am03:01~
am03:01
ホール二階で彼はサブマシンガンを構えた状態で、待機していた。
発火能力者はきわめて好戦的人物と評価した。
最初の念動力者はただ残虐嗜好が強いだけだったが、しかし戦いを好む人間のほうが敵としては厄介だ。
人を弄ることに思考を労するのではなく、戦うことに費やすからだ。
ガスによって誘き出し、また能力を制限する方法を実行したが、単純な方法であるためすぐに意図を理解されてしまうだろう。
ホール二階の落下防止用の柵から身を潜めて一階を窺っていると、金髪の髪を柱の影に確認した。
様子を窺っているが、少し離れた位置であり、また柱が遮蔽物となっているため、撃ってもこの位置からでは命中しない。
また彼女はホール全体からの角度を計算しているのか、二階からではどの位置に移動しても、彼女に標準を合わせることができない。
なんらかの行動を起こすまで待機する。
am03:02
№42・奥田佳美はしばらく柱の影で待機していたが、敵が行動を起こす様子はない。おそらく自分から行動するのを待っているのだ。
優秀な狙撃手には女性が多いというが、それは狙撃には持久戦が多く、そして女性のほうが我慢強く忍耐力があるからだという。
だが奥田佳美に忍耐力があるとはお世辞にも言えなかった。
彼女は不意に不適な笑みを浮かべると、火種を投げ小売店にに直撃させた。
爆発はガスの引火も伴って広範囲に亘り、火災を発生させ、スプリンクラーが作動し水が噴霧される。
二階の落下防止の柵の影に誰かが動いたのが見えた。
敵がガスで誘き出したように、炎で敵を炙り出したのだ。
奥田佳美の瞳の奥底に、獲物の姿を捉えた肉食獣の如き獰猛な光が宿り、即座に火種を飛ばした。
軌道に青白い残光を二線描いて、爆発が起こった。
二度の爆発で仕留めたかと思ったが、銃声がその位置から発生し、奥田佳美はすぐに柱の影に隠れた。
柱に十発着弾し、一瞬途切れた瞬間を逃さず、火種を飛ばす。
三度目の爆発の寸前、敵が背後を見せて、全力で走るのが確認できた。
一旦撤退して、体制を立て直すつもりなのか、それともそのまま逃げるつもりか。
どちらにせよ、見逃す気はない。
am03:03
№31・仲峰司はコンパクトセダンをショッピングモール入り口の脇に止めた。
当然だが入り口の鍵はかかっている。
№42・奥田佳美と敵は別の場所から入ったのだろう。
侵入する前にバンに連絡を入れる。
「こちら№31。Lシックに到着。№13、№42はこの中にいるか?」
「はい、こちら№13。標的も含めて全員確かにいるよ。でも細かい位置はさすがにここからじゃわからないんだ。中に入って探すしかないね。あたしたちもすぐに到着するから、彼女を早く止めて頂戴。まったく無茶するんだから」
「わかった。それから、荒城さん、美鶴はどうしていますか?」
「うん? 美鶴ちゃんかい。大丈夫、おとなしく元気にしてるよ。あれ? なんか変な日本語だね、これ」
おどけたような返答に安心する仲峰司は、しかし次に入った甲高い声に気分が悪くなる。
「なにを無駄話してるの! 早く仕事を済ませなさい!」
副所長の杉原友恵だ。
所長が死んだ時から元々過敏性だった神経がさらに過剰反応を示すようになり、研究所のほうでトラブルが発生したと聞いた時はヒステリーの発作に陥った。
辛うじて正常な指揮が取れるのは、仲峰司と荒城啓次のおかげだ。
「了解、これより内部に入る」
うんざりする気分を抑えて、仲峰司は意識をガラスドアの向こう側に集中した。
瞬間、街灯が作る彼の影だけを残してその姿が消え、次いでその影が消えた時には、Lシックの中に№31は出現した。
彼の念動力は物質には一切作用せず、だが通常認識が困難な空間に作用する。
その力には障害物や距離は意味を成さない。
ただ制限があり、視界の範囲でしか転移できず、また直接的な攻撃能力はない。
しかし使いようによってはどんな重要施設も容易く出入りでき、これが大学長に重宝された理由だった。
彼は周囲を見渡し、懐から回転式の拳銃を取り出す。
