am02:50~
am02:50
「№42! 応答しろ! №42・奥田佳美! 返事をしろ! 殺られたのか!」
仲峰司が無線機に向かって叫んでいた。
先程からうるさいのでスイッチを切ってしまったのだが、殺られたと思ったのか、何度か繰り返した後、応答がないと見做すと今度はバンに連絡を入れた。
「№13、場所は? №42の現在地は何処だ?」
「ちょっと待って、今モニターを確認するから」
心拍数、脳波などがまだ検出されているはずだから、殺されていないことはすぐに分かるだろう。
一緒に着用してある発信機の位置を画図に表示しているらしい音が聞こえる。
「えーと、今ね、繁華街近くの……」
「繁華街近くのLシックっていうショッピングモールの前にいる。そう怒鳴らなくったって聞こえてるよ」
荒城啓次の応答に、奥田佳美が割って入った。№31が安堵の息をついたのが聞こえ、次にはやはり怒鳴り声。
「奥田! なにをしている!? 応答もせず一体なにをしていた?!」
「そう怒るなって。今、セダンを廃車してやったんだけどね、連中はショッピングモールの中に逃げ込んだよ。司、あんた今どこにいるんだい?」
「いま繁華街を走っている。今度こそ俺が到着するまで待て。いいな?」
彼女は返答に逡巡した。
仲峰司は五分から十分ほどで到着するだろうが、それまで三人が中で待っていてくれる保障はない。
少なくとも誰かが中に入って直接確認しなければならない。
「ダメだ、あんたを待っていたら逃げられちまう。悪いけど、先に中に行くよ」
「待て、奥田!」
彼女は静止を承諾せず無線機のスイッチを切った。
am02:55
護送者はデパートの薬局で春日歩を横に寝かせ、スポーツドリンクで水分を補給させ、ゼリー型栄養食品を飲ませると、簡易冷却マットの上に頭を乗せてやる。
工場跡から体調が回復していたように見えたが、一時的な安定だったのか、現在少年は体温が上昇し、伴って大量の発汗をしており、呼吸も乱れている。
他の症状は見られないが、これがどんな症状なのか断定はできない。
原因と推測される搬送前に投与された薬物だが、それに関する知識がないため、治療は不可。
とにかくしばらく休ませる必要がある。
だが動きを止めれば、追跡者に短時間で発見される。
護送の男は一呼吸のうちに考えをまとめた。
護送対象をこの場に一時的に安置し、単独行動によって追跡者を撹乱する。
可能ならば各個撃破が最良と判断した。
出航まであと三時間半。
現在地から秦港まで約一時間。
移動手段が破壊された今、二時間前後でなんらかの決着をつけ、別の車を手に入れなければ間に合わなくなる可能性がある。
発火能力者はショッピングモールに入ったはずだ。
ならばこちらから迅速に迎撃するのが望ましい。
「しばらく、ここで休んでいろ。物音を立てないようにするんだ。少し片付けてくる」
立ち上がろうとする男を、春日歩が裾を引っ張って止めた。
「なんだ?」
「彩香を。彩香だけでも連れて行って」
彼は少年の弱々しい声の嘆願をどう受け止めたのか、どんな思いを感じたのか、あるいは感じなかったのか。
少なくとも返答は春日歩の意に沿うものではなった。
「駄目だ。私が受けた仕事は君たち二人を港へ連れて行くことだ。一人でも欠けると任務失敗と見なされ、残った一人も乗船は拒否される」
少年の必死な優しさに対し、護送者は冷淡かつ事務的に優先事項を告げた。
そして南条彩香は表情を表さず、だが少年の手を頑なに離そうとしない様が見て取れた。
「それに彼女のほうが動こうとしないだろう」
少年の手に彼は拳銃を一つ渡した。
「使い方は教えた。これでその子を守ってやれ」
彼は本当に少年が戦えるとは考えなかっただろう。
拳銃を与えたのは、ただこの場に留まらせるための方便にすぎない。
なにより、少年たちが拳銃を使う状況になるのは、護送任務が失敗した時だ。
しかし春日歩の精神は、拳銃という武器を手にしたことで、思惑通り、少しだけ不安が紛れたようだ。
拳銃の重さは、脆弱な者に力を与えてくれる確かな証拠のように。
銃とは、強者、弱者に関係なく、平等に力を与える武器。
少年の顔色の変化を捕らえ、護送者は告げる。
「では、行ってくる」
am03:00
Lシック。
三階建てのショッピングモールには雑貨屋から、化粧品店、貴金属店、衣料品店、食料品売り場、電気屋など、大衆向けからちょっとした高級店まで多数の店舗を入れた、大型総合商業店だ。
創業十年が経ち、経営は順調。
そのショッピングモールに侵入した№42・奥田佳美は、探索を始めてすぐに奇妙なこと気付いた。夜間は盗難防止策に店舗区画に分けてシャッターが下ろされているのが常だが、しかし現在疎らに開いている。
全部というのではなく、一部がある程度の間隔を持って開かれており、また半開きの状態のところもある。
不意にシャッターの上がる金属音が無人のショッピングモールに響いた。
即座に音源へ走ると、そこにシャッターを上げる誰かはおらず、自動的に上がっている。
どうやら制御室に類する場所から操作できるらしい。
そして操作して入る人物は彼女の知る限り一人しかいない。
同時にその意図も見えた。
能力の詳細を敵がどの程度知っているのかわからないが、炎の性質についてはある程度の知識があるらしい。
空間が半ば限定されたこの状況下で大きな火焔を引き起こせば、爆風や炎は向かう場所を求めて荒れ狂い、場合によっては放った本人がその餌食になりうる。
自分の能力を制限させること。
同時に、シャッターの適度な開閉はさながら迷路であり、身を隠す楯であり、炎を防ぐ障壁だ。
奥田佳美は闘志を剥き出しにした、嬉々として猛々しい笑みを浮かべる。
周囲を窺いながら探索していると、不意に鼻腔を刺激する臭いに気がつき、奥田佳美は中央ホールに向かった。
三階まで吹き抜けになっており、一階にはベンチが並べられ、ささやかな潤いと癒しを与えるよう観葉植物が点在している。
傍らにはアイスクリームやクレープを売る小売店があり、恋人同士はそれを食しては楽しみ、子供連れの親は大抵強請られて困ることになる。
柱の影から様子を伺う。
小売店のシャッターも開けられ、臭気はそこから発しているようだ。
位置的に視認できないが、おそらくガスホースを抜いて元栓を全開にしてある。
可燃性気化物が噴出する音が微かに聞こえ、それはホールに拡散していく。
ガス爆発による自滅を狙っているのか。
だが広大な敷地内ではガスが充満するのに時間がかかり、また調理機材を内設した大型建造物は火災予防のため空調を常に行っている。
しかしガスの臭いを感じれば、その元を確かめに来るだろう。
同時にホールでは火を主体とした攻撃方法は引火の危険性があり制限される。
誘い出し、なおかつ攻撃方法に制限を与えるつもりか。
だが誘き寄せるためならば、敵は近くにいるはずだ。奥
田佳美は周囲を注意深く観察した。
必ず付近に潜んでいるはずだ。
Lシック。
休日は家族連れの親子や恋人、学生たちで賑わう、消費という単純で万人に受ける娯楽を提供する商業施設。
現在は、戦場だ。
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