コリン・クルザーの心配

 コリン・クルザーは心配していた。ジョグ・ウォードのことをである。

 コリンがジョグを慕ってウォード家で騎士修業を開始して三年がたった。今やコリンは十三歳である。

 いっぽうジョグはといえば十六歳になったが、その武勇はコエンデラ家の一統のなかでも抜きん出ていて、もはやジョグとまともに剣を交えようとする者がないほどだ。だから今回のテルシア家攻めには、従騎士ながら事実上騎士の扱いで参戦した。

 テルシア家攻めにジョグが参加したことも、コリンには面白くない。

——テルシア家は他家ともめごとなんか起こしたことはない。それに魔獣からみんなを守ってくれてる家じゃないか。どうして攻め込んだりするんだ。

 パーゼル・ウォードは本家であるコエンデラ家がテルシア家を攻めたとき、二度にわたって参戦を拒否したという。大義がない、というのがその理由だ。パーゼルは骨のある男だった。

 そのパーゼルを、コエンデラ家は罰することができなかった。というのは、コエンデラ家がテルシア家を攻めたときには、そのために魔獣が〈大障壁〉の隙間から抜け出してしまったが、その魔獣を倒せる者はパーゼルしかいなかったからだ。

 〈魔獣殺し〉パーゼル。

 テルシア家の騎士以外で魔獣を倒せた唯一の男。

 しかもほとんど単騎で戦ったのだから、その武徳はテルシア家の騎士たちと比べてさえ燦然さんぜんと輝いている。

 そのパーゼルの養子となったジョグは、義父とひどく馬が合った。ジョグが木剣を持ってパーゼルに突っかかり、パーゼルがそれをいなすようすは、ひどく激しい練習風景ではあったが、どこかほほえましく、心安らぐものだった。

 コリン自身もパーゼルに稽古を付けてもらうのがうれしくてならなかったのである。

 だが、パーゼルは死んでしまった。殺した魔獣に付けられた傷がもとで。

 それからだ。ジョグが荒れだしたのは。

 もともとジョグは乱暴でぶっきらぼうではあったが、弱い者いじめなどはしなかったし、理不尽なことは嫌うたちだった。コリンは、自分と母の窮地を救ってくれたジョグの優しさを、今でも忘れていない。現にこうしている瞬間も、ジョグが与えてくれたあの金貨のおかげで、母は薬を飲みながら安らかに生活できている。

 そのジョグが今では平気で弱い者を踏みにじる。

 悲しいことだ。

 コリンにはわかる。ジョグは自分をもてあましているのだ。

 パーゼルが生きていたころは、ジョグはあふれ出る自分の情熱や精力を、ただパーゼルにぶつければよかった。パーゼルはジョグの猛攻を余裕綽々よゆうしゃくしゃくで受け止めた。そうすることで、ジョグはぐんぐん成長した。だが今やパーゼルはいない。ジョグは生き方を見失ってしまった。

 そこまではわかる。けれどコリンは、どうやってジョグを慰めればよいのかわからない。

 従卒としての仕事をこなしながら物思いに沈んでいたコリンの耳は、馬の足音を聞いた。

 ジョグだ。

 ジョグ・ウォードが帰って来た。

 あのかつんかつんと高く響くひづめの音は、若き駿馬ダストのもの以外ではあり得ない。もう一騎の足音がするが、ジョグの世話を命じられたニック・オリアだろう。

 コリンはほっとした。

 テルシア家の騎士は精鋭ぞろいだ。まさかとは思うがジョグが命を失ったり大怪我をすることもないとはいえない。だが無事に帰って来た。

 コリンは門のほうに駆け出した。

 パーゼルの二人の遺児ダンゼルとアマルゼルも家の中から飛び出してきた。この二人の子は、年上のジョグを実の兄のように慕っている。

「ジョグ、お帰り。戦はどうだった?」

「……うるせえ。けたよ」

 ジョグは不機嫌そのものだ。ろくにコリンの質問に答えない。

 ジョグは部屋の中に入ると、よろいを脱ぎ捨てブーツを足から払い飛ばして壁にぶつけると、酒を飲み始めた。ダンゼルとアマルゼルは、そんなジョグにまとわりついて、戦のようすを話してくれとせがんでいる。ジョグはろくに答えようとしないが、かといって二人を邪険に扱うこともしない。ジョグはジョグなりに、二人の義弟をいつくしんでいるのだ。

 厩に行くと、従騎士ニックがダストから鞍をはずして飼い葉を与えていた。ニックはジョグと同じ十六歳だったはずだが、同年の従騎士の世話を命じられるという不名誉を、むしろ喜んで引き受けている。よくはわからないが、どうもニックもジョグに恩を受けたことがあるらしい。

「やあ、コリン」

「お帰りなさい、ニックさん。あの……ジョグはいったいどうしたんです?」

「うん。バルド・ローエンと戦った」

 バルド・ローエン!

 その名はコリンでさえ知っている。テルシア家筆頭騎士にして、守った砦を落とされたことがないという伝説的な武人だ。

「そ、それで?」

「うん。ジョグは剣を抜いてしゃにむにバルドに突っかかっていった。バルドは剣を使おうともせず、ジョグをダストから蹴り落としたんだ。そのあとバルドはこっちの指揮官を倒して、それで戦は終わりさ。コエンデラ家は何も得られなかったが、死者も出なかった」

——あのジョグを相手に、剣を使いもせず、しかも馬から蹴り落としたって?

 それはちょっと信じがたい知らせだ。だがそうにちがいない。だからこそジョグはあんなに不機嫌なのだ。

 コリンは大いに驚いた。

 だがこのことの顛末が自分にも降りかかってくるとは、そのときは思いもしていない。

 翌朝、ジョグはコリンに言った。

「おい、コリン。剣の稽古だ。表に出ろ」

「えっ?」

 ジョグの目をみた。

 相変わらずくらい目の奧にひそんだ感情は読み取れない。だが、その暗さのなかに炎に似たゆらめきがみえた。

 激している。

 今、ジョグ・ウォードは激している。

 それは何かの目標をみつけた者の目だ。

「早く出ろ」

「い、いや、待ってよ、ジョグ。俺一人じゃあんたの稽古相手は務まらないよ」

「じゃ、務まるやつを連れて来い」

 コリンは心を決めた。

 まずニック・オリアを連れて来る。

 それからバンタム・ギルトもだ。

 あと、ヤン・スタッシュも呼ぼう。

 全員巻き込んでやる。

 まともにジョグの稽古相手なぞしたら命に関わる。だが、四人がかりなら何とかなるかもしれない。

 コリンはジョグが元気になったのを喜びつつも、バルド・ローエンを恨まずにはいられなかった。


 〈暴風パンザール〉ジョグ・ウォードの名が大陸東部辺境に鳴り響くのは、この少しのちのことである。






(おわり)2015.1.1

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る