オーバー×2ロード

藍うらら

マーレの寵愛

 ナザリック大墳墓第六階層――広大な湖やジャングル、円形闘技場コロッセウムといったナザリック随一の多彩さを誇る階層。

 そんな広大な階層を管理する闇妖精ダークエルフの双子姉弟の弟、マーレ・ベロ・フィオーレは、偉大なるナザリックの支配者から賜った休日である今日という一日に何層にもなる客席が中央の空間を取り囲む円形闘技場コロッセウムの客席の一つにちょこんと腰を掛け、最古図書館アッシュールバニパルで借り受けた分厚い本を熱心に読んでいた。

 しかし、ある文中の一言を目にした瞬間、緑と青のオッドアイが大きく見開かれる。


「……寵愛」


 そう、寵愛である。

 思えば、ナザリックがこの世界に転移し偉大なる支配者がこの円形闘技場コロッセウムを訪れた際、守護者統括であるアルベドと第一階層守護者たるシャルティア・ブラッドフォールンがこの寵愛なるものを巡って争い、以降も度々繰り広げては支配者あるいは他の階層守護者に窘められている。


「お姉ちゃんやデミウルゴスさんなら詳しく教えてくれるのかなぁ……?」


 ふと、最適な教授者を呟くが、姉は兎も角デミウルゴスは今もナザリック外でなにやら世界征服のためのさらなる布石をうっている最中でありそのような私事で手を煩わすわけにはいかない。

 基本的にこういった知識についてマーレは創造者たるぶくぶく茶釜からもたらされていないためよく解っていないのだ。無論、いくらそういったことに疎いマーレでもそれが御世継に関係があることは知っている。

 それに――


「皆がそんなにこだわるってことは、それだけ素晴らしいことだし、ナザリックのためになることだよね!」


 マーレは人一倍ナザリックのためになるのであれば頑張る子である。

 なにより、自身を抱きかかえつつその場にいた我ら僕に対して「愛している」と言ってくれた慈悲深い支配者のことだ。

 きっと自分もその寵愛を頂けるはず。

 マーレは寵愛について詳しく調査すべく、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで円形闘技場を後にした。



 まず始めに姉のアウラ・ベラ・フィオーラに聞こうとしたが、ちょうど階層内で日課であるフェンリルの「フェン」とイツァムナーの「クアドラシル」の世話をしていたので後回しにすることにした。

 そこで、どうしたものかと第九階層を歩いていると、ちょうど滞在先のカルネ村から戻ってきていたルプスレギナ・ベータに出くわした。

 ルプスレギナはプレアデスの次女であり、普段からそういった話を誰かから聞いて知っているかもしれない。そう思い、声を掛ける。


「あ、あのルプスレギナさんにお聞きしたいことがあるんですけど」


「おっ、どうしたんっすかマーレ様」


「あ、あの……アインズ様からご寵愛を頂くにはどうすればいいのかなって思いまして」


 通路での立ち話でだったこともあり、マーレは直球に質問した。

 すると、ルプスレギナはへ? と一瞬固まってしまった。

 もしかして、質問の仕方が悪かったのかな……? とマーレは若干の不安を覚える。


「マ、マーレ様はアインズ様のご寵愛を頂きたいんっすか?」


 ただ単にオウム返しをされたので、「そ、そうです!」と不安を払拭すべく断言する。


「……マ、マーレ様もアインズ様のご寵愛を……!?」


「そ、そうです。僕もご寵愛を頂きたいんです!」


 何度か問答を繰り返したところで、結局のところ明確な返答を貰うことはできず、他の人に聞いたことがいいかもしれないと判断したマーレは「と、取敢えず他の人に聞いてみますね」とだけ語るとその場を立ち去った。

 マーレが去った後、ハッと意識を取り戻したルプスレギナは小声で再度マーレが寵愛を欲していることを呟いた後、「うーん、また面白――いや、ややこしいことになってきたっすねぇ」とポリポリと頭をかいた。


 その後も、第九階層にいた一般メイドなどにも話をしてみたのだが、明確な返答を貰うことはできなかった。


「うーん……もしかしてやっぱり答えづらいことだったのかなぁ」

 

 しかし、マーレは諦めない。

 今からとある目的で訪れる場所に最後の望みをかけることとした。

 それは、少し前から始まった支配者と守護者間における回覧板制度だ。それで以前は男性守護者と支配者のみで第九階層のスパリゾートナザリックに行ったのも良い思い出である。

 その回覧板を今回マーレが返却にいく必要があったのだ。


「す、すみません。お目通りをお願いします」


 部屋の扉側にいる一般メイドに声を掛け、回覧板返却の目的を告げる。

 マーレが来たことが告げられると重々しい扉が開けられる。

 そして、扉の向こうにはナザリック大墳墓の支配者であるアインズ・ウール・ゴウンが支配者然たる振る舞いで佇んでいた。

 普段はアインズが執務室に滞在時も側を決して離れることのない守護者統括たるアルベドは休暇であり、シャルティアとともにナザリック第九階層スパリゾートへと出かけていたため、室内にはアインズと本日のアインズ様当番であるリュミエールだけだった。


