私たちの戦いはこれからだった!

@ksc

第1章 総務班幹部・ザクロの事情

戦いの終わった街で

 月森高校ヒーロー部部長・星井ほしいあかりの活躍によって能力者組織・コルヌコピアの野望は打ち砕かれ、月森超能力戦争は終結、超能力は再び世界から失われた。コルヌコピアのリーダー・トウカはその後失踪し、組織は自然消滅という形になった。一人、また一人とコルヌコピア全体LINEからメンバーが退会していく様を、元幹部・森実もりざねたまきは複雑な気持ちで眺めていた。


 季節は夏。とはいえ日も沈み、昼間の灼熱のごとき気温も少し和らいできていた。宅配ピザのバイトでなんとか食い繋いでいる環は、休憩を終えてその日最後の配達に向かった。

 バイクを走らせて高校の近くの路地に入る。目的のマンションの駐輪場に移動し、バイクを停めた。トランクボックスからピザを取りだし、エントランスで部屋番号を入力、インターホンを鳴らす。応答したのはどこかで聞き覚えのある若い女の声だった。背後ではゲームか何かのBGMが大音量で響いており、キャイキャイと騒いでいる声も聞こえる。


「はい、えー、田中です」

「こんにちはーピザの配達ですー」


 仕事にそれほどやる気のない環は適当に業務を進める。これが終わったら帰れる、ということしかこの時の環の頭にはなかった。どうぞ、という応答のあと、正面の扉の鍵が開く音がした。

 502号室の前に着いた環は、一応表札を確認する。間違いなく田中さんの部屋であることを確認し、環はインターホンを鳴らした。しかし、そのドアを開けたのは環のよく見知った人物だった。


「はーい。……あれ? ザクロさん……?」

「……っ! 御門みかどアーシェ……!!」


 そこにいたのはややくすんだ金髪ミドルヘアーの少女。イギリス人と日本人のハーフの月森高校の生徒である。おかしい、アーシェの家はここじゃない、と環は考えたが、奥で騒いでいる声を聞いて状況を推察した。恐らく彼女たちはこの田中という友人の家に遊びに来ているのだろう。


「ザクロさんじゃないですか! お久しぶりです! ピザ屋さんになっていたんですね!」

「ッ!!」


 無邪気に笑うアーシェから、いや、厳密には彼女の碧色の瞳から、環は反射的に目を逸らした。それは能力者時代の経験からだったのだが、


「目を伏せなくてもいいじゃないですか。私はもうあの力を持っていないですし、それはザクロさんも同じでしょう?」

「そうだった……取りあえずピザね……ミックスピザのMサイズが2枚、3800円、です……はい、4000円のお預かりです……200円のお釣りになります……では」

「ちょっと待ってください?」


 できるだけシステマティックに仕事を進め、即座にこの場を立ち去ろうとする環の腕をアーシェはつかんで引き留めた。


「……何でしょうかお客様?」

「私のことは前みたいにアーシェと呼んでください。私の連絡先を教えておきます。今夜9時頃、私の家の近くのハンバーガー屋、わかりますよね? 来ていただけませんか? 重要な話があるんです」


 アーシェは笑顔こそ崩していないが妙に威圧感のある声色で環に問いかけた。環は自身の背中を伝った冷や汗を冷房のかかった部屋から吹き込む冷気のせいだと自分自身に言い聞かせた。




 せっかく今夜はゆっくりできると思ったのに、と心の中で独りごちながら環は夜道を自転車で駆けていった。目的地は月森駅から北東に進んだ先にある通りのハンバーガーショップ。アーシェの家は過去に一度行ったので覚えていた。あんな女のところ、もう二度と行くものか、と環は考えていたのだが、アーシェの「重要な話」というのが気になった。馬鹿馬鹿しい話だったらすぐに帰ろう、と環は心に決めた。

 店に入って、取りあえずバーガーセットを注文した。せっかくなので食事を済ませておこうと環は考えたのだ。時刻はまだ20時50分。環は変なところで律儀な性格だった。

 ハンバーガーとポテト、コーラの乗ったプレートを持って環は店内を見て回った。1階にはアーシェはいない。2階も見て、まだ来ていないならそこで待たせてもらおうと環は考え、店内の階段を上がっていった。2階に到着したとき、カシャ、とカメラのシャッター音が鳴った。奥の机にあの金髪がいる。おまけに、スマホのカメラをこちらに向けていた。


「お前何やってんの? 今写真撮ったよね? 盗撮は犯罪のはずだけど」

「いや、せっかくザクロさんと久しぶりに会えたので記念撮影をと思いまして」

「記念撮影ってそういうのじゃないでしょう!? あとザクロさんっていうのもやめなさい。私は本名はモリザネタマキ。好きなように呼んでくれたらいいけど」

「じゃあお言葉に甘えて、ザクロさん」

「いや話の流れを汲め!」

「いいじゃないですか! 私にとってザクロさんは永遠にザクロさんなんです!」


 ザクロ、というのは組織内での環のコードネームだ。あの頃は本名を知られるのはまずかったしザクロ呼びでも問題なかったが、今の環にはそれがとても恥ずかしく感じていた。もっと言えば、彼女とアーシェの過去すらも記憶から抹消したいと彼女は考えていた。


