コルトラの誓い(書籍第2巻アニメイト特典付録)

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本作品は、2014年10月3日に株式会社KADOKAWA様より刊行された『辺境の老騎士』第2巻(企画・製作:エンターブレイン)の、アニメイト様での販売用特典付録として刊行されたものです。すでに相当の時間も経過したことであり、webで公開させていただきます。(2019.1.10著者)

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[コルトラの誓い]



 1


 「さ、山賊たちが近づいていますだ」

 その知らせを聞いて、コルトラの顔は青ざめた。

 しかし若いとはいえ、さすがに村長の一人娘である。すぐに気を持ち直して、青年に訊いた。

 「クリーチ、よく知らせてくれました。それで、相手は何人なの? どんな武器を持っていたの?」

 「ろ、六人です。ぶ、武器はよく見なかったけど、みんな剣を持ってたかな? あ、槍だ! 槍を持っていたのが一人いました!」

 「馬は? 馬はいましたか?」

 「馬は見ませんでした」

 コルトラは、すばやく頭の中で考えた。

 ――敵は六人。村人で追い払えるかしら。

 無理だと結論した。相手はちゃんとした武器を持っているようだ。そして今は、コルトラの父は腕の立つ村人を四人連れて、狩りのために山に入っている。残った者たちではとても戦えない。戦えば多くの人が死に、けがをする。

 コルトラは、父を呼びにやらせようかと一瞬考えた。だが、だめだ。深い山に入った父は、すぐには見つけられない。

 「クリーチ、いいこと。よく聞いて。あなたに役目を与えます」

 「へ、へい!」

 「すぐにコエンデラ様のお城に行って、事情を話してちょうだい。騎士様に来ていただくのよ!」

 「わ、分かりました!」

 クリーチは飛び出していった。クリーチはすばしっこくて足も速い。無事に役目を果たしてくれるだろう。

 コエンデラ家は、きっと騎士を派遣してくれるだろう。ただし相応の対価が必要だ。コエンデラ家は見回りもろくにしないくせに、年貢はきちんと持って行く。その上、村を守る戦いをしたときは、特別の対価を求めるのだ。

 父が持って帰る毛皮は全部コエンデラ家に納めなくてはならないだろう。たぶんそれだけでは足りない。わずかな蓄えも差し出すことになるだろう。そして……。

 コルトラは、自分自身の身を抱きしめた。

 ――やつらは、きっと私の身を……。

 それは単なる臆測ではない。実際、八年前村が野盗に襲われたとき、駆けつけたコエンデラの騎士は、まだ幼かったコルトラを寝室に連れ込もうとしたのだ。

 あのときは村の娘が身代わりになってくれて、コルトラは助かった。しかしたぶん、今度はそうはいかない。

 それでも構わなかった。生き延びることができ、村人を生き延びさせることができるなら、もうそんなことを気にしてはいられなかった。

 そうだ。今は考え込んでいる場合ではない。コルトラは家人に命じて村中に呼びかけた。ただちに村人全員、金目の物を持って村長の家に集まるようにと。

 村長邸は、つまりコルトラの家は、もともととりでに使われていた建物で、頑丈にできている。中からかんぬきを掛けて、戸口の前に荷物を並べれば、山賊たちもすぐには入って来られない。