「どうした、マーレ? 何か用があったのか」


 いつもにも増して支配者たる風格を漂わせる支配者にマーレは平生以上に緊張しつつ、言葉を発する。

 

「は、はい。こ、これを持ってきました」


「ん? ああ、回覧板か。いつもご苦労だな。マーレ」


「そんな! と、とんでもありません!」


 緊張気味のためか声が上ずるマーレをアインズは微笑ましく見守る。


「そんなことはないぞ。前にも言ったと思うが、お前たちは私の友人の子供のようなもの。そんなお前たちが頑張っていることは私にとって微笑ましい光景であり、労いたくもなるものなのだ」


「そ、そんな! 労いなんてもったいない! 僕たちは至高の御方々に尽くすべく想像されたんですから当然のことです。それに――」


(あー、マーレはいつも礼儀正しく立派だなぁ)


 しかしながら、アインズはまだ知らなかった。

 ここから発せられるマーレの言葉に顎が外れんばかりに驚愕させられることを。


「――アインズ様にご寵愛を頂くためにはもっと頑張らなきゃいけないんです!」


「うむうむ。なるほど。寵愛を受けるために……ん? 寵愛? え?」


 まずは寵愛について聞くところから始めるはずが、マーレは緊張のためか頭が寵愛という二文字で埋め尽くされてしまっていたためか話の流れで思わず核心をついてしまった。


(ん? 寵愛だと? 何かの間違いだろう。アルベドやシャルティアなら兎も角)


 困惑するアインズを尻目にマーレは杖を片手に手を握りしめつつ頑張りますポーズをとる。


「――マ、マーレよ。寵愛というのは聞き間違いか?」


「いえ、ぼ、僕もアルベドさんやシャルティアさん同様にアインズ様からのご寵愛を頂きたいと思っています!」


「え、ええ――!? マ、マーレよ。マーレはその、だよな?」


「は、はい! ですがそれが何か?」


 キラキラと目を輝かせながら断言されてしまった絶対的支配者は驚きのあまり精神の強制鎮静化も追いつかないまま、骸骨の顎をかくかくと上下させた。

 その後、マーレが「ところで、寵愛って具体的にはどのようなものなんでしょうか?」といった問いかけをしていたわけだが、精神鎮静化の嵐でオーバーヒートを起こしていた死の支配者オーバーロードの耳に声が届くはずもなく……

 要領を得ない回答のままにマーレは退出の時を迎えるのであった。

 



 結局のところ、何の収穫も無しにマーレは自身の階層に戻ることとなった。


「うーん。結局、アインズ様も詳しくは御説明してくださらなかったし、どうすればいいのかなぁ……」


 そうして絶対的支配者との謁見という悦びもありつつも、目的を果たせなかったことをやや残念に思いながら巨大樹へととぼとぼ歩を進めていると、ちょうど時を同じくして巨大樹から飛び出てきた姉のアウラ・ベラ・フィオーラと鉢合わせる。


(やっぱり、お姉ちゃんなら教えてくれるかな?)


 最後の希望を胸にアウラへと問いかけてみる。


「ね、ねぇお姉ちゃん? ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「なあに、マーレ」


「あ、あの前から気になっていたんだけど寵愛って具体的にどういうものなのかな?」


 おずおずとしつつも核心を突いた問いに、先程までいつもの明るい調子だったアウラが急にたどたどしくなる。


「うーん。マ、マーレにはまだ早いんじゃないかな?」


「確かに、デミウルゴスさんもそんな感じのこと言ってたけど」


「うん。だからね」


「でも、ぼ、僕もアインズ様から寵愛を頂くにあたって知っておく必要があると思うんだ!」


「ええ――っ!?」


「お、お姉ちゃんどうしたの?」


「アンタ、本気なの!?」


「も、勿論だよ。僕もアインズ様が大好きだし」


「あー、なるほどね……」


 若干頭を押さえつつ、ある一つの疑惑の目を向ける。


「まさかとは思うけど、他の人にもそんな質問してないよね?」


「え? いっぱい色んな人に聞いたんだけど、皆なかなか教えてくれなくって」


 ぽかんとするマーレに、今度こそアウラは本気で頭を抱えた。


「マジか。大変なことになるよ」


「え? どうしたのお姉ちゃん?」



 後日、アウラの疑念は的中し、ナザリック内にある噂が流れたという。

 それは、マーレがアインズ様の正妻の座を狙っているというものだった。



 無論、この噂が広まった後、第九階層と第一階層でライバルが増えたことへの悲鳴にも似た叫び声が轟いていたのは言うまでもない。

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