君がいない夏

高瀬拓実

第1話

合格発表日のことはよく覚えている。曇っていて、肌寒くて、別段レベルの高い高校を受けたわけでもないのに、やっぱり心は落ち着かなかった。高校への道は一人だった。友人と落ち合ったのは、確か校門前だっけか。そこは覚えていない。

とにかく友人と連れ立って合格者の掲示板を見に行った。


自分の番号は198だった。

受験番号は、3の数で割り切れると合格するというスラングをどこかで聞いた僕は、その数字を探そうとする。でも真っ先に目についたのは、不規則な番号の脱落だった。

ああ、落ちてるんだなあと思った。僕が通っていた中学校では七人くらいが受験していて、だから番号も続いているはずで、2人分、抜けていたことに気づいた。


僕の番号は、ちゃんと目に見えた。

その瞬間、僕はほっとした。確かにほっとした。それまで脱落したかもしれない友人や他人に思いを巡らせていたというのに、自分が安全地帯にいることを確認した途端、嘘のように何も感じなくなった。

友人もすぐに自分の番号を見つけたようで、嬉しさのあまり僕の肩を勢いよく叩いてきた。

そのことにも安心した僕は、気づけば笑っていた。


今となって思えば、周りにも同じように嬉しさではしゃいでいる人も、悲しさで震えている人もいたはずなのに、僕はそのことに一切興味を持たなかった。唯一、別の友人がやっぱり落ちていることを知ったときは気にかかって、遠目にその姿をとらえたとき、僕たちは顔を合わせないように黒い人の陰に隠れながら高校を後にした。


その後は中学校に戻って担任に報告したり、塾の先生にも報告したりと動き回った。

そうして僕の受験生活は幕を閉じた。傍目に見れば、成功したと言えるのだろう。

でも僕の中では失敗に近い。


本当は地域での上位高を狙っていた。でも勉強することをサボっていた僕の学力は日に日に下がっていき、結局それなりのところに落ち着いたというわけだ。


紛れもなく自分のせいだ。

自分のせいなのに、周りにもいくらか責任はあると思ってしまう自分がいることも事実だ。

何となく幼稚だとは思う。思うけど、そう考えてしまうから仕方ない。どうせ僕はそんなやつなのだから。


一体いつからこんな風になってしまったんだろうか。ふと考えてみると、大体一年くらい前だろうかと目星がついた。とくにこれといったきっかけはないのだけど、自分の中で何かが少しずつ、でも確実に変わっていった。


大人たちはみんな揃ってそれを「シシュンキ」なんてこっ恥ずかしい言葉で片づけた。

そんなんじゃない、大人たちは何もわかっていない。そう思っていても、心の隅っこの方では気づいている。認めたくはないけど。


そんなだから僕の高校生活の出だしは、ひどく味気ないものだった。

入学式も始業式もその後の顔合わせも、僕は何一つとして期待していなかったし、冷めた目で見ていた。


必死に自分の居場所を作ろうとする女子たちを見ていると、滑稽に感じた。


そんな自分はというと、どうせ新しい友人なんかできやしないと思っていたので、他クラスにいる中学の友人とつるんでいた。

……そっか、これも居場所作りになるのか。

ま、どうだっていいや。


どうやら入学式の日に「クラスサイン」というグループがすでに出来上がっていたらしい。「サイン」というのは携帯のアプリで、通話やメッセージ交換といった連絡を取ることができるものだ。個人間でのやり取りはもちろん、グループを作って大人数でのやり取りも可能で、僕のクラス、一年六組のグループサインでも日々何らかのやり取りが行われているのであろう。


その中に、僕はいない。


いる必要がないのだ。


そういうわけで、僕は一年六組という空間の中で、限りなく薄い存在だった。


三年間、いや、その先もずっと景色の一部に溶け込んで生きていくのだろうと思っていた。


しかし、彼女との出会いで、僕の高校生活は大きく乱されることになる。





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