対面(書籍第3巻特典付録)

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本作品は、2015年6月11日に株式会社KADOKAWA様より刊行された『辺境の老騎士』第3巻(企画・製作:エンターブレイン事業局)の特典付録として刊行されたものです。すでに相当の時間も経過したことであり、webで公開させていただきます。(2019.1.16著者)

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[対面]



 1


 「勅使ネスタール侯爵、副使モッケド伯爵、ご帰還にございます」

 「これへ」

 「御意!」

 勅使が帰って来た――ということは、ジュールラントがついにやって来た、ということである。

 三十年ぶりの対面である。

 ジュールラントはどのように成長したのであろうか。


 2


 王族などという面倒なものに生まれてしまったわりには、ウェンデルラント・シーガルスは親子の情愛に恵まれたといってよい。

 母は、常にそばにいてほほ笑み、優しい言葉をかけてくれた。父は、ごくたまにしか会いに来てくれなかったが、母と愛し合っていることは幼心にも感じられたし、ウェンデルラントにそそいでくれるまなざしは柔らかだった。

 王の長子であるにもかかわらず、毎年開かれる父王の誕生祝賀会に呼ばれたことはない。それどころか、そもそも王宮に招かれたこと自体ない。だが、それでよかった。父王は、ウェンデルラントとその母を遠ざけることに権力闘争から守ったのだ。

 木々と花に囲まれた静かな離宮で、ウェンデルラントは書物を読みふけって成長し、歴史の研究に生涯をささげたいという願いを抱くようになる。国々の正史を比較して、その背後の本当の歴史を発見する面白さに夢中だった。

 その幸せで平和な暮らしは、十八歳になったある日、突然破られた。

 王太子の座をめぐる争いに巻き起まれ、母が殺されたのである。ウェンデルラントの指印が初代王にそっくりであり、そのため王位継承権を与えられていたことが、凶事を招いた。

 ウェンデルラントは逃げた。というより、逃がされた。はるばると大オーヴァを東に渡った辺境の地に。

 ウェンデルラントは、生きていこうとする気力を失った。命を救ってくれたガドゥーシャ辺境侯やバドオール子爵には悪いが、国の統治などというものには、まったく興味がなかった。

 抜け殻といってよいウェンデルラントの魂を地上に引き戻したのは、一人の美少女である。

 アイドラ姫。

 それが運命の女の名だ。

 初めて見た瞬間、ウェンデルラントは恋に落ちた。

 いや、それは恋などという、なまやさしいものではない。

 渇望、というのがふさわしい。

 ウェンデルラントは無我夢中でアイドラ姫を欲した。ついに手に入れたときの気の狂うような喜びは、三十年が過ぎた今も鮮やかに思い起こされる。

 そして幸せのときがはじまった。静かな湖のほとりの別荘で。

 ウェンデルラントは十九歳。アイドラ姫は十五歳だった。

 これ以上はあるまいという幸せに、翌年、長子の誕生という喜びが加わる。

 ジュールラントと命名したその子が生まれて五十日が過ぎ、王家の定めにしたがい、指印を取った。

 その瞬間。ウェンデルラントは運命を知る。

 すべてはこの子のためだったのだ。

 自分が身一つで辺境に落ち延びてきたのも。アイドラ姫が生家を離れて、一人この湖のそばにいたのも。すべては初代王と同じ指印を持つこの子を生み出すための、神々のおはからいだったのだ。

 この子は王となる定めだ。そうにちがいない。パルザム王国に偉大な時代をもたらし、大陸の人々に豊かさと幸福を運んでくるのが、この子の運命なのだ。

 不思議なことだが、生まれてきた子の指印が、初代王に、そして自分自身にそっくりであるという、ただそれだけの事実が、ウェンデルラントに、そういう思いを与えた。

 そういう思いを持ったまさにそのとき、ガドゥーシャ辺境候から使者が来た。

 「パルザムで政変が起こりました。今なら王宮に帰れます」

 ウェンデルラントは帰還を決意する。それは妻と子との別れを意味した。

 結局アイドラには正式の身分を名乗ることはなかった。万一にもアイドラを危険にさらしたくなかったからだ。ただし印形を隠したナイフを与えた。それがパルザム王家の者にしか持てない物だと、遠回しに伝えて。