「……もういいわ。ところで重要な話って何? それだけ聞いたら帰るから」

「あれ、ハンバーガーは食べないんですか?」

「……重要な話を聞いて、ハンバーガーを食べたら帰る」

「あっ、じゃあ食べながらでいいので聞いてください」

「重要な話なのよね!? まぁいいわ、話しなさい」

「はい。ザクロさん、ここ最近の噂なんですけど、どうやらコルヌコピアの残党狩りというのがいるそうなんです」

「はんほうはひ、へぇ……」


 アーシェは声のトーンを少し落として環に告げた。当の環はこんな様子だが。


「はい。コルヌコピアは能力者集めのために近隣のレディースチームに喧嘩売ったりしてましたよね? カッコよかったです」

「……そう。確かに能力は抑圧された感情から発生するという仮説と、あと単純に能力持ったら暴れたくなるからそういうチームに入るだろう、という考えから、地元のヤンキーたちに聞き込みをしていたこともあったわ。たまに実力行使することもあったけど」

「ほぼ毎回でしたよね? むしろ暴れたいのコルヌコピアの方でしたよね? カッコよかったです」

「……つまり、能力が消えた今そいつらが束になって復讐しようとしてるって、そういうことね」


 環は意図的にアーシェの発言の一部を無視した。アーシェもめげない。


「はい。現に何人か怪我人が出てるんですけど、というかザクロさん、元幹部なのに知らなかったんですか?」

「うっ……ほら、能力が消えた後の組織は自然消滅って感じだから。LINE見る?」

「見たいです……確かに。というか能力消える前からあんまり連絡ないですね。この部屋意味ありますか?」


 アーシェは環のスマホを操作しながら問いかけた。痛いところをついてくるな。私も前からそう思ってたんだ。


「組織はチーム単位で動くからね。私のチームのLINEはほら。みんなお疲れさまでしたって挨拶してから退出してる」

「このグループの参加者もうザクロさん一人ですね…………


 …………


 …………カッコいいです」

「悲しくなるからやめろ! とにかく、今はもう組織は存在しないから元メンバーがどうなったのかなんて知らないってこと。じゃあスマホ返して」

「……ザクロさん彼氏とかいないんですね。良かったです」

「返せ!!!」


 実力行使でスマホを取り返した環に、アーシェは話を続ける。


「とにかく! ザクロさんも気をつけてください! 今も残党狩りはどこかで私たちを狙ってるかもしれないので!」

「ん? 私“たち”?」

「はい、まぁ、私も関係者なので……」

「いやあなたコルヌコピアと関係ないでしょう? むしろヒーロー部側じゃない」

「なんか、非能力者からしたらどちらも元能力者なので変わらないみたいです。なので、助けてください」

「いやあなたヒーロー部」

「私はザクロさんに助けてほしいんです!!!!!」


 アーシェの大声が2人以外の客がいない2階に響き渡った。このハンバーガー屋が繁盛していなくて本当によかった、と環は失礼なことを考えていた。


「そこで提案なんですけど、ザクロさん、私の家に来ませんか? 一緒に生活すれば戦力2倍でリスクは半分です。それに、私があの家で独り暮らしなのも知ってますよね?」

「……確かにそうだけど、私はひとりで何とかできる。あなたは不安ならヒーロー部のお友だちに頼みなさい」

「……いいんですか? 私はザクロさんの個人情報を一通り握ってます。今からこれを月森ヤンキー掲示板サイトに匿名で投稿してもいいんですよ?」

「は?」


 環は一瞬、目の前の女が何を言っているのかわからなかった。いや、しばらく考えてもわからない。さっきまで運命共同体みたいに話しておいて、


「私を脅迫してるの?」

「はい。まぁ、久しぶりに戦うザクロさんが見られるならそれでもいいかなって」

「……何が目的なの?」

「一緒に住みましょう」

「嫌」

「じゃあまずは写真から」

「やめろ! わかった、わかったから! 今日だけは泊まってあげる」

「明日は」


 恐ろしい女だ。環が能力者時代戦ったどんな敵よりも凄みが出ていると環は感じた。


「……わかった。でも私バイトがあるし、ずっと一緒の行動はできないよ? ん? というか家にいれば鍵かけれるから襲われることないし、一緒に住む意味ないでしょう」

「私が一緒に住みたいんです!!!!!!」

「もはや残党狩りよりあんたの方が怖い!! 大丈夫?? 襲わない??」

「? 私は元能力者ですし残党狩りをする理由はありませんが」

「そっちじゃなくて! もう、なんでそんなに私にこだわるの? まだ私のことを王子さま♥♥♥ って思ってるわけ?」

「もちろんです!!!!」

「じゃあ王子さまを脅迫するな!!!!!!!!」


 環の正論はその日、月森の街中に響き渡ったという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る