スタルチスとドッキングして準備が整うや否や、ゲートが開かれ、再び強烈なGが身体を蝕みつつもはや慣れたアクロバティックな飛行でアザミール邸に向かうのだった。




* * * *




 先程まで、遠巻きにぼやけてしか見えなかった巨大な邸宅の全貌が、徐々に明らかとなっていく。

 なるほど、その正体は邸宅と言うよりはどちらかと言うと城のそれに近い。巨大な渓谷が立ち並ぶ中、その終点となる崖に城がそのまま連結している形だ。

 そして、尚閃光は建物から放たれているままで──、


「──? なんだあれ、飛行船……?」


『ロベリ・アザミールのものだと思うが……熱感知機能には彼の反応は無いよ』


「お前、そんな便利な機能も持ってたのかよ」


 邸宅からゆっくりと現れたそれは、そのままこちらの方へ向かってくる。スタルチスによると、飛行船にはロベリは乗っていないらしいので、ひとまず急襲妨害の心配は無くなる。しかし、ロベリでないとなれば誰があの飛行船に乗っているのだろうか。


『五……十……二十……なるほど、およそ五十人近い人間の反応がある。その数に対して一体のAI、それに屋敷から出ているあの光……』


「あそこで何かしらの事態が起きて、自分の部下にでも見張りを頼んでるって状況か?」


『いや、アザミール邸の人間には非戦闘員──つまり、奴隷しか居ない。そしてあの人数だ。あの男が何かの目に遭い、その間に彼女達が逃げ出したと考える方が妥当だろう』


 ロベリ・アザミールの唯我独尊ぶりは、対峙する以前からも周知のもので、もはや当然のものであった。しかし、奴隷を自宅に置いているというのは初耳だ。それも、大人数の──。


「あの野郎、人を奴隷として家に置くって外道にも程があるぞ……てか、彼女達──って言ってたけどよく分かったな」


『近付くとさらに詳しい情報も分かるんだよ。ということはつまり、君の聖力が使用出来る残りの回数や、あわよくば寿命も──』


「やめろぉぉっ! 最後のだけはやめろぉぉっ!」


 スタルチスの熱反応感知機能のさらに便利な効果を知り、自分が最も知りたくない自分の情報を彼が見透かせてしまうことも知ってしまう。

 そんなやり取りをしている内に、既に、地獄から逃げ延びた女性達を乗せた飛行船とすれ違い、巨大な邸宅は眼前に迫っていた。




* * * *




 ──悪逆非道な男が根城とする巨大屋敷には、まるで彼に正義の裁きを与えんとするかのように、どこまでも純白な光が周辺を囲っていた。

 崖の上に降り立ち、邸宅の正面を見据えると改めて、その桁外れな大きさによる迫力とそれらを取り囲む白いカーテンに唖然としてしまう。


『周囲に敵は居ない。スラータは勿論、あの男もだ。ひとまず進もう』


「おう。──それにしても静かだな……まじで、俺らが向かってる間に何があったんだよ」


『もうひと勢力による襲撃と考えるのが妥当かもね』


 敵の有無を確認し、臨戦態勢に入りつつも邸宅への侵入を開始する。もし、スタルチスの言う通りに他勢力の襲撃だった場合、彼らは、囚われの身となっていた者達の逃亡の幇助や、火事のように大量の光を放つ等といった大仕事を、難無くやり遂げているのだ。人間離れした超人──とまではいかなくとも、それに近いランクを想定すべきである。


「なんだあの部屋……入口壊れてるし──てか、あそこから光が出てんのか?」


『その様だね。あと、集中力高めて警戒心をマックスに上げておいてくれ。二人の熱源反応の内、一人は……恐らくロベリ・アザミール。問題はもう一人の方だ』


 正面玄関を開け、エントランスの大きさな驚くのも束の間、そこから真っ直ぐ廊下が続き、それに沿って暫く前進した結果、より強い光沢を放つ光と強烈な自然の匂いが入り混じる奇妙な空間に辿り着いた。

 光が邪魔して気付かなかったが、スタルチスのスキャナーを通して眼前を見据えると、そこにはあまりに綺麗に切り取られた重圧扉が倒れている状態になっていた。そんな折り重なる異常事態に対しては勿論そうだが、フィソフは別の驚きを隠せずにいた。


 ──あの冷静沈着のスタルチスが微かに焦燥しているように見えたからだ。

 ロベリと対峙する形で、同じ空間に居るもう一人の人物。嫌な予感が脳裏をよぎり、冷や汗が出てくる。


「まあ、どんな奴が来ても俺の力があれば──」

『しっ。何か聞こえる』


 拳を固め、これから戦うであろう得体の知れない強敵に向けての宣戦布告を言おうとしたところでスタルチスの制止。

 一瞬呆気に取られたフィソフだったが、言われれば確かに聞こえる。それは人の声で──段々と近付くにつれて、それが男の悲鳴だと言うことに気付く。


「中に入るか」


『あまり君の《聖分子》は残ってない状況だ。まだ聖力は使わなくてもいいよ』


「ご忠告ありがとよ」


 どこからも上から目線な相棒に苦笑。そんなやり取りを終え、フィソフとスタルチスは光が渦巻く戦場へと飛び込んで行く。



「──ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」



 ──悲鳴が聞こえた。


 広い部屋に木霊し、尚連続して叫び出される絶叫は、フィソフも味わったことのある──あの煉獄の苦しみを受けた時のそれと酷似していた。しかし、目の前に広がるのは何ともまあ、異様な光景だろうか。


「なに……やってるんだ?」


 唖然としながら、フィソフはぽつりと、それも若干引き気味にこぼす。


 だって、目の前で苦しむ男の様子は傍から見たら──、


「変……に見えるでしょう?」


「──ッ! 誰だ!」


 突如聞こえた男の声。聞くに耐えない悲鳴とは違い、万人が聞き入る様な優しい声だ。勿論、二人しか居なかった空間でもう一人、それもロベリのあの様子を見ても、顔色変えずに穏やかな笑みを浮かべたままの時点で、未知数の脅威であることは確かなのだが。


『なるほど。この光の正体も、今そこであの男がひたすら奇行しながら絶叫しているのも……君の聖力によるものだろ?』


「御明答。流石はエイリス様のパートナーAI、鋭い観察眼と思考力をお持ちだ」


 銀髪で細身の男が光の中から現れ、スタルチスの推理を賞賛の拍手を送る。ロベリの奇行──ずばりそれは、目隠しをしてスイカ割りをする場面を彷彿とさせているものだった。

 ただ、スイカと棒がこの場に無いこと。そして両肘を両手で抱き、内股なポーズをとったいるのは、喉を壊さんと叫ぶ程に強烈なまでの激痛が走っているからなのだろう。


「聖力──? お前も俺みたいな力使うのか?」


「そうですよ、アロハ君。種類は違うけどね」


 拍手を止め、さらりとフィソフにあだ名を付け、その彼も《聖力》を使うという発言に微かな驚きを見せるも、「イエス」とご機嫌に返す。そして、今度は満面な笑みを浮かべて──、


「私は、ルドキア・ストードル。《ナイトメア》を使う、《聖力者》の端くれです」



 どこからか取り出した銀縁の眼鏡を掛け、「以後お見知りおきを」と、笑みを浮かべたままそう言うのだった。








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