 3


 必ず迎えに来ると、アイドラに誓いを立て、ウェンデルラントは帰国した。そして、軍人として国のために尽くした。

 ウェンデルラントは学んだ。

 武芸を。軍略を。政治を。経済を。各国の状況を。

 もともと学者肌だったウェンデルラントは、広範な知識を苦もなく吸い込んでゆき、それらを照らし合わせ、深く理解してゆく。

 気がつけば、周りには、有能で誠実な騎士たちが集まってきていた。

 王位に興味があるなどというそぶりは絶対にみせなかった。ただただ、武人として、誠実に任務を果たしていった。そうしながら、信頼できる味方を少しずつ増やしていったのである。

 待つ年月は長かった。だが、忍耐する日の長さを苦痛だとは思わなかった。アイドラと過ごした一年半の思い出が、いつも彼を幸せにしてくれたからだ。

 その一年半に、彼は一生分の幸せを味わった。神々の最大の贈り物を、彼はすでに受け取ったのだ。あとはその思い出を胸に抱いて、なすべきことをなすだけだ。

 アイドラと会えないこと、ジュールラントと会えないことはつらかった。手紙の一つさえ出せないことは、ひどく申し訳ないことだった。だが、ウェンデルラントの周りには、敵対する王族の回し者が何人もいる。アイドラとジュールラントの存在を彼らに知られることは、絶対に避けなければならなかった。

 だが、アイドラはちゃんとジュールラントを育てながら、自分との再会を待っていてくれる。そうウェンデルラントは信じた。


 4


 そして、ついに忍耐が報われるときがきた。

 アイドラと離れて二十七年目、長年続いたカリザウ国との戦争の最終局面で、皇太子が戦死し、ウェンデルラントはその仇を討ち、戦争を勝利に導いたのである。

 そして父王が死んだ。ウェンデルラントは父王の人格を敬慕し、その政策を支持していた。あまたの王族のなかで、ウェンデルラントは、父王が目指すものを唯一理解し継承したいと考えた人であったかもしれない。そしてそのことを父王も感じ取っていたように思える。だから父王がよりによってこのときに死去したことは、悲しい出来事ではあるが、ウェンデルラントに王位への道を開くためであったとさえ感じられた。

 王が死ねば、新たな王位継承権の付与はできない。つまり、現時点で王位継承権を持つ者しか次の王になれない。

 ウェンデルラントは枢密院に働きかけ、ついに次期王に指名された。そして、その指名を最後に後押ししてくれたのは、ウェンデルラントの長男が、初代王とそっくりの指印を持っているという事実だったのである。


 5


 アイドラの死を知ったときは、大変な衝撃を受けた。戴冠の直後迎えの勅使を発したが、間に合わなかったのだ。「あなたはパルザム国王の正妃なのだ」と告げることができなかったのは、痛恨というほかない。

 だがジュールラントは立派な騎士に成長しているという。会うのが楽しみでならない。

 使いに出したバリ・トードとザイフェルトの報告に、ひどく気になる名があった。

 バルド・ローエン。

 その人物が、バリの命を救い、カルドス・コエンデラの奸計を見破って、ジュールラントを無事にパルザム王国に迎える手はずを整えてくれたという。

 その名は、アイドラから何度も聞いた。アイドラから強い愛情と信頼を寄せられた人物である。しかもアイドラはその後ただちにパクラに帰り、そのバルドなる騎士の庇護下で三十年近くの年月を過ごしたのだ。

 ひどくそのバルドという騎士が気になる。会いたい。どうしても会いたい。

 だが今は、ジュールラントとの対面である。

 どんな男に育っているのか。この国を継ぐにふさわしい騎士となっているだろうか。

 一目みればわかるはずだ。ただ権力を欲するだけの者であるのか。その重みを知り、国家と民に奉仕してゆく覚悟のある者であるのか。

 そして対面の時は来た。






(おわり)2015.6.11

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