 あとは時間との勝負だ。山賊が家の中に入って来るのと、コエンデラの騎士が来るのと、どちらが早いか。


 2


 山賊たちは来た。

 クリーチの報告通り、六人だ。一人は槍を持っている。

 六人とも体格がよい。全員革鎧をまとっている。ただの食い詰め者ではなく、もともとは兵士だった者たちなのだろう。戦いをさけたのは正しかった。

 コルトラは三階の見張り窓から山賊たちの様子を見ていた。

 すぐに賊たちは、村が無人であること、そしてこの砦に引きこもっているらしいことに気が付いた。

 何度か荒々しく扉を蹴飛ばしたあと、いったん彼らは砦から離れた。

 何をしているかはすぐに分かった。食事だ。彼らは村人の家で食べ物を物色して、それを食べ始めた。腹がすいていたのだろう。それで貴重な時間をかせぐことができた。

 ――あいつらは、この村が救援を呼んだとは思っていないようね。

 安心したのもつかのまだった。山賊たちは、ごく短い時間で食事を済ませると、砦の前にやって来た。

 槍を持った男が、槍の石突きでドアを突いた。大きな音が響いてコルトラの心臓は跳ね上がった。

 しかし、大丈夫だ。ドアはひどく分厚くて、少々槍で突いたぐらいでは壊れはしない。

 次に山賊は、四人がかりで丸太を運んで来て、ドアに打ち付けた。すさまじい音がしたが、ドアは持ちこたえている。

 悲鳴が上がった。女や子どもが泣いている。

 コルトラは、何もしてやれない自分が歯がゆかった。

 槍を持った山賊は、ドアの前から離れて砦の周りを歩き始めた。そして、ある場所で止まった。

 ――いけない! そこは。

 そこはもともと石壁だったのだが、崩れてしまい、土を練り込んで補修した場所なのだ。砦の作り方など知らない村人のしたことだから、たぶんそこはもろい。

 槍を持った山賊は大声を出して、丸太を持った四人に声をかけた。どうもこの男が頭目のようだ。

 そして丸太がその場所に打ち当てられた。

 ――ああ! 神よ。シオル=ジュペクの神よ! どうか奇跡を。村人をお救いください。わたくしを、わたくしを対価に捧げますから!

 山賊たちが歓声を上げた。コルトラの足の下ではいっそう大きな悲鳴が上がった。壁が崩れたのだろう。

 山賊たちはさらに丸太を突き込んだ。壁の崩れる音がはっきり聞こえた。

 ――神よ!


 3


 そのときである。

 「狼藉ろうぜきは、やめよ」

 静かな声であるのに、不思議と響き渡った。

 騎士だ。馬に乗り、盾を持った騎士だ。

 槍を持った山賊が、騎士に突きかかった。騎士は槍を盾でいなして山賊の頭を剣でたたき割った。

 残りの山賊五人が武器を持って騎士に襲いかかる。しかし騎士はあっというまに五人を斬り殺した。なんという強さ。まるでおとぎ話の戦神様のようだ。

 騎士の後ろから誰かが走ってくる。

 クリーチだ!

 クリーチは壁の破れ目から砦の中に飛び込み、たちまち三階まで駆け上がってきた。

 「バルド様です。パクラのバルド・ローエン様が、たまたまおられたので、お助けくださいとお願いしたのです」

 バルド・ローエン様? その名は知っている。だが、どうしてここに。ここはコエンデラの守護契約地である。パクラの騎士が危難を救っても、うまみは少ない。

 それでも、礼はしないわけにはいかない。一人で六人もの山賊を倒したのだ。どれほどの対価を要求されるだろう。

 そのときコルトラはバルド・ローエンと目が合った。かぶとは着けていない。コルトラの心臓が、どくん、と跳ねた。

 美男子という顔ではない。だが何ともいえない気高さと、女心をくすぐるかげりのようなものがある。

 ――そうだ。私は自分を捧げると、シオル=ジュペクの神に誓ったんだ……。

 今宵、コルトラはあの騎士のものになるだろう。それは運命だ。


 4


 「え? お帰りになった?」

 なんとバルド・ローエンは、コルトラが下に降りたときには立ち去っていた。一切対価を要求することもなく。

 コルトラは自分の決意はどうすればよいのかと思った。

 それから二週間後、コエンデラ家のジョグとかいう若い騎士が巡回に来た。

 ジョグはコルトラの美貌を見初めて言い寄ったが、コルトラははねつけた。

 「私の心も体も、パクラのバルド・ローエン様のものです」

 ジョグという騎士は、ひどく不機嫌そうな顔になった。






(おわり)2014.10.3

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