攻撃能力を持たない彼が愛用する武器だ。
歴戦の兵士には程遠いが、一通りの銃の訓練は受け、少なくとも素人より遥かに熟達している。
実戦経験も実験体の中では最も多い。
突然、爆発音が建物内に轟いた。
鼓膜を振動させる爆音は、少し小さくなって連続する。
戦闘はすでに開始されている。
am03:05
シャッターの角を曲がった男に奥田佳美は威力を抑えた爆撃を行う。
しかしシャッターというのは頑丈で多少拉げても破壊されるということはなく、爆風の煽りが予想より激しい。
気をつけていなければ自爆しかねない。
敵に見習って、遮蔽物を利用して攻撃をする。
シャッターの角から顔だけを出して、火種を三つ飛ばす。
しかし敵は信じられないことをした。
火球に向けて拳銃を発砲し、火種に命中させて、中間ほどの距離で誘爆させた。
予想外の近距離爆発に頭を抱えて耐える。
「なんて奴だ!」
視認できるとはいえ高速接近し、少しでも固体物質と接触すれば爆発するそれに、臆することなく撃ち落とす冷静さ。
そして戦いの最中に火種が導火を果たしていることに気付く観察眼。
相手はプロだ。
それも最高クラスの。
もし発火能力という力がなければ、それこそ瞬殺されていただろう。
奥田佳美はそれで怯むことなく、寧ろ熱くなっていく。
肉体と精神に心地良さが駆け抜ける。
爆撃を連発して応えてやる。
威力を抑えた代わりに、弾数を多くする。これなら迎撃できない。
対応しきれなくなったのか、逃走する男の後姿を確認した。
宝石店のショーウィンドを飛び越え、半分だけ上げられたシャッターを滑り込んで抜ける。
追跡する奥田佳美は、同じシャッターを潜り抜けたところで、白い粉末に視界を遮られた。
消火器だ。即座に宝石店に引き返し、棚の陰に隠れる。
案の定、銃撃が襲ってきた。
ショーケースのガラスが飛び散り、中の貴金属類が破壊され、消化剤の煙幕が店内にまで充満してきた。
銃撃の雨が一時収まり、反撃に一発射ち込む。
爆発音一つ。
空中に漂う粉末が爆風で吹き飛ばされる。
消化剤の内容物が切れたのか、それ以上煙幕は展開されなかった。しかし目の端に、シャッターの角に当たって店内に転がってきた、キャップの外れたボールペンを捕らえ、奥田佳美は慄然とした。
向こう側の世界へ逝った警備主任の悲鳴が耳に届いた気がした。
全速力で宝石店から飛び出す。
ボールペンが微量の火薬で弾け、中に密封されていた気化性の高い刺激薬が充満する。
「くそ!」
通路を引き返し、しかし覚えのある痛みが眼を刺激し、眼の表面に付着した刺激物を洗浄しようとする生理現象、涙が溢れてきた。
ボールペンのことに気がつかなければ、もしくは連想が遅れていれば、警備主任のように目と鼻を掻き毟ることに熱心で、悪態をつく余裕などなかっただろう。
しかしこれで立場が逆転し、こちらが攻撃を受ける番になった。
ならば同じように全速力で逃げる。
奥田佳美は天賦の素質か、急速に実戦を学習していく。
背後からの銃撃を、発火能力の爆発で相手の目を眩ませて外れさせながら、彼女は衣料品店を横切って本屋に転がり込む。
そして雑誌が整然と並べられた陳列棚の隙間から、通路の向こう側を窺う。
爆発の余韻で微量の煙が漂っているが、男の姿は見えず、銃撃も収まっている。
どうやらこの位置だと命中させられないらしい。
しかしここでいつまでも動かないでいるわけにも行かない。
反撃の糸口を掴まなければ。それにはまず敵の位置を知る必要がある。
荒城啓次に訊いて、相手の居場所を捕捉できないだろうか。
無線機に手を伸ばしたと同時に、店の反対側から誰かが飛び込んできた。
咄嗟に攻撃しようとして、寸前で止める。
「待て、奥田。俺だ」
№31・仲峰司だった。
攻撃されると思ったのだろう両手を挙げて、敵でないことを主張している。
「ツカサ、驚かせるんじゃないよ」
熱くなっていた頭が冷静になって行き、深く嘆息した。
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